102話:走り出せ青春

 一年生との対面式を終えて、午後からは部活紹介。


「皆さんこんにちは。演劇部です。部長の星野望です。そしてこちらが」


「裁縫部部長の森雨音でーす」


 案の定、森くんの声の低さに体育館がざわつく。


「あ、こう見えて男です。スカートは好きで穿いてます。新入生の皆さんもご存じだとは思いますが、男子生徒がスカートを、女子生徒がズボンを着用することは校則で認められてます。最初はちょっと着づらいなと思うかもしれないけど、先輩達こんなんなんで、安心して好きな制服着てください」


 それを言うのは教師の仕事だとは思うが、森くんが言った方が説得力があるかもしれない。森くん、ナイス。


「制服の話は置いておいて……本題に入りますね。まず、なんで演劇部と裁縫部が一緒にいるかというと、基本的に裁縫部の仕事が演劇部が使う衣装作りだからです。それだけではないんですが、文化祭や演劇部の大会が近づくとほぼそんな感じです。参考までに、去年の衣装を着てもらってます」


 衣装を着た演劇部員がずらずらと舞台下手から出てくる。去年やっていたロミジュリの衣装だ。相変わらず姐さんは黙って立っていると番長と呼ばれて恐れられている人とは思えない。

 ロミオ役は星野くんだったが、ロミオの衣装は代わりにマネキンが着ている。


「シェイクスピア原作の、ロミオとジュリエットの衣装です。マネキンが着ているのがロミオ、その隣がジュリエット、ティボルト、ロレンス、マキューシオ……そしてその他のキャラクター達です。ちなみに、ティボルトの衣装を着ているは演劇部の副部長です」


『彼女って言った?』『えっ、女子?』と一年生がざわつく中、星野くんが鈴木くんにマイクを渡す。


「演劇部副部長の鈴木海菜です。みんなからは王子なんて呼ばれたりしてますが、一応女子です。うちの演劇部は女子生徒が多いので、女子が男性役を演じることも多々あります。私なんかはほとんど男性役をやってます。それから、演劇部というと舞台に立って演技をするというイメージがあると思いますが、四十人近くいる部員のうち、舞台に立つのは十人もいないくらいです。では、他の部位は何をするのかというと、小道具や大道具を作ったり、舞台の照明を弄ったりしてます」


 鈴木くんが右手を挙げると、舞台の照明が消えて彼女にスポットライトが当たる。彼女が歩くとそれに合わせてスポットも動き、再び右手を挙げると、スポットライトが消えて舞台の照明がついた。


「と、まぁこんな感じで。今のも演劇部員の仕事です。他には、今私が腰に携えているこの剣。これもうちの部員が作りました」


 そう言うと鈴木くんは姐さんにマイクを託し、剣を抜く。それに合わせて、スー、シャキンと金属音が響いた。


「今の効果音も部員が裏で出してます」


 姐さんが鈴木くんの代わりにMCを引き継ぐ。


「今からこれを演技に合わせてみるので、見ていてください」


 鈴木くんが部員からもう一本剣を受け取り、星野くんの方に投げる。カシャンと剣が床に叩きつけられる音が響く。


「剣を取れ。ロミオ。俺と戦え」


 ティボルトの声だ。星野くんも息を吐き、剣を拾い上げて構えるとティボルトに斬り掛かる。

 剣が交わるたび、キンキンキンキン、と、金属がぶつかり合う音が体育館中に響く。


「っ……!」


 ロミオがティボルトの剣を弾き飛ばし、ティボルトの腹を蹴る。ティボルトはその場に倒れる。倒れたティボルトの背中に足を乗せ、ロミオは躊躇いなく剣を突き刺す。ザシュッと痛々しい効果音が響き、ティボルトは息絶える。思わず目を閉じる生徒もいた。


「と、まぁ、こんな感じです」


 星野くんが鈴木くんの上に足を載せたままマイクを取る。拍手が巻き起こる中、死んでいた鈴木くんが「いつまで足乗っけてんの」と言わんばかりに星野くんの足を叩く。星野くんはハッとして、足を退けて鈴木くんに頭を下げた。


「今の見て興味を持った方は是非演劇部の部室へ来てください。演技初心者でも大丈夫です。今の三年生は僕と、副部長と、ジュリエット以外はみんなゼロからのスタートでした。多少の才能もありますが、まじめに練習すれば上手くなりますので」


