67話:だけどそんな君も嫌いではない

 九月の中頃。彼女はここ最近、文化祭の準備で忙しいらしく、会えていない。最後に会った時はまだ夏休みだった。もう二週間近く会っていない。

 それを桜ちゃんに愚痴ると「そりゃ寂しいな」と、どうでもよさそうに返された。


「むぅ……桜ちゃんは良いよね。一緒に暮らしてるから毎日会えて」


「まぁ、そうなんやけど……喧嘩すると結構面倒やで?顔見たくないと思っても一緒に住んどるから顔合わさへんの無理やし。ベッドも一個しかあれへんから——」


 そこまで言って彼女はハッとして、顔を隠した。


「べ、べつにええやろ!恋人なんやし!同棲しとるんやし!」


 何も言ってないのに弁明し始めた。可愛い。


「なんだかんだでラブラブなんだねぇ〜」


「べ、別に、敷布団あるから別で寝ることもできるんやけど」


「へぇー。でも一緒に寝てるんだ」


「や、やかましいわ。ニヤニヤせんといて」


「ふふ。ラブラブだねぇ」


「もー!未来ちゃん!」


 顔を真っ赤にして怒る桜ちゃん。可愛い。と、あまり他の女の子に対して可愛い可愛い言っていたら彼女が妬いてしまうかもしれない。ほどほどにしておかなければ。


「と、ところで、未来ちゃん青商の文化祭行くん?」


「うん。行くよ」


「うちも行くから。二日間とも。ついでに送ってったるわ。運転すんのうちやないけど」


「和希さんの車?」


「そう」


「私も免許取ろうかなぁ」


「持ってへんの?」


「うん。なんか、運転怖くて。桜ちゃんは持ってるの?」


「あるで」


 財布から車の免許証を取り出して見せてくれた。


「おぉ……免許だ」


「何やねんその感想」


「いいなぁ……やっぱり私も取ろうかな……」


「仮免受かるんか?」


「……自信ない」


「はははっ。未来ちゃん鈍臭そうやもんなぁ。車運転しとるところ想像できへんわ」


「私も想像出来ない……けどドライブデートしたい……」


「ええやん。あと一二年待てば彼女が運転してくれるやろ」


「……咲ちゃんが……」


 車を運転する咲ちゃんを想像してみる。


「絶対カッコいい」


「ははっ……まぁ、分からんでもないけど。運転しとる姿ってかっこええよな」


「免許とるのやめよう。咲ちゃんが運転してくれなくなっちゃうかもしれない」


「なんやねんそれ」


 話していると、余計に彼女に会いたくなってきてしまった。しかし今日は平日。そして今は昼。部活があるだろうから会えるとしたら夜くらいだ。


「はっ……」


「どうした急に」


「免許取ったら学校にお迎えに行ける」


「免許取るん?」


「……頑張ってみようかな」


「おー。頑張れー」


 今から自動車学校に通えば年内には取れるだろうか。頑張ってみよう。




 夜。免許を取るという話を咲ちゃんにすると、心配されてしまったが最終的に応援してくれることになった。


「助手席に一番最初に乗るのは私ですからね」


「うん。免許取ったら一緒にドライブデートしようね」


「私も十八になったら免許取るんで。それまでには仮免受かっておいてくださいよ?」


「大丈夫です。頑張って今年中に取ります」


「今年中?強気ですねぇ。あと三ヶ月もないのに」


 そうだったとハッとする。もう九月の半ばだ。まだ六月くらいの気分でいた。


「……中には、取れると思います」


「あははっ!だいぶ伸びましたね!私が入校するまで待っててくれても良いんですよ?」


「さ、流石にそれまでには卒業するもん!」


「ふふ。ごめんごめん。頑張ってね。応援してるから」


 電話越しに優しく囁かれ、思わず「会いたいな」と呟いてしまう。


「……今から会いに行こうか?」


「えっちなことするからやだ」


「えぇ?しませんよ」


「……本当に?」


「……なんだかんだ言って、期待してるのそっちなんじゃないですか?未来さんのえっち」


 ニヤニヤしているのが見なくてもわかる。


「……そうなったのは咲ちゃんのせいだもん」


 私がそう返すと彼女は「ゔっ」と打たれたような声を出した。そして、どすっという音。ベッドに倒れる音だろうか。相変わらず大袈裟だなと苦笑いしてしまう。


「なんですかそのエロ可愛い返しは!殺す気ですか!」


「……だって、本当のことだもん」


「ん゛か゛わ゛い゛い゛!なぁ!もう!好き!」


「私も好きだよ〜」


「……今から夜這いに行っ「駄目です。寝てください「ムラムラして寝れない」知らないよ……もー……エロ魔神め……」


 呆れてため息を漏らす。けど、なんだかんだで、彼女とならこんなちょっと下品な会話も楽しく思えてしまう。


「……あー……どうしよう。マジでムラムラして寝れないんだけど……」


「もー。知らないってば。私はもう寝るからね」


「……寝ちゃうの?」


「寝ます」


「……今から一人でするけど、聞かなくていい?」


 電話越しに囁かれ、思わずドキッとしてしまう。黙ってしまうと「冗談ですけど、もしかして本気にした?」と悪戯っぽく言われ、思わず「咲ちゃんの馬鹿!」と返して電話を切る。


「うぅ……エロ魔神めぇ……」


 その日はドキドキしてほとんど眠れなかった。今度会ったら絶対仕返ししてやる。

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