58話:ツンデレ御曹司

 今日は終業式。校長の長い話を終えて今日から夏休みに入る。部活が無いため、雛子に誘われて、暇な人を集めて遊びに行くことにした。しかし、バイトやら部活やらでことごとく断られてしまい、結局集まったのは私、美麗さん、そして空美さんの三人。

 雑談をしながら電車に乗り、ショッピングモールへ向かう。


「とりあえずお昼食べよー」


「そうですね」


 ショッピングモールの中に入り、フードコートへ向かう。ハンバーガーセットを注文して席を探していると、勉強している大学生くらいの男性三人組が目に止まる。その中の一人に見覚えがある。美麗さんのお兄さんの麗人れいとさんだ。


「あれ、美麗さんのお兄さんじゃない?」


「あら。本当ですわね」


「どこどこ?」


 男性も私達に気づき、手を振った。ちょうど近くの席が三つ空いていたため、許可を得て座る。


「勉強中なのに迷惑ではありませんか?」


「あぁ、構わない。ちょうど休憩しようかという話をしていたところだからな」


「あれ。、美麗ちゃんのお兄さんと知り合いだったんだ」


「うん。大学の同級生」


 美麗さんのお兄さんと一緒にいた二人のうち、眼鏡をかけている方は空美さんのお兄さんの和希かずきさん。もう一人の男性は一条いちじょう杏介きょうすけと名乗った。もしやと思い聞いてみると、どうやら実さんと柚樹さんのお兄さんらしい。三人は蒼葉大学の二年生で、未来さんのことも知っているようだ。


「俺の彼女が笹原さんと仲良くてね」


「そうそう。お兄の彼女、未来先輩の同級生なんだ」


「へぇ……世間狭いっすね」


「ちなみに俺、伊吹とも知り合いだよ」


「うえっ。なんで兄貴と」


「大学受験の時に勉強教えてやってって満ちゃんに頼まれて」


 和希さんは未来さんより一つ上。ということは、兄と同い年だ。


「和希さんも受験生だったんじゃないですか?よくそんな余裕ありましたね」


「んー。まぁ、俺は昔から勉強ヲタクだったから……学校で習うようなことは学び尽くしちゃって、大学受験のために勉強しなきゃいけないことってあんまりなかったんだよね」


「サラッとすごいこと言いますね」


「やることなくなったからとか言って、高一の夏ごろから簿記の勉強始めて、一年で一級とってるんだよこの人。青商生が三年かけても取れるか取れないかっていう資格をたったの一年で、しかも独学で満点合格してるんだよ。キモくない?」


「キモいって。酷い言われようだな」


 その知識欲の高さはなんだか鈴木くんに似ている気がする。彼女と同じクラスになったことはない——学科が違うため来年もない——が、休み時間もほとんど勉強をしているらしい。昔からそうだと姐さんから聞いている。職員室に出入りしている姿もよく見かける。

 空美さんと、弟の七希くんもなんだかんだで勉強熱心だが、妹の七美ちゃんは勉強嫌い。『赤点取らなければ満点も同然』とよく言っているくらいだ。ちなみに、姐さんの口からも同じ言葉を聞いたことがあるが、鈴木くん曰く『彼女の場合はここに受かってるだけでも頑張ってる証拠だから、赤点取らずについていけているだけでも凄いことなんだよ』とのこと。頑張りすぎないように適度に手を抜きながら頑張る。それが姐さんや七美ちゃんのやり方らしい。


「ふん。怠惰な言い訳だな」


「そういう杏介はちょっと休憩した方がいいと思うなー」


「そうだよ杏介。普段は犯さないような単純なミスが増えてきている。ノートを見れば疲れてきているのは一目瞭然だ。休みたまえ」


 そう言って麗人さんは杏介さんの口にプライドポテトを一本ずつ突っ込んでいく。杏介さんは顰めっ面をしてもぐもぐと口を動かしながら大人しくノートを閉じた。


「……杏介お兄様、なんだか随分と大人しくなられましたわね。貴方、本当に杏介お兄様ですの?」


「ははは。美麗が疑いたくなるのも分かるよ。中学生の頃の杏介は誰も寄せ付けない孤高の存在だったからね」


 麗人さんは中学生の頃の杏介さんについて語り始める。

 要約すると、プライドが高く、自分以外は馬鹿だと思っている嫌な奴だったらしい。

 しかし、高校に入り、初めて自分より賢い人間に出会い、プライドをへし折られて丸くなったのだという。


「お兄が杏介さんを変えたんですね」


「うむ。初めての敗北を味わった杏介はすっかりになってしまってね」


「カズコン?」


さ」


「おい。変な称号つけるな」


「あははっ。あの頃の杏介凄かったなぁ。俺のこと好きなのかなって思うくらい、やたらとちょっかいかけてきてさー」


「誰が貴様など好きになるものか。むしろ、死ぬほど嫌いだ」


「あははー。嫌いは好きの裏返しだよ」


「黙れ。クソが」


「と、まぁこんな感じで、すっかり和希に執着してしまってね」


「誰が!」


 なんだろう。このやりとり、物凄く既視感がある。

 あぁ、そうだ。姐さんと実さんだ。実さんも姐さんに対して『貴女なんて大嫌いよ』と口癖のように言っているが、なんだかんだでいつも一緒に居る。


「……なるほど。兄妹ですね」


「実お姉様もよく恋人と似たようなやりとりをしてらっしゃいますものね」


「兄弟揃ってツンデレなんですねぇ」


 ニヤニヤしながらそう言う空美さんは、実さんを弄る時と同じ顔をしていた。『誰がツンデレだ!』とキレる杏介さんもまた、姐さんに対する素直じゃない態度をいじられる実さんと同じ顔をしていた。

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