5話:私達の物語の幕が上がる

「掃除終わりましたー」


「はい、ご苦労様」


 掃除が終わると同時に、急いで教室に戻り、荷物を持って未来さんの待つ校門前へ走る。

 話があると言っていた。多分、というか、間違いなく告白の返事だろう。未来さんの赤らんだ顔が頭から離れない。期待しても—期待しても良いのだろうか。私の想いに応えてくれると期待しても、良いのだろうか。

 校門が見えてきた。門の前に女子生徒が一人。彼女の名前を叫ぶと、女子生徒が振り返る。そして、口をぱくぱくさせた。声は全く聞こえなかったが口の動きから「咲ちゃん」と私の名前を呟いたと推測する。


「はぁ…はぁ…未来…先輩…お待たせ…」


「…誕生日プレゼント…ありがとう」


「…はい。どういたしまして」


「…話は…向こうに…ついてから…いい?」


「…今すぐ聞きたいよ…」


「…じゃあ…えっと…「笹原さん、おつかれーまたねー」あ…ま、またね…」


 私を真っ直ぐに見据えて言葉を紡ぎかけたが、すれ違った生徒に声をかけられたことで遮られてしまう。ふーと息を吐き、気を取り直してもう一度私を見上げる。が、口を開いても言葉が紡がれることなく、また俯いてしまう。胸の前で握った両手が震えていた。

 ここは人通りが多い。知り合いも多い。未来さんは人見知りだ。目立つことを嫌う。早く返事が聞きたくて、そのことをすっかり失念していた。こんなところで答えを聞いたら公開告白になってしまう。落ち着いて二人きりで話せるところに移動すべきだ。


「…ごめん。分かった。向こうについてから聞くね。帰ろう」


「…うん」


 お互いに一言も発しないまま駅に向かい、地下鉄の電車に揺られる。

 会話が再開したのは地上に上がってからだった。


「…どこで話す?」


「…咲ちゃんのお家…行ってもいいかな…」


「…うん」


 彼女を連れて帰宅する。鍵は開いていたが、両親の靴は無い。代わりに兄の靴がある。珍しい。いつもふらふらと出歩いていることが多いのに。


「…お邪魔します…」


「どうぞ」


 兄は私より小柄だ—とはいえ、先輩よりは大きい—が、口は悪いわ目つきは悪いわ、やけにピアスの量が多いわで、とにかく、ごりごりのヤンキーなのだ。兄を見たら先輩は怯えてしまうかもしれない。鉢合わせしないことを願いながら、先輩を部屋に招き入れる。

無事に鉢合わせせずに部屋までたどり着いた。


「適当に座って」


「…うん」


 ベッドの前に座った彼女の隣に少し距離を空けて座り、言葉を待つ。

 静寂な空気が緊張感を作り出す。


「…話っていうのは…告白の…返事なんだけどね…」


「…はい」


 私の方ではなく、虚無に向かって途切れ途切れに独り言のように放たれる細々とした声に耳を澄ませる。


「…私も…咲ちゃんが好き。それは…友達としてだと思ってた。けど…違う…かもしれない…って…さっき…気付きました…」


「…はい」


「…えっと…だから…そういうこと…です」


 会話が終了する。

 嬉しい。飛び跳ねたいくらい嬉しい。

 嬉しいけど…


「…そういうことじゃ分かんないよ。はっきり言ってください」


 はっきりとした答えを聞きたい。付き合いたいと言ってほしい。


「…私は…君の恋人に…なりたいです」


 聞きたかったその言葉は、彼女の膝に吸い込まれていく。


「…こっちを見て、私に向けて言ってください」


 少々強引にこちらを向かせる。目が合うが、逸らして同じ言葉を繰り返し、言い終わってから恐る恐る戻した。そのまま数秒見つめ合うが、耐えきれなくなったのか逸らされてしまう。


「未来さん。目逸らさないで」


「…う…で、でも…咲ちゃんの顔見てると…ドキドキしちゃう…から…あの…ごめんなさい…」


 真っ赤になっている顔を隠しながら、指の隙間から震える声で細々と呟く。そして「うぅー…」と可愛らしい声で唸り始めた。堪らず抱きしめる。


「未来さん…好きです」


「…うん…」


「好きです…ずっと…ずっと前から…」


「…うん…」


「…キスしていい?」


「う…そ、それは…まだ…待って…」


「…まだってことは、いつかはしていいんですね?」


「…うぅ…」


 唸りながら「できるようにがんばります…」と私の肩に頭を埋めて呟く。

 あぁ…もう。可愛い。なんでこの人はこんなに可愛いんだ。キスしたい。触れたい。だけど、早まって彼女を怖がらせたくはない。


「…未来さん…」


 彼女を一旦離し、手を取る。そして、持ち上げて指先に口付ける。

 ちらっと彼女の顔を見上げると、動揺するように瞳孔を開いて、あわわわわ…と口をぱくぱくさせていた。


「…しばらくは、手で我慢しますね。もう大丈夫だって思ったら、未来さんからしてください」


「わ、私から…!?」


「ふふ。頑張ってくれるんですよね?」


「…う…」


「ちゃんと、口にしてくださいね」


 頭を私の肩に戻し「咲ちゃんの意地悪…」と彼女は呟く。

 あぁ…可愛い。可愛くて仕方ない。彼女とキスを出来るのはいつになるのだろう。その先に進めるのはいつになるのだろう。

 先が待ち遠しいが、今はただ、彼女が私の想いに応えてくれた事実だけで満たされていた。

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