86話:二年目のクリスマス

 クリスマスイブ。約束した通り、今日は二人で指輪を作りに行く。鈴木さんが紹介してくれた宝石店に入り、予約したことを伝えると、「お待ちしていました」と出迎えてくれた綺麗な女性がにこりと微笑む。花寺と名札が付いている。鈴木さんが紹介してくれた人だ。


「海菜ちゃんから聞いてると思いますけど、私も同性の恋人が居て」


 指輪のオーダーを受けながら、彼女は語る。恋人と付き合ったのは大人になってから。それでも、もう付き合って十年以上になるらしい。一緒に暮らして、毎日が幸せだと、嬉しそうに惚気てくれた。「私達も大人になっても一緒に居ようね」と咲ちゃんが私に小指を差し出す。


「うん」


 彼女の小指に自分の小指を結ぶ。すると彼女は「ヘヘ」と少し照れ臭そうに笑った。その顔が愛おしくて、つい抱きしめたくなるが、花寺さんの視線を感じてやめた。


「ありがとうございました」


 契約を終えて店を出る。今年のクリスマスは去年より暖かい気がする。そういえば、去年は雪が降っていた。今年の天気予報は晴れ。予報通り、晴れている。雲はほとんど無い。


「……今年は雪、降りそうにないね」


 空を見上げて彼女が少し残念そうに呟く。「そうだね」と返事をすると、彼女が「あ」と何かを見つけたように声を上げた。視線の先には並んで歩く二人の少女。そのうちの一人が私たちに気づいてポケットに入れていた手を挙げた。月島さんと実ちゃんだ。咲ちゃんに手を引かれて二人に駆け寄る。


「姐さん、今年はバイト無いの?」


「うん。断ってきた。予定入れるとキレられるからな」


「……わたしのせいみたいな言い方しないでくれる?」


「……あんたの心って本当地雷畑だよな」


「貴女がデリカシー無いのよ」


「はいはい。すみませんね。んなむすっとすんなよ。可愛い顔が台無しですよー」


 そう言って実ちゃんの口角を指で引き上げる月島さん。「冷たっ!」と叫び手を払い除ける実ちゃん。月島さんはケラケラ笑いながら実ちゃんから手袋を取り上げて自分の手にはめた。


「なんで家出るときに手袋してこなかったのよ! もー!」


「この間つきみに全部穴開けられてさぁ……」


「寒いんだけど」


「うるせぇなぁ。ほらよ」


 月島さんは苦笑いしながら、手袋をしていない方の手を実ちゃんの手と繋いでポケットにしまい込む。実ちゃんは真っ赤になっているが、月島さんは平然としている。


「……そういうところ、ほんと嫌い」


「へいへい。じゃ、咲ちゃん、先輩。またね。よいお年をー」


 そう言って月島さんは手を振りながら去って行った。居なくなったところで咲ちゃんが「相変わらずクールだなぁ……」と彼女達の後ろ姿を見ながら呟く。その瞳はキラキラと輝いていて、思わず笑ってしまう。


「咲ちゃん、月島さんのことほんと好きだね」


「憧れ的な意味でね。恋愛感情では無いですよ」


「ふふ。分かってる。月島さんの話する時、伊吹さんと同じ顔してるから」


「うぇ……なにそれ。複雑なんすけど」


「ふふふ。兄妹だね」


「やめてよもー……」


 その後は他愛もない話をしながらイルミネーションを見て回って、ご飯を食べて、予約したケーキを受け取ってそのまま私の家へ。


「とりあえずお風呂沸かそうか」


「沸かしてきまーす」


「じゃあ私、ケーキ切り分けてくるね」


 ケーキを持って台所に入る。切り分けていると、風呂場から戻ってきた彼女が抱きついてきた。


「もー。待ってて」


「んー。ここで待ってる」


「んもー……」


「二人で食べるんだし、二等分で良くない?」


「私はそんなに食べられないから」


 四等分にして、4分の1は私、残りは咲ちゃん。


「私もこんなに食べないよ」


 と苦笑いしていたが、結局ペロリと平らげた。「生クリームがあっさりしてたから」と、なにも言ってないのに言い訳を始める彼女に笑ってしまうと『お風呂が沸きました』と声が聞こえてきた。


