手を振る人


 私が通っている高校は、家のある駅から電車で一駅先にあります。

 たった一駅なので自転車で通いたいところですが、大きな川を渡る必要があるので電車の方が便利です。

 ただ、朝の満員電車で奥の方へ押し込まれてしまうと次の駅で降りられないので、乗り口では最後に乗車するようにしています。

 今は夏休み中ですが、私は部活の練習で平日は登校です。

 朝は電車の本数も少ないせいか、夏休みに入っても混み合っています。

 ドアに押し付けられながら、いつも外の風景を眺めています。



 十日前から部活の練習で、普段の登校時間より早い電車に乗っています。

 外を眺めていると、雑草まみれの河川敷で、電車に向かって手を振っている女の人を見かけました。

 小さい子が一緒にいるのかと思いましたが、姿は見えませんでした。

 雑草に隠れていたのかも知れません。


 その場ではすぐに忘れても、もう一度見ると『昨日も見た』と思い出すものなのですね。

 翌日も、同じ場所で同じ女性が手を振っていました。

 電車を見上げ、顔の横で片手をひらひらさせています。

 やっぱり、その女性はひとりに見えました。

 電車で学校や塾に通う小学生もいますよね。

 夏休みの夏期講習や習い事か何かに行きたがらない子どもの見送り、と言う事も考えられるでしょうか。

 『お母さん、ここで見てるからね』って。

 だとすると、お母さんも大変ですね。


 夏休みに入ってから、平日は毎日その女性を見ています。

 同じ時間の電車に乗った、誰に手を振っているのでしょう。それとも、電車を見ると手を振りたくなる大人もいるでしょうか。

 ただ、その女性は毎日、同じ服装だったのが気になりました。

 黄色いワンピースの上に、白いカーディガンを重ねています。

 そして無表情です。

 こちらを見上げてはいますが、本当に電車を見ているのかどうかもわかりません。

 十日も続くと、ちょっと不気味に思えてきます。



 先日、上流に集中豪雨があり、雑草まみれの河川敷まで川幅が広がっていました。

 その女性は、いつもと同じ場所に立っていました。濁流だくりゅうの中です。

 いつもの黄色いワンピース姿で、無表情にこちらへ手を振っています。

 そんな事は不可能ですよね。

 女性が身につけている黄色いワンピースは、濁流に揉まれている様子もありませんでした。

 数日後、川の水が引いても、その女性は相変わらずきれいな黄色いワンピース姿で河川敷から手を振っています。

 この女性は、誰に向かって手を振っているのでしょう。

 やっぱり、見えてはいけない存在なのでしょうか。


 部活三昧の夏休みが過ぎて、いつも通りの乗車時間に戻ったら、その女性を見る事もなくなると良いなと思っています。

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