118話:加瀬くんのやりたいこと
八月三十一日。
まずは加瀬くんが見たいと言っていた映画。映画館へ行くと、意外な人に遭遇した。
星野くんと小春ちゃんだ。それともう一人、幼い女の子。どこかで見たことあるような顔だ。
少女は私を見ると「あ」と声を上げ「咲お姉さんだ」と手を振った。その声を聞いて思い出した。くるみちゃんだ。去年の夏休みに一度だけ会ったことがある。その時は小学一年生だった。
あれから約一年。去年と比べると、一回り大きくなっている。子供の成長は早い。
「くるみちゃん、松原さんと知り合いだったのか」
「うん。きょねんのなつ休みにね、だいきくんがまいごになってたらたすけてくれたの」
迷子になっていたのはくるみちゃんだが、あえてスルーする。
「あんまりお兄さん達を困らせるなよ」
「こまらせてないよ」
「本当か?」
「うん。わたし、いい子だから」
「自分で言うなよ」
「で、なんで星野くんと小春ちゃんがくるみちゃんと一緒に?」
私が問うと、くるみちゃんは「おにいさんたちがプリティア見たいっていうからつきあってあげてる」と目を逸らしながら答えた。仕方なく付き合ってる感を出しているが、星野くんも小春ちゃんも女児向けアニメだろうが関係なく普通に一人で見に行く人だ。毎年見に行っていると聞いている。付き合ってやっているのは星野くんの方だろう。
嘘をついたことに罪悪感があったのか、くるみちゃんはすぐに「ほんとは、わたしが見たかったの」と認めた。
「そうなんだ」
「……学こうでプリティアのはなしするとわらわれるから……はずかしくてうそついた。ごめんなさい」
「謝ることないよ」
「あたしも、この人は馬鹿にしてくるから言いたくないなーってことあるしな」
「あるある。私もBL好きだって一部の人にしか言ってない」
「まぁ、そんなもんだよねー」
「……自分の心を守ることに嘘をつくことは悪いことじゃないよ。悪いのは、人の好きを馬鹿にする人だから」
加瀬くんがしゃがみ込み、くるみちゃんと視線を合わせて言う。加瀬くんが言うと説得力がある。その言葉はきっと、昔の自分に向けた言葉でもあるのだろう。
「くるみちゃんはどのプリンセスが好きなん?」
「えっと……プリンセスピーチ……」
「ピーチ?」
「ブルーミングのピンクの子。みちるおねえさんににてるから……」
「まぁ……確かに似てるな」
「分かる」
星野くんが画像を出してくれた。ピンクを基調としたファンシーで幼さのある可愛らしい衣装には似合わないクールな表情をしている。『魔法少女プリンセスティアラ ブルーム』という、八年前の世代のキャラらしい。八年前というと、くるみちゃんが生まれる前だが、くるみちゃんは星野くんから借りて、全シリーズ見たとのこと。全シリーズ見るくるみちゃんも凄いが、DVDを全シリーズ揃えてる星野くんも凄い。
「ファンの間ではピーチ姐さんとか姉御とかお雛様とか呼ばれてる」
「お雛様?」
「本名が
「ちるやん」
「てか、星野くんってガチのプリティアオタクなんだ……意外。イケメンなのに」
「よく言われる」
と、話していると『魔法王女プリンセスティアラ開場します』とアナウンスが流れる。
「くるみちゃん、行こうか」
「うん。おねえちゃんたち、バイバーイ」
「じゃあねー」
くるみちゃんと手を繋いで歩いていく二人の後ろ姿を見ながら「親子みたいですわね」と美麗さんが呟く。「二児の父だな」とこなっちゃん。「言ってやるなよ」というなっちゃんも気遣うような言葉とは裏腹に爆笑だった。
それからしばらくして、私達がこれから見る予定の映画が開場する。上映時間になっても私達以外に人は入らず、貸切状態のまま予告が始まった。
「人の居ない映画館とか、贅沢だよなぁ」
「私一回、一人だったことあるよ。しかもホラー映画」
「ホラー映画一人はちょっとキツイな……」
