103話:人たらし
今日から体験入部が始まる。今日はバイトやらなんやらで、部活に来たのは私、こなっちゃん、七希くん、新くん、そして雫の五人だけ。ほとんど居ないが、見学に来るかもしれない一年生のために自主練と称して部室を開けることに。しかし、集まった部員達は楽器を弄らずに、課題をやっている。
「……はぁ」
新学期に入ってから、七希くんのため息が増えた。話を聞くと、同じ中学だった後輩の女の子から告白されたり、同級生の女の子から告白されたり、とにかくモテまくって困っていると、七希くんの代わりに新くんが説明してくれた。
「それで七希が、誰かと付き合ってることにしたら女の子達も諦めるだろうから付き合ってよって言ってきて、付き合うことになったんですけど……」
「えっ。付き合うって、どことどこが?」
「俺と七希です。といっても、偽装カップルなんですけどね。けど、それはそれで今度は、どっちが攻めなのか〜だの、男同士ってどうヤるの〜だの、めんどくさい絡まれ方するようになってしまって。まぁ、想像はしていたんですけど」
「あー……居るよねそういう無神経な奴。私もよく聞かれたよ。『女同士ってどうヤるの』って。最近は、同性愛なんて別に普通だよねって空気になってきてるからあまり無いけど」
「そうですね。だけど、アセクシャルやアロマンティックに関してはまだまだ理解されてないんですよ」
「そうねぇ……」
セクシャルマイノリティと一括りにされているが、私は恋愛感情や他人に対する性的な欲求を理解できるという点ではマジョリティ側に居る。人は誰しも恋をする。そして恋人同士になればキスやその先のこともする。それが当たり前ではないことを私は知っているが、この学校に来なければ——新くんや七希くん、静さん、姐さんに出会わなければ知り得なかっただろう。性愛感情を伴わない恋愛も、恋愛感情の伴わない恋愛も。きっと、世の中にはまだまだ私の想像もつかないようなセクシャリティを持つ人が多く存在するのだろう。
と、七希くん達の愚痴を聞きながら課題を進めていると、部室のドアを開けた一年生が「ここって音楽部で合ってますか?」と不安そうに尋ねてきた。誰も楽器を弄らずに課題をやっている光景を見たら、ここは何部なんだと首を傾げるのも分かる。
「あぁ、ごめんね。合ってるよ。今日は自主練だからこんな感じなだけ。普段は真面目に楽器弄ってるよ」
やって来た一年生は計十人。こんな時に限って多い。部長も副部長も居ないのに。
「とりあえず、一人ずつやりたい楽器聞いて、別れて体験会しようかな。ちょうど各パート一人ずついるし」
「キーボードがいないけど」
「あ、ほんとだ。ドラムが二人だった。じゃあ、私がベースとキーボード受け持つよ」
「じゃあ、ぼくはボーカルとギター受け持とうかな。ポチくんだけだと心配だし」
「一年もやってるんですから、大丈夫ですよ」
そんなわけで、各パートの説明をしてから、希望パートに別れる。相変わらずギターが人気だ。半分以上がギターとボーカルに持っていかれて、ドラムが三人、キーボード志望はおらず、ベースに一人。ドラム志望の三人のうち女の子一人はめちゃくちゃ七希くんの方に熱い視線を送っているが、七希くんは気づいているのかいないのか、いつも通りだ。
「とりあえず自己紹介するね。私は松原咲。あまなつというバンドのベース兼作曲担当です」
「す、
人見知りなのか、目を泳がせながらぼそぼそと喋る杉山さん。なんだか出会った頃の未来さんみたいだ。
「あ、あの……私、去年の文化祭で先輩方の演奏を聴いて……」
「お。もしかしてそれでうちに来てくれたの?」
「は、はい。ベース、カッコいいなって思って」
「うんうん。カッコいいよね。ベース。鳴らしてみる?」
「は、はい」
ベースを渡し、弾き方を教える。音が鳴ると、杉山さんはキラキラと目を輝かせながらこちらを見た。可愛い。やっぱりこの子、なんだか少し未来さんに雰囲気が似ている。
未来さんとは四月に入ってから会っていない。といっても、まだ四月は始まって二週間も経っていないくらいだけど。
「先輩?」
「あぁ、ご、ごめん。杉山さん、ちょっと私の恋人に雰囲気似てるなぁと思って」
「おいまっつん。一年生口説くなよ」
雫からツッコミが入る。
「口説いてない口説いてない」
「まっつんは天然の人たらしだからなぁ……」
こなっちゃんの呟きに新くんがうんうんと頷く。
「いや、新くん。君は人のこと言えないでしょ」
「俺は人たらしじゃないですよ」
「「「いやいやいや」」」
違うよね? 新くんに同意を求められ、七希くんは少し間を置いてから「うみちゃんと比べたら全然」と、ぼそっと返す。
「比較対象が比較にならない」
「あれはもはや確信犯だからなぁ……」
うみちゃん? と首を傾げる一年生達に、こなっちゃんが「演劇部の副部長のこと。あの人には気をつけるんだよ」と注意喚起をした。さて、この中の何人が信者にならずにいられるのやら。
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