「優しい先輩達が優しく指導するから安心してくださいねー」


 そう言って優しい笑みを浮かべて手を振る鈴木くん。部員達が「どこが優しいんだよ」という顔で鈴木くんを見る。鈴木くんは人畜無害そうな顔をしているが割とドSなところがある。星野くんは多分、普通に厳しい。なんだかんだで姐さんが一番優しいかもしれない。


「というわけで、このまま裁縫部に引き継ぎます」


「はい。つってもまぁ、言うことはほとんどないんすけど……」


 といいつつ、森くんは椅子の上にぬいぐるみを置いてプロジェクターで画面にぬいぐるみを映す。体育館がざわつく。映っているのは、一昨年部長だった佐久間先輩作のトイプードルのぬいぐるみだ。トイプードルと言い張っているが、とてもそうは見えない。片目無いし。何度見ても破壊力が凄い。


「これ、一昨年の部長が入部して間もない頃に作ったトイプードルです。あ、ちゃんと弄る許可はもらってます。んで、これが、入部して一年くらいでこうなります」


 続いて映ったのは、トイプードルのぬいぐるみ。これは一目見てトイプードルだと分かる。


「とまぁ、裁縫が苦手な人でも練習すれば上手くなりますので。好きだけど下手だからとか、遠慮しなくて大丈夫です。衣装作るって聞くと難しそうだなとか思うかもしれないけど、気軽に来てくれて大丈夫です。部室棟二階の、演劇部の隣の部室で待ってまーす」


 演劇部と裁縫部の部紹介が終わる。次は私達だ。といっても、今年は私は舞台には立たない。


「こんにちはー。音楽部です。音楽部と言っても、やってることは軽音部みたいな感じです。バンド組んで、文化祭で演奏したり、校外でライブしたりしてます。今は三年生が二グループ、二年生が一グループの三グループに別れていて、それぞれやってます。私はあまなつというグループのリーダー兼ボーカル兼部長の日向夏美です」


「副部長兼デルタのリーダー、一ノ瀬炎華です。ベースボーカルです」


「カルテットのリーダー、安藤七美です。ボーカルやってます」


「今日はこの三人と、あまなつのキーボード担当、デルタのギター担当、そしてカルテットのドラム担当の三人の計六人で組んだ特別ユニットでお送りします。ちなみに、今からやるのはオリジナル曲なんですが、私達の一つ上の去年の部長が作った曲を、うちの作曲担当がアレンジしました。それでは聞いてください『走り出せ青春』」


『走り出せ青春』はクロッカスの作曲担当の空美さんが作った、私達が入学した年の部紹介で演奏していた曲だ。清涼飲料水のCMソングをイメージさせる爽やかな曲。原曲ではヴァイオリンで奏でられていたメロディラインをキーボードに変えて、キーの高さもなっちゃん達に合わせて少し低くした。下のハモりが炎華、上のハモりが七美ちゃん。

 歌声に厚みが出た分、迫力が増すかと思ったが、席から聞いた感じ、迫力は一昨年とさほど変わらない。改めてきららさんの歌声の力強さを思い知る。


『ドラムソロやば……カッコいい……』


 どこからかそんな声が聞こえてきた。ドラム担当の七希くんは空美さんの弟だが、ドラムの師匠でもある。ドラマ歴は七希くんの方が圧倒的に長い。幼い頃からやっているらしい。それだけあって、やはり、技術はうちの部活のドラマーの中では飛び抜けていると思う。

 しかし、やはりこの曲はクロッカスの曲だ。本家には勝てない。新しく書き下ろすべきだったかもしれない。


「そうかなぁ。私は好きだよ。まっつんのアレンジバージョン」


 姫花が言う。無意識に口に出していたのだろうか。恥ずかしい。


「原曲の雰囲気を残しつつ、上手くあの三人の歌声の特徴を生かしてるというか。まぁ、素人の感想だけどね。先輩達もまっつんを信頼してるから編曲の許可を出したんじゃない?」


「……そうかなぁ」


「そうだよ。けどさぁ、良いよね。先輩達が新入生の歓迎のために作った曲を当時の新入生達が歌い継ぐって。エモくない? てか、この曲自体がエモだよね。来年再来年も歌い継いでほしい」


「来年から私達居ないけどね」


 口に出して、ハッとする。あぁ、そうか。私達はもう三年生なんだ。来年はもう居ない。居ないけど……姫花の言うとおり、この曲は音楽部の部紹介の定番の曲として歌い継がれていってほしい。それくらい、好きな曲だ。そして私もそれくらい愛される曲を作れる作曲家になりたい。


「なれるよ。まっつんなら。既にファンいるし。ここに」


 そう言って姫花は自分を指差した。


「ありがとう。姫花」


「おう。頑張れよー」

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