46話:呪いの連鎖

 六月に入った。高校を卒業してもう三ヶ月になる。時の流れは早い。由舞ちゃんや冴ちゃんとは連絡を取り合っているが、全く連絡を取らなくなった同級生がほとんど。中にはクラスのグループLINKから黙って抜けた人も。

 約40人のクラスが7つ。計280人の同級生達の中には、一度も話したことない人も居るし、見たことない顔の子もいる。卒業アルバムを見て初めて顔と名前を知った子の方が圧倒的に多いのに、会わなくなるとやはり寂しい。なんて思いながら散歩をしていると「未来ちゃん」と少し懐かしい声が私を呼んだ。振り返る。「やっぱり未来ちゃんだ。久しぶり」と笑ったのは由舞ちゃんだ。


「由舞ちゃん。久しぶり」


「久しぶり。元気だった?」


「うん」


「学校、どう?馴染めた?」


「この間友達ができました」


「お。良かったねー」


「そっちは?」


 由舞ちゃんは彩華大学に進学した。蒼葉大学ほどではないが、名門だ。


「私も結構馴染んでるよ。けど……」


「けど?」


「……元カノと同じ大学だということが発覚しまして」


「あー……」


「……話、聞いてもらっても良い?」


「うん。……せっかくだし、うち寄ってご飯食べてってよ」


「すまんね。……ありがとう。未来ちゃん」


 由舞ちゃんを家にあげて、台所で調理をしながら彼女の話を聞く。

 曰く、元カノに恋人のことを知られ『やっぱり男の人と付き合ってるんだね』と嫌味を言われたらしい。それに対して由舞ちゃんも『男の人と付き合った方が良いって言って私を捨てたのは君だろ』って返し、喧嘩になったそうだ。

 話を聞く限りは、由舞ちゃんに非はないが、彼女は『別れたくないって縋ってほしかった』と泣きいてきたらしい。自分勝手な人だと思うと同時に、同情してしまう。私が今、咲ちゃんと一緒に居られるのは、周りが良い意味で無関心で居てくれるからだ。女同士の恋愛なんて別に普通だと、そういう態度で接してくれるから。由舞ちゃんの元カノはきっと、否定されて傷付けられた被害者だ。だからといって由舞ちゃんを傷付けて良い理由にはならないけど。

 差別が差別を生み、負の連鎖になっている。こんな悲しいことがあって良いものか。


「……これは、未来ちゃんだから言うんだけど……私の恋人ね、女の子なんだ」


「えっ。別れたの?」


「ううん。違う。心が女の子なの」


「つまり、トランスジェンダーってこと?」


「そう。見た目はまだ完全に男性だけど、心は女で、恋愛対象も女。レズビアンなんだ。いずれ性別適合手術を受ける予定ではあるけど、戸籍の性別が女性になれば、この国において女性と結婚することは叶わなくなる。だけど、男性のまま結婚したら離婚しないと戸籍の性別を変更することはできなくなる。離婚しても、子供がいれば、その子が成人するまでは出来ない。法律ではそうなっているらしい」


「クソだよな」と彼女は鼻で笑って吐き捨てる。言葉は悪いけど、そう言いたくなる気持ちは私にもよくわかる。

 同性婚が成立して、一体誰が損をするのだろう。どうしても差別をしたい人が一定数居るのだろうか。私にはその人の気持ちは分からない。そんなことして人の上に立ってなにになるのだろう。


「心のままに生きるか、愛する人と家族になるために心を捨てるか。そんな究極の二択、異性愛者なら迫られたりしない。ほんと、いいご身分だよ。異性愛者ってやつは。私に八つ当たりをしたくなるあきら——元カノの気持ちは痛いほど分かってしまう。まぁ……私も、彼女が性別違和を抱えていなければ、そっち側の人間だったのだがね」


 ため息を吐き、彼女は机に突っ伏した。会話はそこで途切れ、沈黙が流れる。


「……お味噌汁の具、何が良い?」


「……じゃがいも入ってると嬉しいな」


「ん。分かった」


 彼女のリクエスト通り、じゃがいもを取り出す。ちょうど一個残っていた。


「……松原さんにまた怒られるかなぁ」


「ふふ。咲ちゃん嫉妬深いからね。けど大丈夫だよ。あの子はちゃんと、由舞ちゃんのこと信じてるから」


「それは分かってるけども……あー……良い匂いしてきた……」


「ふふ。お味噌汁はもう出来たよ。飲む?」


「飲むー」


「もって行くね」


 出来上がったお味噌汁を器によそい、食卓に持っていく。


「……美味しい」


「本当?良かった。あとお魚焼くから待っててね」


 焼き魚、そして付け合わせにほうれん草のおひたしを小鉢に入れて分けて食卓に追加で置く。


「……恋人とは最近どうですかね?」


「仲良しだよ。由舞ちゃんは?」


「私も、特に喧嘩もなく、平和です。まぁ、元カノのこととか色々あるけど……」


「元カノさんのことは知ってるの?」


「恋人も同じ大学なのよ……」


「き、気まずい……」


「うん……運命ってやつは実に意地悪だよ」


「恋人は嫉妬したりしない?」


「いや、実は彼女はまだ知らないんだ。ただ、元カノの方から彼女に接触するのは時間の問題だろうな。今のあきらは何するか分からんから早めに注意喚起はしておきたい」


「……いつでも愚痴聞くからね。……それしか出来ないけど」


「充分だよ。充分、助けられてる。君が居なかったら私は今の彼女と付き合えていなかった。あきらが私にかけた呪いを、君が解いてくれたんだ。ありがとう」


「……どういたしまして」


 差別から生まれたのろいがのろいを生み、のろわれた人が別の人をのろい、それを繰り返して連鎖する。

 だけど、世の中に蔓延る差別によって咲ちゃんにかけられたのろいを鈴木さんが解いて、私にかけられた同じのろいを咲ちゃんが解いて、由舞ちゃんの元カノさんが彼女にかけたのろいを、私が解いた。のろいと同じように、その解呪もまた、連鎖している。

 という字は読み方を変えればになる。

 きっといつか、由舞ちゃんの元カノさんも人をのろう側からまじなう側に変わるのではないだろうか。部外者の私にはただ、そう祈ることしか出来ない。それが歯痒くて仕方なかった。

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