107話:咲先輩と未来ちゃん

「と、言うわけで、今日一日は未来さんが後輩で私が先輩ということで」


 新学期が始まって約一ヵ月。ゴールデンウィークに入る直前、彼女からそんな提案をされた。後輩の女の子の雰囲気が私に似ているという話をし始めた時はちょっともやもやしてしまったが、結局考えているのは私のことだけということに気付いて恥ずかしくもあり、嬉しくもあり——だけど、正直ちょっとだけ、呆れもある。


「えっと……咲先輩って呼べば良いのかな」


 呆れつつも、ごっこ遊びに付き合う。すると彼女はパッと顔を輝かせ、アンコールを投げかける。もう一度、咲先輩と呼ぶ。すると彼女は「未来ちゃん」と返してきた。なんだか変な感じだ。むず痒い。だけど、嫌ではない。


「未来ちゃん、可愛いねぇー」


 そう言いながら、彼女はわしゃわしゃと私の頭を撫でる。私と彼女は二歳差。私が最高学年の時に、彼女は新入生。彼女に後輩ができる頃には私は卒業して、同じ学校には居ない。故に私は、彼女の先輩としての姿はほとんど見たことがない。


「……後輩とは普段からこんな感じで接してるんですか? 先輩」


 そう問うと、彼女はふっと笑い、私の唇にキスをした。


「こういうのは未来ちゃんにしかしないから安心して」


「ず、ずるい……どこで覚えてきたの……」


「あははっ」


 笑いながら私を抱き寄せ「大好きだよ。未来ちゃん」と囁く。なんだろう。いつもよりきゅんきゅんする。普段から大人びてる彼女だけど、いつも以上に大人の色気が漂っている気がする。後輩から見た咲ちゃんがこんな感じなら、きっとモテるだろう。

 そういえば、彼女は女たらし四天王予備軍だったなと、ふと思い出す。

 咲ちゃんの学年には女の子にモテる女の子が多く、女たらし四天王と呼ばれる四人が存在していた。まずは鈴木さん、そして月島さん。この二人がツートップらしい。残る二人は麗人さんの家で家政婦として働いている北条さん。薙刀部で、クールな美女という感じの子だ。そして四人目は、意外にも小桜さんだが、咲ちゃんを四人目とする説もあったり、四天王ならぬ五天王として咲ちゃんを含める説もあったり——まぁ、とにかく咲ちゃんが女の子からモテることは間違いない。それにしても、改めて考えると四天王は全員女子だ。青商は共学なのに。

 あの学校では同性同士の恋愛は当たり前だという空気が既に出来上がっているというのもあるかもしれない。それは良いことだと思う。だけど、その分、咲ちゃんに告白しようとする女の子が増えそうで嫌だ。そう思ってしまう私は最低だろうかと、咲ちゃんに正直に話す。すると彼女はこう返した。


「……そうだね。ちょっと最低な考えかもしれないね。けど、私も未来さんが告白されるの嫌なので、気持ちは分かりますよ。……正直、異性愛者も差別される苦しみを味わえば良いのにって、思ったことあります。異性を好きになる自分はおかしいのかなって、一度くらい悩んでほしいって思ったことあります。私は、大嫌いでした。異性愛者が。異性を好きになる人が。未来さんが女性しか好きになれないわけじゃないことも、嫌でした。それと……最低な考えだなって思うより、嫉妬してくれてることが嬉しい気持ちが勝ってます」


「……妬くよ。先輩してる咲ちゃん、なんか……」


「なんか?」


「なんか……いつもより大人びてて、ドキドキする」


「後輩の咲ちゃんと咲先輩どっちが好き?」


「……咲ちゃんは?」


「私は——選べないので同級生の未来さんと合わせて三人いてほしいです。あと、幼い未来さんとか、社会人の未来さんも居てくれると助かりますね」


「……幼い私にもえっちなことするの?」


「し、しませんよ流石に! なんてこと聞くんですか!」


「冗談」


「もー……冗談がすぎる……」


「ふふ。ごめんね」


「いいですよ。で? 未来さんは先輩の私と後輩の私、どっちが好きなの?」


「うっ……」


 選べないから質問で返して答えを誤魔化したのに返ってきてしまった。だけど、彼女が選べないと答えてくれたおかげで、私も素直に答えれられる。


「私も選べない。どっちも良いなって思う。けど……」


「けど?」


「……強いて言うなら、咲先輩は、大人すぎて、ドキドキしすぎちゃうので、今の方がちょうど良い、です」


「……未来ちゃん」


「は、はい。咲先輩」


「先輩後輩逆転したままの設定でえっちしたいです」


「……んみゃ!? な、なんでそうな——ひゃっ」


 抱き上げられ、ベッドに降ろされる。「未来ちゃん可愛い」と笑う顔は、完全にスイッチが入った顔だった。

「好きだよ」の一言を合図に、顔が近づき、唇が重なる。


「さ、咲ちゃん……」


「咲先輩。でしょ。未来ちゃん」


「さ、咲……先輩……」


「そう。今だけは、私の方が先輩だよ」


「未来ちゃん」「咲先輩」いつもと違う呼び方で触れ合う。それだけなのに、いつもよりドキドキしている。いつもより大人びてみえる。後輩からは、彼女はこんな風に見えているのだろうか。そう思うと、少し羨ましいと一瞬思ってしまったけれど、その羨ましい気持ちも彼女に愛されているうちにどこかへ行ってしまった。

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