37話:送る会

 2月28日月曜日。学校に登校すると、久しぶりにクラスメイトが全員集合していた。

 今日は三年生を送る会だ。そして、いよいよ明日が卒業式。既に何人が泣いている。貰い泣きしそうになるのを堪える。


「みんな、しんみりしてるなぁ」


「佐久間は逆にけろっとしてるな」


「佐久間さんは卒業式でもけろっとしてそう」


 こう見えて由舞ちゃんは意外と涙脆い。


「部活の引退の時めっちゃ泣いてたよ」


 裁縫部員に暴露され、恥ずかしそうに苦笑いする由舞ちゃん。中学の時の卒業式も、ボロ泣きだった。私もだけど。涙で前が見えなくなるくらい泣いた。今回も多分、泣かずにはいられない。というか、既に堪えている状態だ。


「……ヴァイオリンの音聞こえない?練習してるのかな」


 誰かの呟きで、ざわめきがふっと収まる。確かにヴァイオリンの音色が風に乗って微かに聞こえてくる。


「やば。こんなん泣くやん」


「てかこのメロディ『仰げば尊し』じゃない?」


 言われてみれば確かに。このメロディはよく聴くと卒業ソングでお馴染みの『仰げば尊し』だ。まるでソプラノ歌手が歌っているような美しい高音の音色で奏でられる。よく聴くと、一つの楽器から奏でられる音ではない。誰かもう一人弾いている。


「ビブラートやっば……」


「えっ、何?まさかこれ送る会でやんの?ちょっと贅沢過ぎない?」


 弾いているのは恐らく、一人は咲ちゃんの先輩バンドであるクロッカスのヴァイオリン担当の一条実ちゃんだろう。彼女は界隈では有名な人で、コンクールに出れば当たり前のように金賞を取るらしい。家がお金持ちなため、親のコネだなんて噂もあるが、この聞き惚れるような美しい音色を聴いていると、とてもそうは思えない。

 もう一人は一体誰だろう。他にもヴァイオリンを弾ける人が居るとしたら、彼女の兄の一条柚樹くんだろうか。弾いているところを見たことはないが、なんとなく弾けそうなイメージはある。


「あ、止まった」


「残念。もうちょっと聴きたかったね」


「会で聞けるでしょ」


 音色が止まった。時間を確認する。もうすぐ予鈴が鳴る時間だ。


「おっ。なんか、全員揃うの久しぶりだなぁ」


 担任が入って来て、HRをして廊下に並ぶ。


「なんか、ちょっと緊張してきた」


「ええ?なんで?送る会だよ未来ちゃん。ただ座って見てるだけだよ?卒業式と違って壇上に立ったりしないよ?」


「そうだけど……咲ちゃんが舞台に立つから……失敗しないかな、大丈夫かなって。ちょっと、ドキドキしてしまう」


「親かよ」


「ふっ……笹原さんほんと可愛いなぁ」


「マジ癒し」


「うぅ……なんか恥ずかしいからやめてくれぇ……」


 体育館に入ると、下級生と先生達から拍手で迎えられる。その中に咲ちゃんの姿を見つけた。目が合うとにこりと微笑んで控えめに手を振る。振り返し、席に着く。電気が消えて生徒会長がスポットライトを浴びながら壇上に上がった。軽く挨拶をして、会が始まる。

 学年ごとの出し物があり、三年間を振り返るスライドショーが流れて、時が過ぎていく。


『——未来ちゃん先輩、冴先輩。ご卒業おめでとうございます』


『二年間、ありがとうございました。これからは夢へ向かって羽ばたいてください』


『またお会いできる日を楽しみにしています』


 部活の後輩達からのビデオレターに泣きそうになるのを堪えるが、その次に続いて映ったの謎の生き物のぬいぐるみを見た瞬間、思わず笑ってしまい、涙が引っ込んだ。他のクラスからもドッと笑い声が巻き起こる。


