48話:君との出会いもある意味運命かもしれない
「やあ。松原さん」
昼休み。珍しく鈴木くんが弁当を持って私の元にやってきた。今日は小桜さんが休みらしい。
「松原さんのスカート姿久しぶりに見たな」
「夏だから。スカートの方が涼しいじゃん」
「そうだよねぇ」
7月が近づいてきて、教室のエアコンがつけられるほど暑くなってきたため、ズボンからスカートに戻した。鈴木くんは変わらずズボンを穿いている。しかし、髪が伸びてきたからなのか、ちょっと女性っぽさが出てきた気がする。
「鈴木くん、髪伸びてきたね」
「あぁ、うん。伸ばしてんの。こう見えて、実は昔はロングだったんだよ。腰まであった」
「想像できねー」
「写真見る?ほれ」
そう言って見せてくれた写真には、髪が長くて背の高い、鈴木くんによく似た美少女と、大人びた鈴木くんが写っていた。
「……未来で娘と撮った写真?」
「ふふ。この髪の長い女の子が私。で、隣は私の母さん」
「生き写しじゃん」
「よく言われる」
「お父さんはどんな感じなの?」
「父さんはねー……こんな感じ」
父親は意外にも可愛い系だ。一緒に写っている少年は兄だろうか。
「そう。私の兄貴。松原さんのお兄さんと同い年だよ」
「へぇ……。にしても、こんな伸ばしてたのに、よくばっさりいったね」
「伸ばしてたのは好きな人のためだったから。……まぁ、今伸ばしてるのも同じ理由なんだけど。もちろん、相手は違うけどね」
「付き合ったのは小桜さんが初めてなんだよね」
「ふふ。何?私の初恋の話聞きたいの?」
「聞きたーい」
「松原さんが初恋の話してくれるなら」
「私の初恋は未来さんだったよ」
「へぇ。そうなんだ」
「部活が一緒でさ、話しているうちに、好きだなぁって気付いて……最初はただの憧れだと思ってた。けど、卒業してから恋だったって気づいて……そこから二年間、彼女のことを考えない日なんてなかった。再会した時は驚いたよ」
「彼女を追いかけて来たわけじゃないんだ」
「うん。本当に偶然だった。運命なんて信じたくなかったけどさ、信じたくなっちゃうよね」
「ふふ。私も運命なんてクソだと思ってたけど、百合香に出会った時は信じたくなっちゃったよ」
「だよねー」
鈴木くんに出会う前まで、私は友人達の恋の話に参加出来なかった。みんな、相手は異性で、同性に恋をする人は私だけだった。
一度『誰が好きなの?』と部活仲間に聞かれて『未来さん』と答えたことがあった。『そうじゃなくて、恋愛の好きだよ』と笑いながら返された。鈴木くんに出会わなかったらきっと、今でもあの言葉を引きずっていただろう。
「……鈴木くんとの出会いもきっと、運命だったと思う」
「え?私?」
「君に出会わなかったら私は、未来さんと再会できていてもまた告白出来ずに別れていたと思うから。あの日、君が私に勇気をくれたから、私は私でいられるんだよ。君は私の救世主なんだ」
「……ふふ。なにそれ。松原さん、私のこと口説いてる?」
「や、やめてよ!私は未来さん一筋だから!」
「あははっ!冗談冗談。私も百合香一筋だよ。……ありがと。私も君に救われてるよ」
「え?私なにかした?」
「最初に言ったでしょ?私がオープンにしてるのは、異性愛者だと決めつけられたくないからでもあるけど、仲間を集めるためでもあるって。君が私の元に来てくれて、私も凄く心強かったんだよ。あの日、私に声をかけてくれてありがとう。……ふふ。そういう意味ではやっぱり、私にとっても、君との出会いは運命だったのかもしれないね」
そう言って微笑む鈴木くん。なんだか恥ずかしくなって目を逸らすと、ふと、リーリエがこちらに向かって拝む姿が視界に入った。
「拝むな拝むな」
「そ、そんな……駄目だよ松原さん……私には百合香が……」
口元を隠して恥じらうように目を逸らしながら鈴木くんは言う。
「鈴木くんも変な演技しないで」
「あははーごめんごめん。なんか期待されてる気がして」
改めて彼女達の方を見ると、親指を立てられた。
「ぐっ。じゃねぇよ」
「あははー」
「もー……小桜さんに言いつけるよ。他の女口説いてるって」
「えー。先に運命だとか言い出したのそっちじゃん」
「それは別に口説いてるわけじゃないから」
「ふふ。大丈夫だよ。分かってる。私も百合香一筋だしね。君に友情以上の感情を抱くことはない。女の子なら誰でも良いわけじゃないからね」
「私だってそうだよ。あの人を泣かせてまで浮気したいなんて思えないよ。てか、そもそも未来さん以外に興味ないし」
「わかるわかる」
「はぁー!羨ましい!ヒナも早く彼女作って参加したい〜!」
恋人の話で盛り上がっていると、雛子が割り込んできた。彼女は以前バイト先の女性の先輩が気になっていたと言っていたが……。
「……最近彼氏出来たって報告してきた。めっちゃ惚気てくる。人の気持ちも知らないで!もー!」
「あぁ……辛いやつ……」
「ノンケへの片想いはみんな通る道だよねー……」
「あ!そういや鈴木くんの初恋の話聞いてない!」
「……さーて。そろそろ予鈴なりそうだから帰ろうかなー」
「ちょっと!」
「あははっ。冗談冗談。話すよ」
