板チョコ


 いま思えば、いたたまれない事件が原因なのかも知れない。

 そう言って、チョコレート好きなUさんが話してくれました。



 いつものスーパーで食材の買い物。

 ついでに毎回、板チョコを数枚買い込みます。

 アルミ箔を剥いて、そのままバリッと噛り付くのが好きです。

 もちろん人前では、小さく割って口に入れますけども。


 でも、気になる事があります。

 1枚ずつ紙個装されている板チョコ。

 紙個装を外し、アルミ箔を剥がしてみると、時々小さな手形が付いています。

 手の温かさで、とけたような手形です。

 紙個装も開封された跡は無いし、アルミ箔も外側からはキレイなものです。

 でもアルミ箔を剥がすと、小さな手の形がひとつ。



 赤ちゃんの小さな手を、もみじのような可愛い手と表現しますよね。

 でも、私の手は蜘蛛のようだったと、母に散々言われたものです。

 今では人より指が長く、爪も整っていて大きいので、ネイルモデルで小遣い稼ぎができるようになりました。

 現在の手はともかく、蜘蛛のような小さい手。

 板チョコに付いた小さな手形は、母に言われてイメージしていた蜘蛛のような手なのです。


 チョコ好きな友人に聞いてみると、そんなものを見ているのは私だけのようです。

 割れたりとけたりすることはあっても、落としたり暑い場所に置いたせいで。

 形がわかるほどのとけかたなら、アルミ箔の上からも、その形がわかるはずとのこと。

 まあ、私もそう思います。



 赤ちゃんの手で、ひとつ思い当たる事があります。

 あまり余所様の事情を知りたがる性格ではないのですが、すぐ隣のマンションで赤ちゃんが亡くなったそうです。

 わざわざ言い触らしてくる心無い人たちの言う事によると、ちょうど私の部屋のすぐ近くに見える部屋での出来事だったのだそう。

 妊娠した恋人を捨てた男が、その後に産まれた赤ちゃんをさらってしまったそうです。

 こいつが逃げた父親だと陰口を叩かれるようになった事が面白くなかったなどという理由で、赤ちゃんをさらって放置していたそうです。

 その事件もずいぶん前になりますが、板チョコに手形がついていることに気付いたのもずいぶん前からです。


 その事件のあったマンションに近い窓際へ、お菓子を供えてみました。

 板チョコや、小さい子も食べやすそうなひと口チョコ。赤ちゃん用のジュースやベビーぼうろなど。

 すると数日後には、板チョコにいくつもの手形がついていました。ひと口チョコも、小さな手が握ったように変形しています。

 そして今のところは、自分用に新しく買った板チョコに手形は見ていません。


 なぜチョコに手形を残したのかはわかりませんが、やっぱり、事件の赤ちゃんが関係しているのかも知れません。

 食べたいと言うよりも、とけて手形が付くのが面白かったのでしょうか。



 チョコに手形がつかなくなるまで、窓際には色んなチョコを置いておくつもりだと、Uさんは話してくれました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る