17話:恋と性別が結びつく人、結びつかない人
翌日の夕方。駅前の公園のベンチで項垂れている女性を見つけた。なんだか暗い雰囲気だ。声をかけようか悩んでいると、ふと彼女が顔を上げた。女性は私の友人の由舞ちゃんだ。私に気づくと、今にも泣き出しそうな顔で力無く笑った。近づき、隣に座る。
「…大丈夫?」
「…大丈夫…じゃないかな。…せっかく来てくれたんだし、ちょっと話聞いてくれないか」
「…うん。そのつもりで来た」
「ありがとう」
こんなに元気の無い彼女を見たのはいつぶりだろう。記憶を遡る。中学の最後の大会の日以来な気がする。高校生になってからはこんな悲しそうな顔は見ていない気がする。
「…バイト先の一つ上の男性に告白されたんだ」
「…そうか」
「…うん。…私もその人のこと気になってて、好きだと言ってもらえて嬉しかった。…けど…怖くなってしまったんだ」
「怖い?」
問うと彼女は、ふー…と震える息を吐き出し、そのまま震える声で続ける。
「…前に話したけど、私の恋愛に性別は関係ないんだ。男とか、女とか、トランスジェンダーとか、そういうのはどうでもいいというか…あまり気にならないんだ。身体の性も心の性も私にとっては重要な要素じゃなくて、その人の人柄に惹かれる
「…パンセクシャル?」
「うん。後輩の恋人…王子って呼ばれてる女の子が教えてくれた」
「あぁ…鈴木さん?」
「うん。そう。鈴木くん。日本語に直すと全性愛者…全ての性を愛する者って書くんだって。…それで…今回の彼も、男性だから選んだわけじゃないんだ。だけど…彼に告白された時、元カノの言葉が蘇ってしまってね」
『異性を好きになれるなら異性と付き合った方が良い』と元カノに言われたと彼女は以前語っていた。
「…私はまだ、彼女を忘れられないんだ。彼女との思い出の品も捨てて、写真も消した。痕跡は何一つ残さず消した。…なのに…私の心に住み着いて離れてくれないんだ。私には、私が異性を好きになることは…彼女に対する裏切りなような気がして…」
「そんなこと無いよ。異性を好きになることも、同性を好きになることも、同じだよ」
「…違うよ」
「違うくない」
「違うんだよ…何もかも…。権利が無い、自然に子供が出来ない、差別される…何もかも、違うんだよ」
「…確かにそうかもしれない。だけど、子供が出来ないこと以外の差は、人間の手で変えられる。ううん。変えていくべきだと思う。同性カップルのためだけじゃなくて、君みたいにどんな性別の人でも好きになりうる人のためにも」
「…未来ちゃん…」
「差別があることは由舞ちゃんのせいじゃないよ。由舞ちゃんが自分を責める必要なんて何もないよ。君の心に住み着いてしまった元カノさんは、私が追い出すから」
「…どうやって?」
「…えっと…こらー!由舞ちゃんから出ていけー!って」
「…ふ…ふふ…何それ…君ほんと可愛いな…」
いつもの笑顔でくすくすと笑いながら、彼女はコツンと私に頭を預けてきた。
「…松原さんに怒られるかなぁ…」
「…大丈夫だよ。由舞ちゃんは私のこと好きにならないでしょ?」
「どうだろう。…こんなに優しくされたら好きになっちゃうかもよ。私の恋に性別は関係無いから」
「じゃあ、先に言っておくね。私は咲ちゃんが好き。だから、ごめんなさい」
「ははっ。フラれちゃったかぁー…残念」
「…告白してくれた男の人のこと、好きなんでしょう?」
「…うん。…好きだよ。告白されて嬉しかった」
「…じゃあ、伝えよう。私も好きですって。元カノさんとは別れたんだから、今更誰を好きになったって裏切りにはならないよ」
「…でも」
「由舞ちゃんが好きになる相手は、由舞ちゃんが決めて良いんだよ。大丈夫だよ。別れたんでしょう?」
「…うん」
「だったらもう、君が誰を好きになったって、彼女に君を責める権利はないよ」
「…うん。…ありがとう。…もう少しだけ、側に居てくれる?今から彼に電話する」
「うん。早い方が良いよ。こういう時後回しにすると出来なくなっちゃうから」
由舞ちゃんはふーと息を吐き、ポケットからスマホを取り出し、少し弄ってから耳に当てた。ベンチに置かれた震える彼女の左手をそっと握る。彼女は私を見て「ありがとね」と口をぱくぱくさせて笑った。いつもの笑顔だ。
「…もしもし、私です。…うん。佐久間です。…さっきは逃げちゃってごめんなさい。告白の件なんだけど…改めてちゃんと返事をさせてくれないか。逃げてしまった理由もちゃんと話したい。…うん。ありがとう。…うん。また明日ね」
電話を終えると、彼女ははぁーと深いため息をついた。
「…ありがとう」
「…どういたしまして」
「…抱きついていい?」
「うん。おいで」
彼女を抱き寄せて慰める。咲ちゃんを抱きしめている時のようにドキドキはしない。だけど、咲ちゃんが見たら怒るだろうか。誤解するだろうか。
「…由舞ちゃん、もういい?」
「…ん。ありがとう。…あ」
「ん?」
何かを見つけたように声を上げた由舞ちゃんの視線を追う。電柱の影から誰かがこちらを覗いていた。咲ちゃんだ。
「見られちゃったねぇ」
ニヤニヤしながら由舞ちゃんは私を抱き寄せた。咲ちゃんがものすごい勢いで走って来て私から彼女を引き剥がして私を守るように抱き締める。
「私の!彼女!です!気軽に抱かないでください!」
「ははは。すまん。じゃ、未来ちゃん。私は帰るねー」
「う、うん。またね」
「またね。ありがとう」
ベンチから立ち上がり、振り向かずに手を振りながら遠ざかっていく由舞ちゃんを見つめていると、不意に彼女の腕が私の頭に伸び、顔の向きを変えられた。不機嫌そうな彼女の顔が近づき、唇が重なった。
離れると、不機嫌そうだった顔は緩んでいた。
「…キ、キスする時は…言ってほしい…」
「…うん。ごめん」
「…私こそ、ごめん」
「…別に、怒ってませんよ。未来さんは浮気する人じゃないし、佐久間先輩も人の恋人に手出すような人じゃないこと知ってるから。あんなの、ただのスキンシップだってことくらい、頭では分かってます」
彼女はそう言って私の肩に頭を埋めると「佐久間先輩と何話してたの」と拗ねるような声で私に問う。
「…由舞ちゃんの恋の話」
「恋愛相談?」
「…うん。…これ以上は、私の口からは言えない」
別に、言うなとは言われていない。だけど、勝手に話していい内容ではないと思う。
「…分かった。佐久間先輩に聞きます」
「うん。そうして。…ねぇ」
「ん?」
「…私は、君が好きだよ」
そう伝えると彼女は「分かっていますよ」と柔らかく笑って「心配しなくたって、私も未来さんが好きですよ」と続けた。
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