59話:今年の夏は

 高校は今日から夏休みらしい。「こっちはテストが終わってからだから、まだ一週間くらいある」と彼女に伝えると「テスト頑張って」と返ってきた。

 夏休みといえば、今年も夏祭りがあるが行くのだろうか。聞いてみると、今年はお墓参りに行く予定が入ってしまっているらしく、どうしても空けられなかったらしい。長文の謝罪が来たが「仕方ないね」と一言だけ返す。文字だけだと拗ねているように見えるだろうかと思い「拗ねてるわけじゃないよ」と付け足したが、なんだか余計に拗ねているように見えてしまうかもしれないなと苦笑いする。けど、本当に拗ねてはいない。

いや、全く拗ねていないといえば嘘になる。本当はちょっとだけ拗ねている。私は結構前から楽しみにしていたのに。そもそも「来年も来ようね」と約束したのに。

——いや、家の用事は仕方ない。一人で行って花火の動画でも撮ってきてあげよう。


「……一人で夏祭り……か」


 去年彼女と一緒に行った時のことを思い出す。結構人が多かった。あの人混みの中を一人で歩くのは少し怖い気がする。逸れた時も心細かった。

 妹でも誘ってみようかと思い、声をかけてみる。「彼氏と行くのですみません」と断られた。彼氏。いつの間に。

 前の彼氏のことは知っている。良い子だった。別れた後も友達として交流は続いているらしい。

 別れた理由は聞いている。彼は女性に対して恋愛感情を持てない人——つまり、ゲイだったそうだ。そして今は彼にも男性の恋人がいるらしい。

 この間一緒に居るところを見かけた時、二人とも恋人同士だった頃より楽しそうだった。事情を知る人が二人を見ればヨリを戻すことはないことは分かるが、新しい彼氏さんが勘違いして嫉妬しなければ良いけど。ゲイだから勘違いしないか。


「桜ちゃん……も、彼氏とだろうなぁ……」


 ダメ元で声をかけてみる。『彼氏も一緒やけどええ?』と返ってきた。逆にそっちは良いんだ……と苦笑いしながら『別の人誘うね』と返す。

 しかし、当てがない。私の友達にはみんな恋人が居る。杏介さんや麗人さんは分からないが——男性と二人で夏祭り。咲ちゃんに怒られそうだ。三人ならまだしも。

 二人とも誘う? いやいや……そもそもそこまで仲良くは無いし——と、悩んでいると、「8月13日は暇ですか。夏祭り一緒に行きませんか」とメッセージが来た。小桜さんからだ。演劇部は夏休みは忙しいと聞いている。去年はたまたま空いていたが、今年は空いていないようだ。だけどちょうど良かった。「行く」と即答する。

 咲ちゃんにもそのことを伝えようと文字を打ち込みかけて、止める。どうせならサプライズにしよう。


「喜んでくれるかな。咲ちゃん」


 卓上カレンダーの8月13日に花火大会と書き込んでからハッとする。彼女に見られたら、誰と行くのかと突っ込まれてしまうかもしれない。

 後日、案の定、咲ちゃんにカレンダーを見られてしまい、サプライズ作戦はあっさりと失敗してしまった。しかし、花火の動画は楽しみにしていると言ってくれた。綺麗に撮れるように頑張らなければ。

 いや、その前にテストだ。浮かれていてここで単位を落としてしまったら夏祭りどころでは無い。頑張ろう。

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