違和感の住人


 社員寮という名の、結構しっかりしたマンションに住んでいます。

 壁にひびなど入った古いマンションですが、ふた駅隣には壁の薄いワンルームアパートの社員寮もあるので、贅沢は言えません。

 こちらのマンションは1LDK。内装はキレイです。

 隣近所の生活音も、それほど気になりません。

 エレベーター付き5階建て。

 普通にマンションを借りるよりずっと安く住めているので、贅沢は言えないと、わかっているのですけど。

 よく聞くような、心霊現象が起こるんです。


 店員6名のエレベーター。

 階数表示の上に、防犯用のミラーがついています。

 1階からひとりで乗り、自分の部屋のある4階まで一直線。

 気が付くと、私の背後に女性が立っているのです。

 黒い長袖ワンピースを着た痩せ型、ボサボサの茶髪で顔は見えませんが、防犯用ミラーに映っています。

 驚いて振り返ると、そこには誰も居ません。

 もう一度ミラーに目を向けても、やっぱり女性の姿はありません。

 見間違いと思うしかありませんが、気味が悪いです。

 4階に着くと、すぐに自分の部屋へ駆け込みました。

 しっかりと戸締りしていると、扉の向こう側に違和感があります。

 まさかと思い、覗き穴を見ると、黒いワンピースの女性が音もなく立っていました。

 ボサボサの茶髪で顔は見えませんが、うなだれて、ただ扉の向こう側に立っているんです。

 鍵やチェーンが掛かっていることを確認し、もう一度、覗き穴から外を見ると、そこには誰の姿もありませんでした。

 まさか、部屋の中にまで現れないだろうかと不安になりましたが、今のところは、部屋の中まで入られた事はありません。


 同じマンションに住む男性社員も、その女性の姿を見たことがあるそうです。

 1階でポストの確認をしていると、エレベーターの前に黒い長袖ワンピースの女性が立っていたそうです。

 その時は夜遅く、黒いワンピースの女性は酔っているのかフラフラしていたのだそう。

 妙なトラブルになっても困るので、その女性が行った後にエレベーターを待とうと、スマホなど眺めながらポストの前で待っていたそうです。

 でも、いつになってもエレベーター扉の開く音が聞こえません。

 男性社員がエレベーターに目を向けると、女性の姿は消えていたそうです。

 ポストの並ぶ壁の近くに非常階段の入り口がありますが、そこから外へ出ていれば、さすがに気が付くはずです。

 マンションの外へ出るにも、男性社員のすぐ横を通り過ぎることになります。

 でもまあ、どこかから居なくなったことに気が付かなかったのだろうと。

 あまり気にせず、エレベーターのボタンを押したそうです。

 すぐに扉が開き、当然ひとりで乗り込んだのですが、防犯用ミラーに先ほどの女性が映っていたそうです。

「他の先輩社員も見てるよ。何もして来ないし。気持ち悪いけど、変な住人のいるマンションと思うしかないよ。そう考えれば、もっと迷惑な住人のご近所トラブルなんていくらでもあるでしょ」

 そう言われると、確かに納得してしまうのです。



 でも、その女性が見えると言うだけではないのかも知れません。

 先日は、宅配便のお兄さんとエレベーターで一緒になりました。

 大きな段ボール箱で両手がふさがっていたので、

「何階ですか」

 と、聞くと、

「あっ、5階をお願いします。ありがとうございます!」

 という、やり取りをしました。

 回数表示を見上げながら防犯用ミラーに目を向けると、段ボール箱を抱えたお兄さんが笑顔で映っています。

 もちろん、黒いワンピースの女性の姿はありません。

 私が4階で降りると、宅配便のお兄さんはそのまま5階へ。

 鍵を出しながら自分の部屋へ向かっていると、5階に着いたエレベーター扉の開く音が聞こえました。

 そして、宅配便のお兄さんが、元気に真上を走り抜ける足音。

 気にせず自分の部屋に入り、扉の鍵をかけると、やっぱり違和感があります。

 覗き穴から外を見ると、先ほどの宅配便のお兄さんが扉の向こうに立っていたんです。

 うなだれて、帽子のつばで顔は見えませんが、背格好も髪の色も、先ほどの宅配便のお兄さんです。

 どんなに走っても、こんなにすぐ5階から4階まで来られるはずありません。

 足音もしなかったんです。ただの違和感だけで。

 怖くて、扉は開けられませんでした。

 一歩下がり、念のためスマホを片手に掴みながら、もう一度覗き穴を見ると、誰も居なくなっていました。



 エレベーターからついて来て、違和感のみで足音も無く部屋の前に立ち、目を離すと消える。

 相手がどんな存在だとしても、それ以上の事が起こらないよう願うばかりです。

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