91話:あなたのためのチョコレート

 二月。そろそろバレンタインデーの時期だ。去年は加瀬くん達と一緒にチョコレートを作ったが、今年は一人で作ってみようと思う。


「……じー……」


「見るな。散れ」


「うっす」


 今年作るのはチョコクッキー。板チョコを溶かして、ココアと小麦粉を混ぜて生地を作り、丸めて寝かせる。


「咲、出掛けんの?」


「うん。ラッピング用の袋買ってくる」


「ついでにコンビニで酒買ってきて」


「未成年なので無理でーす」


「未成年に見えないから大丈夫大丈夫」


「自分で行け雑魚」


 兄に悪態をついて、汚さないように外していた指輪をはめて、家を出て百均へ。

 未来さんは佐久間先輩の恋人と一緒にチョコレート作ると言っていた。仲が良いらしい。ちょっと妬いてしまうけれど、まぁ、向こうも恋人がいるから大丈夫だろう。どんな人か詳しくは知らないけど、未来さんから聞いた印象だと良い人そうだし。

 それにしても、街はすっかりバレンタイン一色だ。この間までクリスマス一色だったのに。

 本命、義理、友チョコ、最近は自分用に買う人も多いらしい。

 ふと、チョコレート専門店のポスターが目に止まる。女性から女性にチョコレートを渡しているポスター。あの二人はどういう関係なのだろう。友達? 恋人? 明言されていないから製作者にしか分からないけれど、後者を想定して作ってくれていたら良いなと思う。


 ラッピング用の袋は、迷わず犬柄を選んだ。シベリアハスキーの柄。私に似てると彼女は言うけれど、私にはよく分からない。そんなに似ているだろうか。

 ラッピング袋のハスキーと睨み合いながら帰宅し、冷蔵庫を開け、寝かせていた生地を取り出そうとして、生地を入れた時はなかった缶チューハイに気付く。なんだかんだで自分で買いに行ったらしい。全く。


 生地を1センチ幅で輪切りにし、クッキングシートを敷いた天板に並べてオーブンに入れる。あとは焼き上がるのを待つだけだ。動物型に型抜きしようと思ったが『可愛すぎて食べれないよぉ』と言われてしまいそうなのでシンプルな丸型にした。


「なんかすっげぇ良い匂いすると思ったらお前か」


 クッキーの焼ける匂いに釣られて部屋から出てきた兄を部屋に押し戻し、しばらく待つと、ピロピロと軽快な音が鳴った。オーブンを開けて確認していると、隣から手が伸びてきた。はたき落とす。


「一枚くらい良くね?」


「やだ。未来さんのだもん」


「そこをなんとか」


 仕方なく、焼き立てのクッキーを一枚渡す。

「美味いな」と言いながらもう一枚取ろうとしてきた手をはたき落として、部屋に押し込む。一息ついて振り返ると、別の魔の手が忍び寄っていた。


「父さん!」


「は、はい! すみません!」


「もー!」


 全く油断ならない。クッキーを回収して、ラッピング袋と共に部屋に持ち込む。リビングに置いておいたら無くなりそうだから。

 冷めたところで、ラッピングして引き出しにしまう。バレンタインデーは明後日。それまでこのクッキー達をなんとしてでも守り抜かなければ。まぁ流石に、ラッピングされたやつをあけてまで食べることは無いとは思うけれど。

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