47話:似ているけれど、違う
「うぅ……ちょっと買いすぎてしまった……」
一人暮らしを始めて自炊をするようになってから、特売や割引きという言葉にすっかり弱くなってしまった。一人で持てる量を考えながらカゴに入れているが、今日は少し買いすぎてしまった。
六月に入って、日差しが強くなり始めている。夏が近づいてきているのを感じながら、重たい荷物を持って帰り道を歩く。
私の家は、大学には近いが、スーパーからは少し遠い。遠いといっても、行きは全く気にならない。問題は帰りだ。
すれ違う自転車を見ながら、自転車を買おうかと考えるが、卵の入った袋をカゴに乗せるのは少々心配だ。実は私は、自転車の運転は得意ではない。乗れなくはないが、カゴに荷物を乗せて漕げるかと聞かれると首を捻ってしまう。
「重そうだな」
不意に、男性に声をかけられる。自分では無いと思い無視していると「持とうか?未来さん」と声の主が私を呼んだ。顔を上げる。声の主は咲ちゃんのお兄さんの伊吹さんだった。
「あ……えっと……」
申し訳ないから断わろうとするが、断る方が失礼だと考え直して、素直に荷物を一つ託す。
「家どの辺?遠い?」
「……そんなに……遠くないです……」
住んでいるアパートを指差す。
「あれか。大丈夫?それも持とうか?」
「だ、大丈夫です」
「そうか」
伊吹さんとは話し慣れていないわけではないけれど、少し気まずい。
「あれ。マツさんが女と歩いてる」
「マジで?うわ、マジじゃん。彼女?」
「ちょっと俺聞いてくるわ」
家まであともう少しというところで「マツさーん!」という男性の声が近づいてきた。伊吹さんはその声に反応して立ち止まり、ため息を吐いて「言っておくが俺の女じゃないからな」と、やって来た男性の方を見ずに答える。
「聞く前に速攻否定するとか逆に怪しすぎません?」
「この人は俺のじゃなくて妹の恋人なんだよ。たまたま会っただけ」
「妹の?マジで?てか、サラッと言って良いんすか?アウティングってやつじゃね?」
「本人が良いって言ってるから問題ない。以上。用が済んだら帰れ。邪魔だ」
「……マツさん、まさか妹の彼女寝取ろうと——「殺すぞ」あっ、ハイ。スミマセン。散ります」
伊吹さんが一睨みすると、男性はぴゅーっと逃げるように去っていった。
「悪いな。……どうした?」
「あ……いえ。……ちょっと、嬉しくて」
「嬉しい?」
「妹の恋人ってサラッと言ってもらえて……それに対して変なツッコミも入れられなくて……伊吹さんのお友達の中では、同性愛は普通なんだなって思って」
私の周りは割と、カミングアウトをしても「そうなんだ」とサラッと受け止めてくれる人が多い。それが凄く嬉しい。それが当たり前の反応になる日がいつか来るだろうか。
「あぁ……その辺はうちの番長みたいな人が躾けてるから。俺も含めて、その……偏見だらけの連中だったんだけどさ……あの人に出会って、みんな価値観が変わったんだ」
「……番長さん、どんな人ですか?」
「えっ。あー……咲の同級生だから……もしかしたら未来さんも知ってるかも」
咲ちゃんの同級生というと、心当たりは一人しかいない。
「……もしかして月島さん?」
「そう。月島満さん。俺らはあの人より歳上の奴らがほとんどなんすけど、みんなあの人に惚れてる。あ、惚れてるっていっても、恋愛的な意味じゃないよ。中にはそういう奴もいるかもしれないけど、ほとんどは尊敬の意味です。かっけぇんすよ。あの人。性別とか、年齢とか、そんなの関係ないくらい。満さんは俺らの憧れなんです」
「……ふふ。わかる気がします。強くて、優しくて、堂々としていて……そういうところカッコいいなって、私も思います」
「でしょ!俺が出会った時、あの人はまだ中学生だったんすけど……数人の男子学生にカツアゲされてる男子学生を迷わず助けに行ってて。歳上の男だろうが物怖じしないその姿がもう、すっげぇかっこよくて。あれからずっと、彼女は俺達の憧れの的なんです」
目を輝かせて少し興奮気味に語る彼が、咲ちゃんと重なる。思わず笑ってしまうと彼はハッとして少し恥ずかしそうに目を逸らしながら頬を掻いた。
「すみません。姐さんの話になるとつい」
「ふふふ。伊吹さんはやっぱり、咲ちゃんのお兄さんなんですね」
私が笑うと、彼は目を丸くした。
「……似てましたか?あいつに」
「そっくりです。可愛い」
「可愛いって……俺、一応歳上なんだけど」
「はっ……ご、ごめんなさい!」
歳上の男性に対して可愛いだなんて、やはり失礼だっただろうか。慌てて頭を下げる。
ため息が聞こえた。怒ってしまっただろうか。恐る恐る顔を上げると「別に怒ってねぇよ」と彼は苦笑いした。ホッと胸を撫で下ろす。彼はふっと笑ってこう続けた。
「てか、可愛いのは俺じゃなくてあんたの方だろ」
その悪戯っぽい笑みが咲ちゃんと重なる。顔が熱くなるのを感じて顔を逸らす。
「……ほんと——が——」
ぽつりと呟かれた言葉は風に攫われて消える。聞き返すと彼は、なんでもねぇよと優しく笑った。その優しい微笑みはやっぱり少しだけ、彼女に似ていた。だけど不思議と、彼女に微笑まれる時ほどドキドキはしなかった。あぁ、やっぱり私が好きなのは彼女なんだなと、改めてそう感じた日だった。
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