「……咲ちゃん、一緒に入る?」


「えっ。良いの? 入る入る」


「……や、やっぱり恥ずかしいから一人で入って」


「えぇ!? そっちから誘っておいてそれは無いですよー!」


「うー……」


 彼女に連れられて脱衣所へ。自分から言い出したことだが、ドキドキしてしまう。彼女はしないのだろうか。ふと見たら既に真っ裸になっていた。思わず顔を隠すと「散々見てるのになに今更」とくすくす笑いながら近づいてきて、私の服に手をかけた。


「ほら、バンザイして」


「じ、自分で脱ぐから先行ってて」


 彼女を風呂場に押し込んで、服を脱ぐ。深呼吸して、風呂場の扉を開けると座っていた彼女と鏡越しに目が合う。立ち上がり、振り返った彼女を正面に戻す。


「鏡越しじゃなくて直接見たい」


「や、やだ。こっち向かないで


「えー。誘ったのはそっちのくせに」


「うぅ……」


「あははっ。わかりましたよ。前向いてますよ」


 鏡は曇ってしまって、彼女の表情は見えない。だけどどんな表情をしているかなんて、見なくても分かってしまう。


「シャンプーとリンスとって」


「はーい」


 先に好きになったのは彼女の方。だけど、余裕があるのはいつも彼女の方。恋愛は先に惚れた方が負けなんて言うけれど、後から惚れた私の方が彼女に勝っているようには思えない。むしろ逆だ。そのことに不満を漏らすと彼女は「私の方があなたを好きな期間が長いですから」と笑った。


「私はあなたと知り合った時からずっと、あなたにドキドキさせられてますから。だから、今は私があなたをドキドキさせる番なんですよ」


「……なんか、ずるくない? それ」


「そうかなぁ」


「付き合う前は、君が勝手にドキドキしてただけじゃないか」


「あははっ。まぁ、そうですね。未来さん、私の気持ちに全然気づいてなかったもんね」


 あの頃は彼女の気持ちどころか、同性から恋愛感情を向けられることさえ想定していなかった。自分はいつか男性と恋愛して母親になるのだと信じて疑わなかった。今はもうそんな未来は見えないけれど、不幸な未来も見えない。彼女と二人でもきっと幸せだろう。そもそも、今でも充分幸せだ。この幸せが死ぬまで続いてほしいと願うほどに。


「未来さん」


 洗い終わった彼女が湯船に移動して、おいでとお湯を叩く。


「うん……失礼します」


 彼女の身体を背にして湯船に浸かる。彼女の腕が私の身体を引き寄せた。背中に柔らかいものが密着して、肩に頭の重みを感じる。

 少し、湯船の温度を上げすぎたかもしれないと思った。沸騰しそうなほど熱い。


「……ねぇ未来さん。そろそろ上がりません? 私……ちょっと……」


 その先は続かなかったけれど、彼女が何を求めているのかは明白だった。湯船を上がって、身体を拭いて、髪を拭いて服を着ようとすると「どうせ脱ぐんだし、このままで良くない?」と囁かれて、裸のまま寝室へ連れていかれた。





 彼女が持って来てくれたパジャマに着替えて、水分補給をしてからベッドに横になる。ベッドに座っていた彼女もパジャマを着て、私を抱き枕のように抱きしめて頭にキスをした。


「……咲ちゃん、今年も忙しそう?」


「そうですね。次に会えるのは年明けになりそうです。1日は空いてるよ」


「じゃあ、初詣行こう」


「うん。実家は帰らなくて良いの?」


「31日に帰って、向こうで年明かす予定」


「そっか。じゃあ、1日は実家の方にお迎えに行けば良いんだね」


「うん。待ってるね」


「うん」


 年明けの約束をして、彼女の背中に腕を回す。

 とんとんと背中を叩く音と、彼女の心臓が奏でる子守唄が私を眠りに誘った。

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