「おいおいみんな。笑うなよ。私の力作だぞ?」


「ごめんね。……ふふ……ごめん……」


「いや、あれは何回見ても笑うって」


「てか、部紹介の時に自分でネタにしてたじゃん」


 映ったぬいぐるみは、由舞ちゃんが作った白いプードル。プードルと言われても首を傾げてしまうほど似ていない。身体はやけに細く、何故か目が一つしかない未知の生物だ。

 誰かの手がそのぬいぐるみを操り、そこに裏声でアテレコが始まった。人の姿は映らず、ぬいぐるみが淡々とメッセージを述べている。メッセージは裁縫部だけではなく、演劇部の先輩達にも向けられていた。


「ぬいぐるみのインパクト強すぎて入ってこねぇわ」


 誰かの呟きに、由舞ちゃんが同意するように頷いた。するとカメラが少しずつ引き、手を振っている部員達が映る。


『それでは先輩方、また会う日まで——「お待ちください』


 締めの言葉を誰かが遮る。カメラが部室の入り口の方を向くと、ぞろぞろと衣装を着た人達が入って来た。


『演劇部です。先輩方、いつもご協力ありがとうございました。わたくし共からもお祝いのメッセージを贈らせてください』


 片足を下げ、丁寧にお辞儀をするのは貴族風の衣装を着た男子生徒だ。それに続いて他の生徒達も丁寧に頭を下げ、一人一人キャラになりきってメッセージを贈る。


『それでは皆さま、またお会いする日まで。ごきげんよう』


 ドレスを着た月島さんの台詞に続き、演劇部裁縫部揃って『ごきげんよう』と締めくくり、次の部活へ。次はそのまま演劇部だ。


『演劇部です。先ほどは裁縫部の方にお邪魔させてもらいましたが、今度は演劇部の先輩達に向けてお礼のメッセージを贈ります』


 一人一人、三年生の名前が呼ばれる。


『——最後に、木村副部長、河合部長。ありがとうございました。では、最後は騎士ナイトくんこと、星野望が木村副部長のモノマネをしながら締めたいと思います』


『えっ、待って。聞いてないです』と星野くんが挨拶をしていた生徒の方を見て慌てるがカメラを向けられていることに気付くと咳払いをしてあーあーと声の調整をして、笑顔を作ってカメラ目線で手を振った。


『先輩達〜見てる〜?今までありがとうな〜また、舞台見に来てな。ほんまに、おおきに』


 星野くんによる木村くんのモノマネでビデオレターが締め括られる。ぎこちないが、たしかに似ている。顔は似ても似つかないが、声と雰囲気はそっくりだった。


「んふっ……めっちゃ似てる……」


「流石。俺が見込んだだけあるわ。モノマネで飯食うていけるで。あいつ」


 本人の絶賛する声が聞こえてきた。笑い声が巻き起こる。

 和やかな雰囲気のまま会は進行していき、ついに音楽部の番がやってきた。デルタの演奏で盛り上がったところで、咲ちゃん達かと思いきや二年生達が出てきた。


「みなさまこんにちは。クロッカスのヴァイオリン担当、一条実です」


「同じく、ギター担当の一条柚樹です。今回はちょっと趣向を変えて……ヴァイオリンとヴィオラの二重奏をお聴きください」


「それに合わせて、あたしとみぃちゃんが歌います。静ちゃんは指揮者です」


「それではお聴きください。『仰げば尊し』」


 ベース担当の西城くんの指揮で、ヴァイオリンのソロから入り、そこにヴィオラが続く。


「……やば」


「てか、一条兄、ヴァイオリン弾けるんだな」


「ヴィオラとか言ってなかった?」


「サイズが違うだけで仕組みは同じだろ」


「流石。腐っても御坊ちゃまだね」


 ちょっと嫌味っぽい声がどこからか聞こえてきた。一条家のことは校内では割と有名だ。

 ただ、妬みからなのか、特に兄の方は良い噂を聞かない。『女の敵』なんて揶揄されているが、咲ちゃん曰く『確かに遊び歩いてはいるけど、話してみると悪い人では無いです。少なくとも嫌がる子に無理やりセクハラしたり、人を騙したりすることはしません。です』とのこと。噂の半分くらいは事実らしい。


