69話:カミングアウト

 今日は夏休み最終日。そして、咲ちゃんと久しぶりにデートができる日。久しぶりと言っても最後にデートしてから一ヵ月も経っていないけれど、なんだかもう半年くらい会ってなかった気がする。電話は毎日していたけれど、やっぱり直接会いたい。毎日会いたい。

 高校を卒業したら一緒に暮らせると言っていた。私との交際はもう親にも知られていて、あっさり認めてくれたらしい。私の方もいい加減話さなければ。多分、二人とも薄々気づいていそうだけど。お正月に実家に帰った時にでも話そうか。どう話せば良いのだろう。あまり重い雰囲気にはしたくない。いっそ歩に言ってもらう?いやいや、流石にそれは無いだろう。

 などと噴水の前に座って悶々としていると、誰かが隣に座った。座れるスペースは空いているのに何故そんなに距離を詰めてくるのだろう。もしかして知り合いだろうかと思い、恐る恐る顔を見上げる。その人はじっとどこかを見ていたかと思えば、こちらを見てふっと優しく笑った。そして距離を取る。


「ごめんね。びっくりさせて。近くに座っていれば魔除けになるかなぁと思って」


「ま、魔除け?」


 その人は鈴木さんによく似ていた。声も顔もそっくりだ。しかし、なんだか雰囲気や見た目が鈴木さんより大人っぽい。


「うわっ。カイさん、何女の子ナンパしてんだよ。旦那に言いつけんぞ」


「やだなぁ。ミカさん。一筋ですよ。一人で待ってると暇だし、ナンパされるからさぁ」


「知らない女を魔除けに使ってんじゃねぇよ。困ってんだろうが」


「あいたっ」


 やってきた女性が、鈴木さんによく似た女性の頭を小突いてすみませんと頭を下げる。この人もなんだか誰かに似ているような気がする。可愛らしい顔立ちに似合わない乱暴な言葉遣い——あっ。分かった。


「月島さんだ……」


 呟くと、女性達は目を丸くした。


「お嬢さん、ミカさんの知り合い?」


「えっ。いや、あの……知り合いの女の子に似てて……」


「その子ってもしかして月島つきしまみちるちゃん?」


「えっ、は、はい」


 ミカさんと呼ばれた女性はどうやら月島さんのお母様だったらしい。美しい花と書いて美花みかさん。そして、鈴木さんによく似た、男性が女性かわからないこの人は鈴木さんのかいさん。


「えっと……笹原未来です……二人が去年まで通ってた高校の先輩です……」


「「うちの娘が世話になってます」」


「い、いえ……こちらこそ……」


 なんだか二人とも美人で緊張してしまう。母親ではなく姉でも通用しそうだ。鈴木さんのお母様はむしろ兄の方がしっくりくる。


「すみません。遅れました」


 美女が増えた。


「サユリさんまだ来てないから大丈夫っすよ」


「そうですか。ところでその子は?」


「海さんが引っ掛けた女子大生」


「違うってば。一人居るとナンパされるし、この子もナンパされそうだったら側にいてあげたの」


「えっ。あ、そ、そうだったんですか……ありがとうございます」


「どういたしまして」


 どうやら、魔除けにされると同時に魔除けになってくれていたらしい。

 そして、今来た女性は星野ほしの麗夜れいやさん。月島さんと鈴木さんの幼馴染の星野くんのお母様だ。どうやら家族ぐるみで仲がいいらしい。

 三人が知り合ったのは子供がきっかけらしいが、なんだか幼馴染のような雰囲気だ。鈴木さん達の姿が重なって見える。


「で、笹原さんは誰待ってんの?」


「えっ、あ、えっと、こ、恋人です……」


「ふーん。か」


 そういえば、鈴木さんは自分がレズビアンであることを隠していない。小桜さんと付き合っていることは親公認だと言っていた。月島さんも実ちゃんと付き合っていて、隠していない。


