65話:兄の想い

 夏休みが終わった。といっても、終わったのは高校の夏休み。こっちはまだ一ヶ月近くある。九月末まで夏休みだ。長い。そんなに長くなくて良いのに。

 こういう時、一人暮らしだと心細くて仕方ない。


「ハスキーくんー。寂しいよー。暇だよー」


 ぬいぐるみに話しかけても、ぬいぐるみは答えてくれない。ペットを飼いたい気持ちはあるがここはペット禁止だ。禁止されていなかったとしても、そこまでの金銭的な余裕は無い。

 いつか、ここより広い家で彼女と一緒に暮らす日が来たら——。

 なんて想像をしていると、彼女が恋しくなってしまう。夏休みの間は毎日のように会っていたから余計に寂しい。時刻は9時。授業中だ。

 気を紛らわすために朝食を食べて散歩に出かけると、ゲームセンターに入っていく伊吹さんを見かけた。後をつけて、ゲームセンターに入る。相変わらず騒がしくて苦手だ。声をかけてもまったく届かない。頑張って身振り手振りでアピールしていると、一緒に居た男性が気付いて私を指さした。


「未来さんじゃん。どうしたの」


 見かけたからつい。と、言葉にしてもどうせ届かないので、スマホでメモアプリを開いて打ち込んで見せる。すると彼は自分のスマホを取り出して何かを打ち込み始めた。私のスマホに彼から「うちの妹が迷惑かけてごめんね」とメッセージが届いた。迷惑かけられた覚えがなく、首を傾げると「夏祭りの日のこと」とメッセージが続いた。「あの日のことは、別に怒ってないです」と返す。あの日の夜の記憶が蘇り、顔が熱くなるのを感じた。

 すると彼は「二人のこと、応援してるから」と優しく笑う。


「俺さ、前にも話したと思うんだけど、昔は同性愛とかありえねぇだろって馬鹿にしててさ……咲がレズビアンである可能性とか、一切考えなかったんだよ。それで……多分、知らない間にすっげぇ傷付けてたんだろうなって罪悪感がずっと残ってて。……だから、あいつには幸せでいて貰わないと困るんだ」


「……」


「……まぁ、エゴってやつだと自分でも思ってるけど」


 そんなことないと首を横に振る。

「伊吹さんは素敵なお兄さんですよ。傷つけたことに罪悪感を抱くのはきっと、それだけ妹が大切だからですよ」そうメッセージを送ると、彼は恥ずかしそうに顔を逸らした。


「咲には余計なこと言わんといてくださいよ。……絶対きもいって言われるんで」


 こくりと頷く。その気持ちはわかる。私も妹のことは大切に思っているが、本人の前で言葉にしようと思うと恥ずかしくて言えない。

 それにしても、お兄さんからこんな風に思われて、彼女は幸せ者だなと微笑ましくなる。しかし、それと同時に、ちょっとだけ羨ましくなる。私もこんな素敵なお兄さんが欲しかった。

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