2話:偶然の再会
ゴールデンウィークが近づいてきた4月の終わり頃。本を借りるために図書室に立ち寄った。
本棚を物色していると「咲ちゃん?」と私の名前を呼ぶか細い声が聞こえた気がした。
懐かしい声。忘れられない声。大好きなあの人によく似た声。思わず手から力が抜け、本を爪先に落としてしまう。
「いっ——!」
落ちたのは分厚い重めの本だった。爪先に激痛が走り、うずくまってしまう。
すると「大丈夫?」と懐かしい声が私を心配するように近づいてきた。好きだった先輩にそっくりな声の主の顔を、恐る恐る見上げる。その人は、顔まで先輩にそっくりだった。
「未来…先輩…?」
思わず懐かしいその名前を呼ぶと、声の主は一瞬目を丸くして、そして花のように可愛らしくて柔らかい微笑みを浮かべて「笹原未来です」と癒されるような優しい声で名乗った。
「未来…先輩…」
「未来先輩だよ。咲ちゃん」
「っ…先輩…本物…?」
私は先輩を追いかけてこの学校に来たわけではない。先輩がどこに進学したか知らなかったから。なのに、何でここに先輩が居るのだろう。会いたい気持ちが強すぎて——あるいはあまりの痛みに耐えきれず——幻覚まで見えるようになってしまったのだろうか。
「本物の未来先輩だよ」
幻覚はそう言って、私の手を取った。手の感触、体温がはっきりと伝わる。彼女は幻覚ではなく、確かにここに存在していた。今ここに。私の目の前に。夢でないことはもう確かめるまでもなく、先ほど爪先に落ちた本が先に証明してくれていた。
「先輩……せんぱぁい……!」
感極まり、私より一回り小さな身体を抱きしめてしまう。
「さ、咲ちゃん……!?どうしたの……」
「私……ずっと……先輩に会いたくて……」
「会いにきてくれて良かったのに……」
「だって……先輩の家知らないし……妹とはただの同級生で……連絡先知らないし……妹の彼氏とは仲良いけど……そんなところから辿って家調べて押しかけるとか……ストーカーみたいでキモいじゃん……」
「……咲ちゃんは気持ち悪くないよ」
よしよしと私の頭を優しく撫でる先輩。恋愛的な意味で好きだと告白しても、同じことを言ってくれるだろうか。
「先輩……私……先輩のこと……」
ずっと好きでした。と思わず口走ってしまったことに気づき、ハッとして慌てて先輩を突き放す。先輩はきょとんとして、少し寂しそうに首を傾げながら「私も咲ちゃんのこと好きだよ」という。その好きは多分、私の好きとは違うのだろう。同じ好きだと期待することは出来なかった。
「……咲ちゃん?」
前の私なら多分、伝わらないことに失望して、そのまま諦めていたと思う。だけど今の私は違う。鈴木くんに勇気を貰ったから。言える。
……いや、ここでは無理だ。
「先輩、ゴールデンウィーク空いてますか?」
「ゴールデンウィーク……課題がたくさんあるから……ちょっと厳しいかも……」
「あー……この学校、なんか異様に課題多いですもんね……一週間の休みの量じゃないよね……」
「……一年生は少ない方だよ」
すっと先輩の瞳から光が消えた。穏やかな先輩のそんな死んだ顔初めて見た。
「えっ……やだ……知りたくなかったそれ」
「……あ……じゃあ……一緒に……課題やる?」
「えっ。先輩が良いなら是非」
「私は……うん……大丈夫だよ。……連絡先……」
「は、はい。どうぞ」
LINK——無料通信アプリ。リンクと読む——を開き、自分のアカウントのQRコードを表示する。先輩がその上にスマホをかざす。
「じゃあ……また連絡するね」
スマホを小さな両手で持って、先輩は天使のように微笑んだ。その笑顔を見ると胸が高鳴る。あぁ、やっぱり先輩は可愛い。私はこの人が好きだ。私はこの人に、恋をしているんだと改めて確信した。
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