「あ、あの……相談というか……聞いてもいいですか?」


「ん?何?」


「お。なんだ?人生相談か?」


「相談の内容によるけど、基本的に美花さんのアドバイスは参考にしない方が良いよ。この人、こう見えて脳みそ筋肉でできてるから。満ちゃんと一緒」


「失礼な」


「え、えっと……あの……その……」


「あ、ごめんね。どうぞ」


「わ、私……あの、今、女の子と付き合ってて……それで……鈴木さんのお母様は、その……鈴木さ——海菜さんからカミングアウトされた時、ど、どう……思いましたか?」


「別に何も」


「そ、そうですか……」


「まぁ……僕も元々レズビアンだし」


「えっ?で、でも……」


「海菜もその上の子も、正真正銘、僕と夫との間に生まれた子だよ。そっくりでしょ?」


「は、はい……そっくりです……」


「夫は例外なんだ。っていうとバイなんじゃんって言われるんだけど、誰がなんと言おうと僕はビアンなの。あいつが例外なだけで」


「そ、そうなんですか……」


「うん。そう。だからまぁ……うちは特殊だからなぁ。参考にならなくてごめんね」


「いえ……」


「美花さんは?どう思ったの?満ちゃんのこと聞いてるんでしょ?」


「あー。うちもあっさりしてたよ。うみちゃんのこと知ってたからってのもあるけど。うみちゃんが居なかったらどういう反応してたかは分からん。あと、相手の子が結構頻繁にうちに来てたってのもあるかも」


「……海さんがご両親にカミングアウトした時はどうだったんですか?」


 星野くんのお母様が鈴木さんのお母様に問いかける。すると彼女は苦い顔をしながらも語ってくれた。


「こっ酷く否定されて、追い出されたよ。兄貴が説得してくれて、結果的には受け入れてもらえたけどね。……まぁ、僕の場合は時代も時代だったから。今だったらもうちょっとマシな反応してくれたかもね。今も差別はあるけど、確実に世間の考え方は変わりつつある。だから、そう身構えなくていいんじゃないかな」


「カミングアウトした時、緊張しましたか?」


「いや。僕の場合は自分から言う前にバレた」


「そ、そうでしたか……」


「まぁ、カミングアウトが上手くいくかいかないかなんて相手とタイミングによるからさ、あんまり人の体験談聞かない方が良いかもよ。今みたいな失敗談聞いちゃったら参考になるどころか不安になるだけだし」


「……はい」


「……あっ。そうだ。もし受け入れられなくて追い出されたりしたらうちの店おいでよ。うちのお客さんマイノリティなセクシャリティの人ばかりだから。はい。これ」


 そう言って鈴木さんのお母様は名刺をくれた。彼女はモヒートというバーを経営しているらしい。


「あの、私まだ未成年ですけど……大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫。ソフトドリンクとかノンアルもあるから」


「……海さんやっぱこの子のこと口説いてるでしょ」


「口説いて無いってば。僕、恋人が居る女性は口説かないっていうポリシーがあるから。略奪愛はめんどくさいし」


「「うわっ……」」


 なははーとへらへら笑うその笑顔が鈴木さんに重なる。言ってることはなんだか凄い遊び人っぽいけど。柚樹くんと同じ考えだ。月島さんのお母様と星野くんのお母様も苦笑いだ。

 それにしても、そろそろ待ち合わせの時間が過ぎそうだが、咲ちゃんはまだだろうか。そう思っていると、ちょうど駅から出てきた。私に気づき、ぎょっとしながら近づいてきた。


「えっ。な、何?この綺麗なお姉様方。未来さんの知り合い?」


「えっと……鈴木さんのお母様と、月島さんのお母様と、星野くんのお母様。たまたま今知り合ったの」


「えっ、えっと……松原咲です。鈴木くん達とは同じ学校で、同級生です」


「海菜の母です」


「満の母です」


「望の母です」


「……名乗らなくても分かるくらい皆さん似てますね。特に鈴木さん」


「よく言われるよ。……にしてもサユリさん、遅いね」


「待ち合わせ場所間違えてんじゃね?……あ、来たわ」


 駅の方から女性が小走りで向かってくる。


「すみません皆さん……待ち合わせ場所勘違いしてて……って、あら?こちらのお嬢さん方は?」


「海菜達の同級生の松原さんと、二つ上の笹原さん」


「あぁ、そうなのね」


 サユリさんと呼ばれた上品な雰囲気の女性は小桜さんの母親だそうだ。小さい百合と書いて小百合さゆり。名前も和風で上品だ。


「じゃ、お二人さん。僕らはこれで」


「またな」


「息子達のこと、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 頭を下げて、手を振りながら去っていくお母様達。ママ友との付き合いは難しいとよく聞くが、あの四人は本当に仲が良さそうだ。