「クロッカスでした。ありがとうございました」


 演奏が終わると拍手が巻き起こる。


「やばい。一条柚樹に惚れそう」


「好きになったら終わるよ」


「分かってるけど、分かってるけどぉ……!」


「はは……一条兄はこういうところずるいよなぁ……まさに魔性の男って感じ」


 周りの反応を見て、由舞ちゃんが呟く。


「魔性と言えば鈴木さんもだよね」


「あぁ、王子か。優しさを振り撒いておきながら奥底までは絶対に踏み込ませないという点ではあの子も割と一条くんに似て——「ちょっと!聞き捨てならないんだけど!王子をあんな奴と一緒にしないでよ!」——あー……すまない。けど、あんな奴なんて言ったら王子も悲しむんじゃないか?ほら、あの子は誰に対しても平等に優しいから」


 一条くんと似ていると言われて激情する鈴木さんのファンの女の子。しかし、由舞ちゃんが鈴木さんのことをあげて諭すと、ファンの子はあっさり「言い過ぎた」と謝罪した。

 以前、月島さんが言っていた。鈴木さんは教祖様だと。最近、その意味がなんとなく意味が分かる気がする。

 彼女のファンは、ファンを通り越して信者と化している子が多い。中には少々過激な子もいたが、ある日突然おとなしくなった。理由を聞くと、本人から諭されたらしい。

 以前から上級生の廊下で鈴木さんの姿をよく見かけていたが、もしかするとあれはファンの子達が暴走しすぎないように牽制して周っていたのかもしれない。


「皆さんこんにちは。あまなつです。いやぁ〜先輩達の演奏、凄かったですねー」


「……正直、あの後にやるの辛い」


「ちょっとこなっちゃん!舞台に立ってからそれ言う!?」


 弱気なドラム担当の子の呟きに苦笑いするメンバー達。咲ちゃんが移動し、彼女の背中を叩き、励ますように何かを言っている。それにドラムの子が頷くと、咲ちゃんは自分のポジションに戻って行った。


「流石まっつん。イッケメーン」


 苦笑いする咲ちゃん。何かを言いながら前を指指す。


「失礼しました。今回も、ベース担当のまっつんがオリジナル曲を作ってくれました。卒業する先輩方への想いを込めて歌います。それではお聴きください。『さようなら。またいつか』」


 どこか懐かしいイントロが流れる。なんだか聞き覚えがある。あぁ、そうだ。半年くらい前に一度だけ聴かせてもらった、咲ちゃんが私へ想いを綴った曲。あの曲に、少し似ている気がする。

 咲ちゃんの作ったメロディに乗せ、夏美ちゃんの綺麗な声で、卒業する私達への想いが綴られる。歌詞は咲ちゃんが考えたのだろうか。なんとなく、そんな気がする。


「ありがとうございました。あまなつでした」


 周りを見るとみんな泣いていた。隣を見ると、由舞ちゃんも蹲っている。


「松原さん、良い曲作るね」


「……でしょ。いつか、プロになるんだって」


「そうか……プロの歌手が歌う彼女の曲、楽しみだな」


「うん。楽しみ」


「……今……将来の話をすると、駄目だね」


「まだ明日あるよ。取っておかないと枯れちゃうよ」


「君だって……人のこと言えないじゃないか」


「うぅ……」


 卒業式は明日。在校生と卒業生は登校時間が違うから、咲ちゃんと登校できるのは今日が最後だった。もうこれからは、登校を口実に毎日は会うことは出来なくなってしまう。

 寂しいけれど、二度と会えなくなるわけじゃない。ただ、会う頻度が減るだけだ。

 後輩達からもらったエールを胸に、これからも変わらず頑張りたい。図書館の司書という夢に向かって。


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