「ヒナも聞く」
「じゃあ、ヒナちゃんの初恋の話も聞かせてくれる?」
「ヒナはねぇー」
語り始めようとする雛子を止める。ここで雛子に語らせたら確実に誤魔化されて逃げられると悟ったからだ。
「話すってば。そんな面白い話じゃないけどね」
予鈴が鳴るまで、鈴木くんは語ってくれた。
その人は近所に住む幼馴染で、ピアノを教えてくれた人らしい。それを聞いて、相手が誰かはすぐに察した。本人が鈴木くんにピアノを教えたのは私だと言っていたから。
「そうなんだぁ……確かに素敵なお姉さんだもんねぇ……妹ちゃんからも好かれてるし〜」
「あれは……ちょっと行きすぎてる気がする」
「あはは。けど、いい子でしょ。あの子」
「可愛いよね〜。あの子だけじゃなくて、今年の一年生全員可愛い」
「七希くんも、最初は冷たい子かなぁと思ってたけど、意外と優しいよね」
常に明るくてよく喋る七美ちゃんとは正反対でクールで口数の少ない七希くんだが、意外と空美さんの前では柔らかい表情を見せてくれる。どちらの姉にも弱いらしい。
「ヒナ、柚樹さんがポチくんのこと好きになるの分かる気がする〜」
「あの子は……ある意味魔性の男だよね。姐さんが守りたくなるのも分かる」
「女の子だったら好きになってたかも〜」
「分かる」
「松原さんはああいうあざといのに弱そう」
「鈴木くんだって嫌いじゃないでしょ」
「まぁね。けど、私はそれよりツンデレが好き」
「小桜さんもツンデレだもんね」
「可愛いでしょ。猫みたいで」
「ヒナは犬派〜」
「私も犬派」
「えー。猫可愛いのに」
「……鈴木くんが猫っていうとなんかあれだな」
「そっちのネコも好きだよ」
「はいはい……」
「えっちな話?」
「雛子、通じるんだ……」
「最近知ったの〜。百合漫画で。ねねね、二人のおすすめの百合って何かある?」
「定番だけど『おじおじ』」
「おじおじって『王子様の王子様』?」
ガタッと、リーリエの方から椅子を引く音が聞こえた。相方と一緒に椅子を持ってやってきた。
「おじおじと聞いて」
「お、おう……好きなんだ?」
「めっちゃ好き。アニメもコマ送りで全話見たし、原作も持ってる」
「へぇー。すごーい。ヒナもアニメ見てたけど原作はまだ買ってないんだよねぇ」
「全巻貸すから読んで!」
「あ、それは大丈夫だよ〜買うから。作者さんにお金落としたいしぃ〜」
「ヲタクの鑑じゃん」
「ヲタクに優しいぶりっ子……」
「むしろヒナもヲタクだよ〜。おじおじはねぇ〜好きな声優さんが出るから録画してたんだぁ〜。ヒナ、星野流美さんの大ファンでぇ〜」
星野流美さんというと、主人公の幼馴染兼メイドの菊井のばら役だ。
「ラジオも毎週聴くくらい好きなんだ〜。弟の話する時の流美さんがすっごく好き。ヲタクって感じがして」
「分かる」
「あんなに溺愛される弟ってちょっと気になるよね」
「姐さんの弟みたいな感じなんじゃない?」
「あー……あれはブラコンになるわ……」
「んー。でも、流美さんは弟さんのことツンデレだって言ってたからぁ、ポチくんとはイメージが違うなぁ……長身のイケメンらしいしぃ」
「流美さんの弟ならさぞかしイケメンでしょうなぁ……」
「プリティアヲタクのイケメンって逆にポイント高いよな」
「ヒナ、流美さんのプリティアの時のエピソードすっごく好き」
「『いつか男でもプリティアになれる時がくる』って弟に言った数年後に自分が男性初のプリティアになったって話でしょ?私もあれは泣いた」
プリティアというのは『魔法王女プリンセスティアラ』という、日曜日の朝に放送されている女児向けの魔法少女アニメだ。もう十年以上続いている。星野流美さんはそのシリーズで初めての男性のプリティア役を演じた。雛子達が話しているのは、その時のインタビューで語っていた話だ。
「ふふ。弟想いの良い人だよね」
鈴木くんが何処か嬉しそうにくすくすと笑う。そういえば、プリティア好きの男子といえば、鈴木くんの幼馴染の星野くんも——。
プリティア好きで長身のイケメン——。まさかと思い、鈴木くんの方を見ると、彼女はにこりと笑って、しーと人差し指を唇の前に立てた。
「えー。なにー?目で会話してるー。怪しい〜」
「さっきもお互いに運命の人だとか言い合ってたしね」
「えー!なにそれー!どういうこと〜!?」
「ふふふ。内緒。ね?松原さん」
「う、うん」
それは運命の人だと言い合っていた件なのか、それとも星野流美の弟の件なのか。多分後者だとは思うが、前者の話も、個人的には恥ずかしくて、あまり人には話したくない。
それにきっと、鈴木くんに勇気をもらって運命が変わったという人は、私以外にもたくさんいるだろうから。
私は女で、恋愛対象も女。ただそれだけのことを、私はもう二度と、それは普通じゃないと思ったりはしない。私が私を否定すれば、私と同じように同性を好きになっただけの人を否定してしまうから。
私もいつか、彼女のように誰かに勇気を与えられるように、これからもレズビアンとして堂々と生きていこう。
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