56話:無知は罪かもしれないけれど
最近、なんだかやたらと視線を感じる気がする。どこからか、私が女性と付き合っているという噂が漏れたらしい。高校生の頃は、同性同士の恋愛について揶揄する人は少なかった。とはいえ、それは多分、三年生になってからだ。学校自体がLGBT教育に力を入れていたのもあるかもしれないが、鈴木さんの影響が大きかったのだと思う。当事者が身近に居ることを実感出来たから、みんな変われた。
『差別は無知から生まれる』鈴木さんの口癖を心の中で呟く。私をみてひそひそと話す彼らはただ、無知なだけ。そう言い聞かせて、とりあえずは気づかないふりをしていると、一人の男の子が私の元へやってきた。
「あのさ、笹原さんってさ、女の子と付き合ってるってまじ?」
その瞬間、教室がどよめいて、私に視線が集まった。隣に居た桜ちゃんが、ニヤニヤする彼を睨む。
昔の私ならきっと、怖くて何も言えなかった。けど、今は違う。好きな人がたまたま同性だっただけだ。別に何も恥じることではない。恥じるべきは、同性愛は揶揄っていいのだという古い価値観をいまだに信じている相手の方だ。そう自分に言い聞かせて、息吐いて「そうだけど、それがどうかしたの?」と返す。沈黙が流れる。彼の顔を見上げると、明らかに動揺していた。
「ま、まじで? やば。リアルレズ初めて見た」
「レズとか勿体無いな。可愛いのに」
「男の良さを知らないだけでしょ」
そんな声がどこからか聞こえてきた。桜ちゃんが席を立ち上がり声の主の方へ向かう。
「君は男とヤッたことあるん?」
突然の衝撃発言に怒りを忘れてギョッとしてしまう。
「は、はぁ!? いきなり何!?」
「あ? 男の良さ知らないだけとか言うから。そこまで言うなら試したことあるんやろうなと思って」
「あるわけねぇだろ!?」
「無いなら適当なこと言うなや。ボケ」
そう吐き捨てて相手を黙らせると、彼女は私の元へ戻ってきて「次の講義一緒やろ?」と言って私を連れ出してくれた。
「未来ちゃんも、カッコ良かったな」
「私が?」
「堂々としてて、カッコ良かった」
「あれは……鈴木さんの真似をしただけだよ」
「真似でもええやん。黙らせられたんやから」
「桜ちゃんの方がカッコ良かったよ」
「あー……あれは番長の真似しただけ」
「あはは……確かに月島さんは言いそう……」
私にはあんなことはなかなか言えない。何が悪いの? という態度を取るのが精一杯だ。桜ちゃんがああ言ってくれて、少しすっきりした。
「ありがとう。桜ちゃん」
お礼を言うと、彼女は複雑そうな顔をした。そして顔を逸らして、語り始めた。
中学生の頃に同性の友達から告白されたこと。驚いて、冗談やろと笑い飛ばしてしまったこと。そのことをずっと後悔しているのだという。
「……せやから、ああいう奴ら見ると……昔の自分見てるみたいで嫌なんや」
「桜ちゃんは違うよ。自分がその子を傷つけたことにちゃんと気付いてるじゃない。気付いて、罪を認めて、償おうとしてる。全然違うよ」
「……未来ちゃん……」
「私のことで怒ってくれてありがとう。桜ちゃん」
「……君、人たらしやな。彼女に同情するわ」
「えっ。な、なぜ」
「……まぁでも、おおきに。……おおきにな。未来ちゃん」
「えっ。う、うん。こちらこそ、助けてくれてありがとう」
人は変わる。高校最後の一年で、同性愛に対して差別心を持っていた人達が徐々に考えを改めていく姿を目の当たりにして、実感した。無知は罪だ。だけど、犯した罪は償える。だから私は、さっき私を侮辱した彼らも、いつか自分の罪に気付いてくれると信じたい。
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