76話:共感は出来なくても
文化祭が終わり、数日経ったある日の放課後のこと。部活に向かっていると、部活棟の影に隠れて何かを覗き見している実さんを見つけた。一緒になって覗く。どうやら姐さんが告白されているらしい。私が知る限り、今週で五回目だ。それも口を揃えて「ジュリエットに惚れた」と言っていたらしい。素の彼女を知る二年生は「可哀想」と哀れんでいた。実さんも今まさに彼女が告白されている現場を見ながら「あの子の本性知らないくせに」と苛ついた様子で呟く。
「『私の方が彼女のこと理解してる』って?」
「うるさいわね」
「ふふ」
「だから先輩、俺のジュリエットになってください!」
などというキザな告白が辺りに響いた瞬間、実さんが物陰から飛び出した。
「ちょっと! 何が俺のジュリエットよ!」
「あらロミオ。ちょうどい良いところに」
「はぁ!? 誰がロミ——!」
姐さんは実さんを見つけると駆け寄り、ぐいっと頭を引き寄せて唇を奪った。
「「はぁ!?」」
思わず告白していた男子生徒と一緒に声を上げてしまう。実さんを離した姐さんは平然とした様子で男子生徒に告げる。
「見ての通り、私、この人と付き合ってるから。残念ながらお前のジュリエットにはなれん」
すると男子生徒は「すみませんでした! お幸せに!」と真っ赤な顔で叫んで逃げ去って行った。
「普通に最初からそれ言いなさいよ! わざわざキスする必要あった!?」
「いや、ちょうど来たから。見せつけた方が諦めがつくかと思って」
「ちょうど来たからじゃないわよ馬鹿! 大体ね! いつもいつもいちいち呼び出しに律儀に応えてんじゃないわよ! 無視しなさいよこんなの!」
「無視したら私に幻想抱いたまんまじゃん。ちゃんと夢ぶち壊してやんないと可哀想じゃん」
「とか言って本当は夢が壊れる瞬間を楽しんでるだけでしょう」
「あはっ。バレた?」
「最低! 本当最低! このクズ! クズ女! バーカバーカ!」
と、小学生レベルの罵倒を投げかける実さんに、姐さんは「あんた、ほんとうるせぇなぁ」と呆れるように言って、もう一度実さんの唇を奪った。ふと、姐さんと目が合い、慌てて物陰に引っ込む。
「んっ、んっぅ……みち……ちょ……ちょっとまっ……っ……や……っ……」
なんだか卑猥な声が聞こえてくる。立ち去らなきゃいけないのだけど、足が動かない。
しばらくすると、声が止まり、足音が近づいてきた。そして姐さんが「いつまで立ち聞きしてんだバーカ」と、軽くジャンプをして私の頭を叩く。
「さ、さーせん……けど、学校で急にキスし始めるする方もどうかと思います……」
「実さんが煽るから悪い」
「煽ってないわよ馬鹿……ほんとクソだわ……」
「はいはい。どうせクソ女ですよ。クソだけど、私、約束はちゃんと守るタイプですから。あんたが手放さない限りは、私はあんたの側にいる。その約束は一生忘れたりしません。だから、告白されているところ見ていちいち妬かないでくださいよ。何度言えば分かるんすか」
「……頭ではわかってても嫉妬はするの。そういうものなのよ。恋って。そっちこそ何度言えば分かるのよ」
「厄介な感情に振り回されて可哀想っすねぇ」
「うるさい。バーカ。貴女より好きになれる人見つけたら絶対そっち行ってやる。貴女なんて捨ててやる。その時に泣きながら行かないでって縋りついてきてももう知らないんだからね!」
「あんたみたいなめんどくせぇ女、愛してくれんの私くらいっすよ」
台詞がDVする人のそれだが、表情は優しい。
「う、うるさい! バーカバーカ!」
捨て台詞を吐いて走り去っていく実さん。その後ろ姿を見る姐さんの表情はやっぱり優しい。
「可愛いでしょ。私の彼女」
「分かるけど、ほどほどにしないと本当に愛想尽かされるよ?」
「分かってるけど……反応が楽しすぎてついいじめちゃうんだよなぁ」
「……まぁ、可愛いもんね」
「そう。あのツンデレっぷりが猫みたいでさぁ……」
「誰にも渡したくないとか思わないの?」
「側に居てくれるのは嬉しいけど、離れたいなら離れたって構わない。別々の道を歩むことになっても、あの人が選んだなら止めない。向こうはそれが気に入らないらしいけど。その気持ちを理解することは出来ても、共感は出来ない。多分、一生」
そう語る彼女は少し複雑そうだ。
「けど、姐さんがなんだかんだで実さんのこと好きなのは見ていて伝わるよ。実さんも分かってるよきっと」
「それは分かってる。伝わってなかったらとっくに捨てられてるよ。……けどさ、私スクールカウンセラーになりたいんだよね。中高生の悩みって恋愛絡みが多そうじゃん?」
「そればかりではないと思いますけど、まぁ、そうっすね」
「恋心が分からん人間が、相談に乗ってやれるのかな」
「……大丈夫だと思いますよ。姐さん自分で言ったじゃん。理解は出来るって」
「けど、共感は出来ねぇんだよ」
「私は恋する気持ちに共感出来ますけど、それでも、全ての人の恋に共感することは出来ませんよ。恋の形なんて人それぞれですから。共感とか理解も大事かもしれないけど、何より大事なのは、相談者の話をちゃんと聞いて、気持ちを尊重してやることなんじゃない? 姐さん、向いてると思うよ。どんな悩みだろうが、めんどくさがりつつもちゃんと聞いてくれるし。それで救われた人、沢山いると思うよ」
私がそういうと、彼女は何故かぴょんっと飛び上がって私の頭を叩いた。
「痛っ! 何故!?」
「お前のそういうところ、うみちゃんに似てるよな」
「えっ。それ、褒めてる? 貶してる?」
「……ありがと」
「どういたしまして」
「……」
何故か再び蹴られる。
「痛っ! なんで!?」
「なんとなく。じゃあな」
そう言って姐さんは逃げるように去っていく。もしや今のは照れ隠しだったのだろうか。見た目だけとかいう人も多いけど、そんなことはない。可愛いと言って貰えなくて拗ねたり、姐さんはちゃんと、中身も可愛い。ちょっと乱暴なところがあるのは確かだけど。やっぱり私は彼女が好きだ。恋愛的な意味ではなく、人として。尊敬している。
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