ゆび


 私が勤める会社の、非常口の話です。


 建物内の空気の流れのせいなのか、ある階の非常扉だけ、勢いよく閉まってしまうんです。

 重い扉で、ゆっくりと閉まるようにはなっているんですが、閉まる直前になると急に勢いがつくんです。

 急にバタンッと閉じるので、ビックリするんですよね。

 非常口と言っても、狭いエレベーターか非常階段を使うしかないので、エレベーターの混雑を避けて階段を使う人も結構いるんです。

 8階建てのビルですが、私の席は4階にあります。時々、他の階へ書類を届けに行く事はありますが、階段を使っていてもそんなに苦ではありません。私は、いい運動になると思っています。

 でも、ひとつだけ困っている事があるんです。


 6階の非常扉は閉まる直前に勢いがつくので、大きな音が出ないように扉を手で押さえながら閉めているんです。

 それでも急いでいる時なんかは、うっかりしてしまう事もあって。

 エレベーターホールと違って、非常階段はオフィスの奥にあるんです。扉が閉まる時に大きな音を立ててしまうと、仕事中の社員たちに迷惑をかけてしまいます。

 まあ、6階オフィスの人たちは扉の音にも慣れているようですし、困っているのは別のことでして。


 扉が閉まる瞬間、指が見えるんです。

 後ろから来た人が、扉が閉まる前に手を掛けて開けようとしたような指が見えるんですが、扉は閉まる直前に勢いがつきますから。

 うっかり扉を押さえるのを忘れてバタンッと閉まってしまった時、指が見えたんです。

 ――挟んだ!

 と、思って、慌てて扉を開けたんです。

 そういう時に扉を開け直して良いのかどうかもわかりませんけど、とにかく慌てて開けたんです。

 でも、誰も居なかったんですよね。

 勢いがつく扉を押さえ忘れたと気付いて、振り返った時だったんです。

 確かに向こう側から扉を開けようとする手が見えて、かけた指が挟まれるのを見たんですよ。

 その時は誰も居なかったので、見間違いだったのだろうと安心はしたんですけどね。

 それから、何度も見ているんです。扉に挟まったような指……。

 大きな音が出ないように、扉を手で押さえている時は見えないんです。

 うっかりして、勢いよく扉が閉まってしまう時にだけ、急に伸びてくる指が挟まるのを見てしまうんです。

 やっぱり、扉を開けても誰も居ないんですけどね。


 私が時々、扉の近くで首を傾げたりしているものですから、6階オフィスの人が教えてくれたんです。

『この扉では時々、指が見えるよ』

 見えるだけで、誰も挟まれてないから大丈夫だよと言っていました。

 扉が勢いよく閉まってしまうのは空気の流れのせいとのことで、実際に風が通ってはいるんです。

 風に飛ばされてきた綿埃わたぼこりか何かがふわふわしていたのが見えて、脳が指だと錯覚してしまうのだとか。

 薄い灰色の扉の小さい汚れか何かが、勢いよく閉じる時に指のような長さがあるように見えてしまうと言っている人もいるのだそう。

 それとなく6階オフィスの人に聞いてみても、わかる限りでは過去実際に指を挟まれた人も居ないそうです。


 ちょっと日焼けしていて、爪は深爪気味に短く切っている男性の指だと思うのですが、指のかかる高さはいつも違います。

 挟まれたように見えるだけと言われても、心臓に悪いので勘弁してほしいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る