120話:美麗さんのやりたいこと

 一度家に帰って浴衣に着替え、駅前で待っていた福田くんと合流する。美麗さんの家の人が迎えに来てくれるとのことで、そのままそこで待つことに。


「おー。みんな浴衣着てる」


「お嬢が着てこいって言うから」


「言ってくれたらおれも着てきたのに」


「良いよ福ちゃんは。写真撮るのに動きづらいっしょ」


「あー。まぁ、確かにそうか……」


 話していると、目の前に白いリムジンが停まった。スーツを着た男性が降りてきて「どうぞ」とドアを開けてくれた。通行人の視線を浴びながら乗り込む。

 家にリムジンがあるのは知っていたが、乗ったのは初めてだ。


「皆さま、つきましたよ」


 運転手にお礼を言って車を降り、広い庭を見渡すと、薄暗い中を照らす淡い光が見えた。その光に近づいていくと、庭石の上に座って談笑する浴衣姿の美麗さんと北条さんが。その近くには人数分のバケツとライター、火のついていないロウソクが既に用意されていた。

 光の正体はぶら下げられた提灯ちょうちんだった。なんだかお祭り会場みたいだ。


「お待ちしてましたわ。さぁ、どうぞ」


 美麗さんが私達四人に配り始めたのは高級そうな紙の袋。中を開けると、十本程度の線香花火が出てきた。


「お父様の知り合いの花火師の方から頂きましたの」


「百均で売ってる線香花火想像してたらガチのやつ来て草なんだけど。さすがお嬢」


 ちなみにロウソクは普通のロウソクとのこと。美麗さんの言う普通は私達の思う普通と違う可能性が高いが。

 ロウソクを用意したのは、直接火をつけるよりも長持ちするからだそう。

 私達もそれぞれ庭石に座り、ロウソクを介して線香花火に火をつける。パチパチ散る花火を見ながら「さすが高級花火」となっちゃんが呟くが、多分、違いなんて分かってないと思う。私も正直わからない。


「美麗さん、何で線香花火したかったの?」


「線香花火は、先ほどお話しした花火師の方から毎年いただくのです。いつもは舞華と一緒に楽しむのですけれど、皆さまにも共有したかったのです。……今年が、あまなつとして過ごす最後の夏ですから」


「そういうことなら、来年もやろうぜ。解散しても友達であることには変わりないんだからさ。毎年の恒例行事にしちゃおうよ。集まる理由になるし」


「ふふ……そうですね」


 私達は文化祭を最後に解散する。だけど、友達であることに変わりはない。当たり前のことだけど、改めてリーダーからそれを口にされると恥ずかしくもあり、嬉しくもある。


 パチパチという火花が散る音に紛れて、パシャパシャとシャッター音が静かに響く。私は今、どんな顔で写真に写っているのだろうか。気になり、ふと視線を向けると、カメラのレンズと目があった。そのままシャッターが切られる。


「うわっ、松原さん今めちゃくちゃいいタイミングでこっち見てくれたね。そのまま流れでニコッと笑ってー」


「えっ、えぇ。流れで笑って言われても」


「カメラの向こうに笹原先輩がいると思って」


「未来さん……」


福田くんのアドバイス通りに、カメラの向こうの未来さんを想像する。すると福田くんは無言で連射し始めた。


「ちょちょちょ、撮りすぎ撮りすぎ」


「いや、あまりにも良い表情だったからつい」


 撮れた写真を見せてもらうと、線香花火を持ち、カメラを見て微笑む私の姿がばっちり写っていた。未来さんを見ている私はこんな顔をしているのかと思うとなんだか恥ずかしくなる。


「雑誌の表紙やん」


「ね。良い写真だよね」


「未来さんに送ろうぜ」


「ちょっ、やめて! もー!」


「とかなんとか言ってー。本当は見せたいんじゃない? めちゃくちゃベストショットだよ。見せなきゃ。あたしだったら絶対見せるし。というわけで福ちゃん、後でデータくれ」


「俺から先輩に送っておくよ」


「お、ナイス」


「あら? 福田くん、笹原先輩の連絡先知っているのですか?」


「バイト先が一緒なんだ」


「手出したら殺す」


「出すわけないじゃないかぁ」


「そういや福ちゃんって好きな人居るん?」


「今は居ないよぉ」


「福ちゃんめちゃくちゃ良い旦那になりそう」


「えぇ? そうかい?」


「福ちゃん自体が幸せの象徴みたいな感じだしな」


「七福神みたいな顔してるもんね」


 なっちゃんとこなっちゃんの会話に頷く。分かる。しかし、未来さんと仲が良いところには妬いてしまう。


「笹原先輩、いつも松原さんの話してるよ。心配せんでも、俺に惚れることなんてないよ」


「それは心配してない。けど、男子と仲良いのが嫌。周りから『あの二人付き合ってんのかな』とか『お似合いだな』って思われるのが嫌なの」


「相変わらず独占欲強ぇー」


「なっちゃんなら分かるでしょ」


「いや、あたしは……うーん。まぁ、分からなくはないけど。雨音さ、元カノと仲良いんだよねぇ……」


「あー。幼馴染だからねぇ」


「そうなのよ。で、めちゃくちゃ良い子なのよ。だけど……良い子だからこそ妬いてイライラしちゃう自分の心の狭さが嫌になるっつーか……あたしよりあの子の方がお似合いなんじゃねぇかって、たまに思っちゃうんだよね」


「あー。分かる」


 私と共に加瀬くんもうんうんと頷いていたが、恋人が居ない三人は冷めた反応だ。


「森くん、なっちゃんのことめちゃくちゃ好きだと思うけどなぁ」


「まぁ、それは伝わってる。それでもめんどくさい思考になる時期があんのよ」


「ホルモンのせいだな」


「そう。全部ホルモンが悪い。マジでもう、焼いて食ってやりたいわ」


 これに関しては男子二人は共感出来ないと思いきや、二人とも姉が居るからその辺はなんとなくわかっているようだ。


「けど良いなぁ。なんだかんだで幸せそうで。おれも恋人ほしいなぁ」


 福田くんの何気ない一言に対して、なっちゃんが「男? 女?」と問う。異性愛が当たり前ではないことを知っていないと出ない問いかけだ。最近、私の周りではこういうやり取りが当たり前になってきている。嬉しいことだ。このまま社会全体がそうなれば良いのに。


「今のところ男の子を恋愛対象として見たことはないけど……高校入って色んな人に出会ってからは、どうなんだろうってちょっと思ってる。多分異性愛者だと思うけど、実際は死ぬまでわからんよね。世の中には色んな人が居るんだし」


「あれよな。異性愛が当たり前じゃないってのはもっと当たり前になるべきよな。つっても、あたしも王子に出会わなかったらこんなこと言えなかったと思うけど」


「おれも」


「わたくしもですわ。LGBTQの存在は知っていたのに、どこか遠い存在だと思ってました」


「居ますよー。ここに」


 私が手を挙げて存在をアピールすると、加瀬くんが「ここにもいるよ」と笑いながら手を挙げる。これくらい簡単にセクシャリティについて話せる世の中になるまでは、後何年かかるだろうか。分からないけれど、こうやって普通に話せる相手がいることが、私にとっては大きな希望だ。

 高校を卒業したら環境は変わる。だけどきっと大丈夫だ。今までのように堂々としていればきっと。

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