111話:期待に応えるため
ジリジリ、シャワシャワ、と、セミ達の鳴き声が聞こえてくる時期がやってきた。制服も夏服に変わり、夏の訪れを感じるとともに、一学期の終わりが近づいていることを実感する。
今日はオープンキャンパスの日だ。なっちゃんと一緒にやって来たのは音楽の専門学校。私となっちゃんは音楽の道に進むと決めた。
同じく音楽の道に進むと決めたクロッカスの先輩達は、専門学校ではなく、四年生の大学に進学している。実さんと空美さんが花園音楽大学、柚樹さんが蒼葉大学、きららさんと静さんが彩華大学。
音大と専門学校とで悩んだが、知識よりスキル重視で専門学校に決めた。業界との繋がりが出来るというのも強みだ。
「……この間さ、ゴールデンウィークにさ、クロッカスのライブあったじゃん?」
「うん」
「……あたし、あれ見て、先輩達が羨ましいなって、ちょっと思った。みんなと一緒に同じ道を進めるって良いなって。……まっつんは?」
「……正直な話、して良いかな」
「うん」
「私は……あまなつではプロデビューはできないと思ってる」
「それは……技術的な意味で?」
「それもある。けど……それ以前に、みんながプロになることを望んで無いから。みんなそれぞれ夢があって、私と君以外は、音楽は趣味で良いと思ってる」
『音を楽しむと書いて音楽』先輩の代から引き継がれた、私たち音楽部の合言葉。
「きっと、仕事にしたら、心から音楽を楽しめなくなるんじゃないかな。特にこなっちゃん。……評価を気にせずに楽しむことを優先して高みを目指さない。それもまた、一つの選択だと、私は思うよ」
「……うん。分かってる。みんなで決めたもんね。文化祭が最後だって」
なっちゃんはそう言いつつも、不満そうだ。気持ちは分かる。私も叶うなら、あのままみんなとバンドを続けたい。だけどきっと、解散という切ない経験も、私の作詞家人生に活きる日が来る。そんな気がする。
そんな私の想いを吐露すると、彼女は「なるほどね」と、少し納得したように頷いた。だけど表情は相変わらず暗い。
「……一人じゃ歌えない?」
「……ううん。一人でも歌う。あたしは歌いたい。例えみんながついて来てくれなくても」
「じゃあ、頑張ろう。私もなっちゃんの進む道にはついて行かないけど、すぐ隣の道を歩く。だからどこかできっと交わる日が来るよ」
「つまり?」
「いつか、あまなつじゃない日向夏美個人に曲を提供する日が来るかもねってこと。そうなった時には、元バンドメンバーとしての経験を活かして、日向夏美にしか歌えない最高の曲を作るから。楽しみにしててよ」
「今でも最高だよ。まっつんの曲は」
「ありがとう」
「なんならあたしの曲、全部まっつんに作ってもらいたいくらい」
「それはちょっと勘弁してほしい」
そう返すと、彼女は「冗談だよ」とようやく笑顔を見せた。
「バレンタインデーにファンレター貰っちゃったんだ。『貴女の作る音楽が好きです』って。他にも、私の音楽を好きだと言ってくれる人達がたくさん居る。私はその期待に応えるって決めたんだ」
「あたしもその一人だよ」
「ありがとう。私も好きだよ。なっちゃんの歌声」
「おう。ありがとう。……頑張ろうな」
「まずは試験に受かるところからだけどね」
入試は七月に入ったらすぐだ。面接だけとはいえ、準備はしなくては。
「受かるっしょ。さっさと受かって二学期以降遊びまくろうぜ」
「受験で忙しくて誰も遊べなさそうだけど」
「ユリエルとか、就職組なら文化祭前には終わるっしょ」
「受かればね……」
「受かる受かる。ユリエル落とす会社とか見る目無さすぎ」
「まぁ、仕事出来そうだよね……経理科トップだし」
あと半年もしないうちに、文化祭がやってくる。そこで行われるライブを最後に、私達あまなつは解散する。それはもう決定事項だ。みんなで話し合って決めた。二年弱という短く、濃い時間だった。
私達は卒業したら、それぞれ別の道を歩む。なっちゃん以外の三人とはもう、道は交わらないかもしれない。
それでも私はもう、歩みを止める気はない。私を応援してくれる人達がたくさん居るから。彼女達の期待に応えたいから。
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