達磨


 勤め先に飾られている達磨だるまは、いつも向きが変わっています。


 線路近くの事務所なので、高い位置に置かれた達磨は振動で動いでしまうんです。

 それが左向きだと業績が悪化している時で、業績が良くなる時は右を向くというジンクスがあるのだと、社長が言っていました。

 でも、中堅ちゅうけん社員さんが、

「達磨が左にズレてると社長の機嫌が悪くなるから、右向きに直してる」

 と、言っていました。

 不思議の正体って、そんなものですよね。



 でも先日、達磨が逆さまになっていました。

 中堅社員さんに目を向けても、首を横に振っています。

 前日、一番最後に会社を出たのは社長。今朝、一番に来たのも社長だったそうです。

 経営不振による倒産を社員に伝えているのではないかと、一瞬ヒヤッとしました。

 中堅社員さんが、

「社長。この場合、業績はどうなんですか」

 と、社長に聞きました。

 逆さ達磨を見上げていた社長は真顔で振り返り、

「そんな事より、この達磨。神社に返して来てくれ」

 と、言いました。

 社長が逆さにした訳ではないようでした。


 達磨を神社へ持って行く役を、私と中堅社員さんが仰せつかりました。

 年末年始でもなく、達磨を紙袋に入れて近くの神社へ行きました。

 納める場所もわからずにいると、おみくじ売り場にいた巫女さんが預かってくれました。

 その帰り道。

「会社が倒産でもしたら困るし。ちょっと仕事、頑張ろうか」

 中堅社員さんが言いました。

 一瞬、達磨を使って『お前、もっとできる奴になれ』とでも言われているのかと思いました。

 でも、そういう事ではなさそうです。


「あの達磨さ。この間、社長と験担げんかつぎに、少し右向きにして貼り付けちゃったんだよ。ガムテープで」

「えっ、そうだったんですか?」

「うん。君が出勤じゃなかった日だったね。で、その日の内に、達磨が落ちて来たんだよ。貼り付けてたはずのガムテープが消えてて」

「棚に誰か、ぶつかったりとかは」

「してない。みんな離れてたから達磨が落ちてきても、怪我とかしないで済んだんだよ」

「……動きたい達磨さんだったんですかね」

「あはは。そうかもね。でも、達磨に動かれてたら怖いから、社長は神社に持ってけって言ったんだと思うよ」

 と、中堅社員さんは苦笑いしていました。



 今のところ、業績にそれほどの不安もなく、この不景気もなんとかやり過ごせています。

 逆さ達磨は、線路の振動ではありえないと思います。

 今まで左右に向きが変わっていたのも、振動ではなく達磨さんの意志だったのかと思うと、確かに怖い話です。

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