「始まりますわよ。お静かに」
「「「はーい」」」
本編はライブシーンから始まった。前情報も何もなしに見たため、役者のことは知らないが、個々の演奏のレベルが高い。特にボーカル。本物のバンドのドキュメンタリー映画だと言われても違和感無いくらいに完成されている。
主人公はボーカルのレイカ。
レイカは引っ込み思案で、友達もおらず、いつも一人だった。趣味は一人カラオケ。週一でカラオケボックスに通うほど。
そんなレイカはある日、いつものカラオケボックスでクラスメイトのミコトに遭遇する。
ミコトはクラスの中心的な存在で、常に友人に囲まれているようなレイカとは対照的な人物だった。
そんな彼女も一人でカラオケに来るんだと意外に思っていると、目が合ってしまう。ミコトはレイカに手を振るが、レイカは上手く返せずに逃げるようにボックスに入った。
ミコトが入ったのは偶然にもその隣だった。隣から聞こえてくるレイカの歌声を聴き、ミコトは思わず歌うのをやめて聴き入ってしまう。
その翌日、ミコトはレイカに昨日の感動を興奮気味に伝える。そしてこう言った。
「バンド、興味無い!?」
ミコトはバンドを組んでいるが、ボーカルが居らず、ミコトがギターとボーカルを兼任していた。レイカの歌声を聴いたミコトはレイカを必死に勧誘するが、レイカは「人前で歌うのは苦手だから」と断る。
「なら、あたしに歌を教えて」
それなら……とレイカは渋々受け入れ、その日からミコトとカラオケボックスに通うようになる。時にはミコトのギターに合わせてレイカが一人で歌う場面もあった。そうしているうちに、レイカはミコトと歌うことの楽しさに気付く。そしてある日、レイカは言った。
「ミコトちゃんと一緒なら、私、歌えるかもしれない」
「それって……」
「バンド、やってみたい」
「本当!?」
「……うん」
こうしてレイカは、ミコトが居るバンドにボーカルとして参加することになった。
しかし、大学卒業を機に解散することになってしまう。解散が決まった日、ミコトは話があると言ってレイカだけを連れてスタジオへ向かった。そこでミコトは、一枚のCDを流す。
「……これは……」
「あたしが作った」
「うん……分かるよ。ミコトちゃんっぽい曲だもん。良い曲だね」
「……あたしさ、勧誘した時にも言ったけど、レイカの歌声が好きなんだ。あたしの表現したい曲は、レイカの歌がないと完成出来ない。だから……あたしの曲作り、手伝ってくれないかな。レイカの歌、これからも、もっと沢山の人に届けたいんだ。バンドの解散と共に終わらせたくないの」
そう言ってミコトはレイカに紙を渡した。そこに書かれていたのは楽譜だった。
ミコトは流していた曲を巻き戻して最初から流し、曲に合わせて歌い始める。
レイカも。と、ミコトが目で訴える。レイカは頷き、楽譜を見ながら途中から入る。二人の歌声が、二人きりのスタジオに響き渡る。
歌い終わった後、レイカはミコトの方を見て笑ってこう言った。
「仕事しながらになっちゃうけど、良い?」
「それじゃあ……!」
「うん。私もミコトちゃんの作る曲、好きだから。手伝いたい。手伝わせて」
「……ありがとうレイカ。これからもよろしくね」
こうして、バンドは解散してしまったが、レイカとミコトは仕事をしながらも音楽を続けることを決意したのだった。
上映が終わると、四人とも泣いていた。私も気づけば泣いていた。バンドの解散や、その中で二人だけが音楽の道へ進むことなど、私達と重なることが多い映画だった。
「……良い百合映画だった……」
「言うと思った」
しばらく余韻に浸ってから、次はこなっちゃんが行きたいと言っていた水族館へ向かうことに。
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