明るい廃墟


 夏と言えば、ホラースポットで肝試しなんでしょうね。

 バイトの男の子が、休憩時間に教えてくれた話です。



 お盆休み中に帰省がてら、地元のお友だちと車で遊びに出かけたそうです。

 遊びと言っても、若い子たちが遊べる場所の少ない山の方なのだそう。

 でも普段は都会に出て来ていますから、山の中のドライブも懐かしく感じるようになったと言っていました。


 国道から横道に入ってすぐの場所に、廃ホテルがあるそうです。

 その辺りでは、廃業したカラオケやボウリング場、空き家などもチラホラしていて。

 彼らが行った廃ホテルというのが、日当たり抜群の明るい場所なのだそうです。

 だからこそ逆に、ヤンキーの溜まり場にもなっておらず。肝試しの先客がいるような事もないだろうと言って、その廃ホテルに行ったそうなんですね。

 古い建物ですが、地元で現役の市役所も同じようなボロさだと言っていました。


 少し奥行きのある2階建て。手前の駐車場側から日当たりも良くて、ホラースポットという様子ではありません。

 駐車場に車を停めて、他の車は無かったので先客も居ないだろうと、彼はお友だちと2人で廃ホテルに入ったそうです。

 正面の入り口は封鎖されていましたが、すぐ脇に職員用の出入り口があり、そこは扉が外されていて雨風も入り放題の状態で。


 砂埃や落ち葉が溜まってはいますが、窓から西日が眩しいくらいだったそうです。

 汚れた壁に落書きされていたり、ビールの空き缶がいくつも転がっていたり。

 ホラースポットというより、よくある放置建物なのだそう。

 使われなくなった建物を見て回るだけでは、彼らもつまらなかったんですよね。

 何か面白いものないかと歩いていると、地下への階段を見つけたそうです。



 地下に大浴場のあるホテル。

 彼らの探索意欲は地下に向きました。

 今まで明るかったので、やっと懐中電灯を出して広い階段を下りて行きました。

 でも、彼らはすぐに足を止めました。

 地下の暗がりから突然、痩せた男性が出て来たそうです。

 肝試しの先客なのか住み着いているタイプの人なのか、向こうも驚いた顔で会釈して来たそうです。

 小柄で細身の、三十代くらいの男性だったそうです。

「あなたたちも、ここに逃げて来たんですか。外の様子はどうですか」

 どこか怯えたような表情で聞いてきたそうです。

 彼らは首を傾げながらも、

「そろそろ暗くなる時間ですけど」

 と、答えました。

「暗いんですか? 何が暗いんだろう。嫌だな、黒いってことですか?」

「いや、夕方っていうか、天気はそんなに」

 彼の言葉も聞こえていないようにソワソワしながら、その男性は、

「あ、そこを入って右に水道があって、まだ使えますよ。上は脆いんで、寝る場所を探すなら地下の方が良いです。僕は、そっちの奥にいますので」

 早口で言うと、そっちの奥と指差していた闇の中へ戻って行ったそうです。

 階段上からの光が多少入り込んでいる他は、彼らが持っていた懐中電灯の明かりしかありませんでした。


 彼等は『ヤバい』と思ったんですよね。

 音が聞こえるとか人影が見えるっていうのと違って、どう見ても普通の人に見える人が変な事を言ってるんです。

 怖いでしょ?

 それで、彼らは地下へ進まずに帰って来ちゃったんです。

 正解だったと思いますよ。

 帰りの車の中で彼らは、さっきの人はなんだったんだろうと話していたんですよね。

 この世の人ではあっただろう。

 地下に住み着いているのだろう。

 逃げて来たとか言ってた。なにか怖がってる様子だった。

 ヤンキーを見かけて逃げ込んだとかではなさそう……。

 けっきょく、普通じゃない人だったという結論で頷き合ったそうです。



 あ、もちろん、彼らは無事に帰って来ましたよ。

 バックミラーに、例の男性が見えたなんてこともなく。

 私は彼に、

「ゾンビゲームじゃないけど、廃墟だけが無事に見えて、外の世界がおかしく見えている人だったのかも知れないね」

 と、感想を伝えました。

 ホラースポットに潜んでいるのは、幽霊だけとは限りませんね。

 もし彼らが夜に行っていたら、ゾンビや有害生物と勘違いされて『バールのようなもの』か何かで攻撃されていたかも知れません。

 ……なんて。ゲーム脳かしら。

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