「……大人になっても仲がいいって、良いですね」


「子供が生まれてから知り合ったんだって」


「マジで?絶対学生時代の同級生だと思ってた。それであんな仲良いって凄いなぁ……でもまぁ、姐さん達もあれだけ仲良いからなぁ。そうなるか」


「……うん。そうだね」


「ん?どうした?未来さん」


「……あのね。今、カミングアウトのこと考えてたんだ。それでね、カミングアウトされた時、親的にはどう思うんだろうって思って、お母様達に聞いてみたの」


「うん」


「意外と、なんとも思わなかったって言われたんだけど……月島さんのお母様は、鈴木さんのこと知らなかったらどう思ってたかわからないって」


「うん」


「……だから正直、あんまり参考にならなかった」


「まぁ、そうだろうね。受け止め方は人それぞれだから。未来さんのご両親がどう受け止めるかは分からないけど……少なくとも、否定されることは無いんじゃないかな」


「……うん。私も信じてるよ。でもやっぱり、どうしても緊張しちゃう」


「いっそ、顔見ずに電話で済ませちゃったらどう?」


「……良いのかな。それで」


「それでいいと思うよ。私は。で、実家に帰った時に改めてゆっくり話せば良いんじゃないかな。もしも仮に……仮にだよ?無いとは思うけど、それで縁切るとか言われたとしても、未来さんの居場所はここにあるから大丈夫だよ」


 そう言って、彼女は自分を指差した。そして、自分の言ったことに恥ずかしくなったのか、顔を逸らして頭を掻いた。


「……ふふ。そうだね。うん。……居場所はあるもんね」


 鈴木さんのお母様も言ってくれた。『追い出されたらおいで』と。


「……ん?なにそれ。名刺?」


「鈴木さんのお母様の名刺。『受け入れられなくて追い出されたらうちの店においで』って。バー経営してるんだって」


「えっ。だめですよ。その場合はそっちよりうち来てくださいよ」


「ふふ……もちろん咲ちゃんの方に行くよ。鈴木さんのお母様も、気休めで言ってくださったんだと思うから。恋人が居る女は口説かないって決めてるって言ってたし」


「柚樹さんと同じこと言ってんな。遊んでる人の発言だなそれ」


「鈴木さんのお母様だからきっと、なんだかんだで一途なんじゃないかなぁ」


「まぁ……確かに鈴木くんも遊び人っぽいように見えて超一途だけど」


「私も一途だよ。咲ちゃん以外のところに行ったりしないよ」


「……未来さん最近、サラッとそういうこと言いますよね」


「……君を不安にさせたく無いんだ。だからちゃんと、想いは言葉にして伝えておきたいの」


「やだかっこいい。抱いて」


「ふふ。いいよ。帰ったら抱こうか?」


 冗談っぽく笑ってそう返すと、彼女は動揺するように瞳孔を開いて固まって、そして顔を真っ赤に染めた。そんな反応をされるとは思わず、こっちが恥ずかしくなり、顔を隠す。


「えっ。いや、待って。なんで?それこっちのリアクションなんですけど」


「だって……そんな顔すると思わなかったもん……咲ちゃんのえっち……」


「それもこっちの台詞なんですけど?」


「うぅ……今のは忘れてぇ……」


「嫌です。責任とってデートが終わったら抱いてください」


「やだぁ……そんなこと言われたら意識してデート楽しめなくなっちゃう……」


「未来さんが悪い」


「うぅ……」


 結局その日のデートはあまり楽しめなかった。その代わり、その後はいつも以上に盛り上がった。


 その後、彼女を家に送ってから私は家に電話をかけた。そして、母に彼女との関係を打ち明けた。しばらく沈黙した後、母はこう言った。

『お母さんも松原さんのこと好きよ。だから、反対なんてしないわ』と。父は『あんな良い子はなかなかいないから大切にしなさい』と言ってくれた。どうやらもう、咲ちゃんのところにも、鈴木さんのお母さんのお店にも逃げ込む必要は無いようだ。

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