77話:由舞ちゃんの恋人
十一月が近づき、残暑もなくなり冷たい風が吹き始めたある日のこと、由舞ちゃんの恋人のから急に「助けて」と一言メッセージが送られてきた。
慌てて電話をかけると、彼女は泣きながら、由舞ちゃんが元カノさんと話をつけてくると言ってから連絡が無いと打ち明けてくれた。
以前由舞ちゃんは、恋人と元カノが同じ大学だと言っていた。その時はまだお互いのことは知らないと言っていたが、認知してからは、元カノは由舞ちゃん今の恋人に嫌がらせをするようになったらしい。
とりあえず家を出て、由舞ちゃんの家へ向かう。出迎えてくれたのは由舞ちゃんの恋人の
「未来ちゃん……」
「大丈夫?」
「うん……来てくれてありがとう」
「私から由舞ちゃんに連絡してみるね」
「ありがとう」
私のスマホから由舞ちゃんに電話をかける。すると彼女は「もしもし?」と少し掠れた声で応答した。
「由舞!」
「うわっ、ほまちゃん!? なんで!?」
「なんでじゃないよ! なんで電話出てくれないの!」
「今電話しようと思ったんだよ。ごめん。話つけてきたからもう大丈夫。もう嫌がらせしないって約束してくれた。謝りたいって言うんだけどさ、連れて帰っても良いかな」
「……うん。じゃあ、クッキー焼いて待ってるね」
「はは。ありがとう」
電話が切れる。ちょっと涙声だったが、大丈夫だろうか。
「良かった。私は帰るね」
「あ……待って。せっかくだから、クッキー食べていってよ。……二人きりだと喧嘩しちゃいそうだし」
「分かった。じゃあもうちょっとだけ居るね。クッキー作り、手伝うよ」
「ありがとう」
「未来ちゃん、お酒平気? 香り付けに使おうと思うんだけど」
「うん。大丈夫」
隣に並び、クッキー作りを手伝っていると彼女は「女友達と一緒にお菓子作るの初めて」と少し嬉しそうに呟いた。
「僕ね、ずっと男に生まれたんだから男として生きなきゃって、男らしく振る舞うように心がけてたんだ。今でもそう。君や由舞の前では僕でいられるけど、大学では俺って言ってる」
「そうなんだ。ちょっと想像つかないなぁ」
「ずっと、女の子の友達と女子会するのが夢だったんだ」
「ふふ。じゃあ、今度する?女子会」
「……僕が居たら浮かない?僕、心は女だけど、身体はどう見ても男だし……」
確かに誉ちゃんは男性だ。男性だけれど、すらっとしていて、中性寄りではある。服装次第では中性的な女の子でも通じるかもしれない。
「……普段はお化粧しないの?」
「してみたいけど……化粧すると女装してるって感じがして……ちょっと気持ち的に嫌なんだ」
「なるほど……そっか」
「あと僕、可愛くなりたいわけじゃないんだ。女の子として生きたいけど、未来ちゃんみたいな可愛い感じじゃなくて、カッコいい女の子になりたい。白百合歌劇団の男役の人みたいな。男として生まれたのに男装が似合う女性になりたいって、ちょっと変な話だけどね」
そう言って彼女は苦笑いするが私が「変じゃないよ」というと、泣きそうな顔でお礼を言った。
「そう言ってくれる人、なかなか居ないんだ。僕は元々中性的だから……母さんには『わざわざ手術を受けて女になる必要あるの?』って、言われたりして……確かに性別適合手術を受けても、見た目や服装は今とほとんど変わらないだろうけど……こいつが僕の身体についてるのはどうしても違和感があって」
そう言って彼女は自身の股間に目を落とす。思わず釣られて見て、想像してしまい、視線を逸らす。
「あ、ご、ごめんね! 下品な話しちゃって! セクハラだよね!? 今の!」
「う、ううん……大丈夫デス」
「ごめんねほんと……けど、今話して思ったんだけど、もしかしたら僕は正確にはトランスジェンダーじゃなくて、Xジェンダーなのかも。女性になりたいというよりは、中性になりたいと言った方が正しいような気がしてきた」
「誉ちゃんって言われるのは嫌?」
「ううん。それは別に。けど、誉くんでも別に気にならないよ。呼びやすい方でいいよ」
「じゃあ、誉ちゃんで」
「うん」
そういえば、鈴木さんも正確にはXジェンダーだと言っていた。だから正確にはレズビアンではなく女性愛者なのだとか。しかし、そこまで言い出すとめんどくさいから便宜上、レズビアンを自称しているらしい。性自認は女性ではないが、周りから女性だと認識されることに関しては別に何も思わないらしい。
女性だからと気を使われたり、優しくされたりするのは嫌だと言っていたが、それは私も同じだ。しかし私は性自認が女性ではないと感じたことはない。身体だに違和感を覚えたこともないし、この胸も、人より大きいのはちょっとコンプレックスだったけれど、手術してまで小さくしたいかと問われればノーだ。小さくなったら咲ちゃんが悲しみそうだし。
「……未来ちゃんは、女の子と付き合ってるんだっけ?」
「うん。そう。二つ下の彼女がいるよ。けど私、レズビアンではないんだ。由舞ちゃんと一緒」
「そっか。……人間って、人それぞれだね。LGBTQみたいに、人の属性をカテゴライズするのも本当は間違いなのかも」
「そうだね……けど、カテゴライズされていることで安心する人も居るんじゃないかな。私の彼女はレズビアンって言葉を知って、自分は人間だって証明されてほっとしたって言ってたよ」
「そっか……そういう考えもあるのか。僕は正直、ちょっと窮屈だなって思ってた。僕は、世間の想像するトランス女性像と違うんだろうね。カミングアウトすると『そうは見えない』とか『本当に?』とか、必ず疑われるんだ。けど、由舞は違った。彼女の第一声は『そうなんだ』だったんだ。疑わないの?って聞いたら『君が何者かなんて私が決めることじゃないから。君がそういうならそうなんだろう?』って。だから僕は、誰になんと言われても、彼女がいるから頑張れるんだ」
「ふふ。分かる。私も恋人のおかげで毎日頑張れるから」
と、二人で惚気あいながらクッキー生地を捏ねて、整形して、ちょうど焼けたところで、玄関の方からドアが開く音がした。クッキーが焼けたら持って退散しようと思ったのに。間に合わなかったようだ。
「ただいまー」
「お帰り。ちょうど今クッキー焼けたとこ——うわっ!?」
誉ちゃんが帰って来た由舞ちゃんを見て驚く。由舞ちゃんも、彼女に連れられてやってきた背の高い女性も顔中傷だらけだ。
「拳で語り合ってきた」
「しょ、少年漫画じゃないんだから……もー……」
「いやぁ……ムカつきすぎてつい手がでちゃって。そしたら応戦してきて、止まらなくなって……」
へらへらと笑う由舞ちゃん。彼女がそこまで怒るってよっぽどだなぁと思いながらクッキーを摘もうとすると、由舞ちゃんの元カノさんと目が合ってしまった。なんとなく気まずくなり、手を引っ込める。
「あ、ごめんね未来ちゃん。今袋に入れるね」
そう言って誉ちゃんは、二人分のクッキーをラッピングしてくれた。
「恋人さんの分」
「ありがとう」
クッキーを持ってそそくさと退散する。温厚な由舞ちゃんが殴り合いの喧嘩をして帰ってきたことには少し驚いたが、あの様子ならきっと、大丈夫だろう。
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