54話:大好きを全身で伝えて

 それから五日後の金曜日の放課後。今日は咲ちゃんが家に来る日だ。

 インターホンが鳴る。ふーと息を吐いて、外に迎えにいく。


「うわっ。生未来さんだ。可愛い。やばい。可愛さに殺される。久しぶりすぎて眩しい」


 体感的には一ヶ月くらい会ってなかった気がするけど、実際は二週間ぶりだ。


「あはは……相変わらず大袈裟だなぁ。わっ」


 扉を閉めて中に入るなり、彼女は私を抱きしめてきた。


「うみゅー……さ、咲ちゃん……苦しい……」


「あはは。ごめん。可愛くてつい」


 力は弱めてくれたが、離してはくれない。


「はぁ……未来さん可愛い……好き……」


「……学校で何かあった?」


「ううん。別に何も。ただ、未来さんに会えなくて寂しくて。はぁ……私もこっちに引っ越そうかなぁ」


「私は良いけど……親御さんは?」


「……親からは高校卒業するまでは家に居ろって言われてまーす」


「じゃあ、あと一年半待とうね」


「うえーん! 未来さんは寂しくないんですかぁ!」


「私も寂しいよ。けど、久しぶりに会うとこうやって、会えなかった時間の分までいっぱいぎゅーってしてくれるから、全然頑張れるよ」


「なんですかそれ! 可愛い! 食べちゃいたいくらい可愛い!」


 つむじにキスをされる。びっくりして飛び跳ねて、背中に回した腕に力を込めてしまう。


「……未来さん」


 まずい。咲ちゃんのスイッチが入ったかもしれない。顔を上げさせられる。完全にスイッチが入った顔をしている。


「お、お風呂入ってきます!」


 キスを拒んで、突き離して脱衣所に逃げ込む。絶対変だと思われたが仕方ない。彼女からされたら絶対、流されて、されるがままなってしまうから。それじゃいつも通りだ。今日は私がする。そう決めている。

 上手く出来るだろうか。鈴木さんのアドバイスを思い出す。アドバイスといっても、具体的なことは何も教えてくれなかったけど。

 彼女の反応を伺いながらゆっくり攻める。それから、爪を短くしておくこと。爪を切るのはお風呂上がりが良いらしい。手先を特に念入りに洗い、シャワーで流して湯船には浸からずに上がる。


「お、お風呂、どうぞ」


「……早くない?」


「湯船浸かると暑いから……」


「エアコンで身体冷えてるだろうからちゃんと温めた方が良いと思うけどなぁ」


「い、良いから、お風呂入ってきて。……お部屋で、待ってるから」


「……はっ! そわそわしてたのってもしかしてそれ「い、良いから! ゆっくり入ってきて!」」


 揶揄おうとする彼女を脱衣所へ押し込んで、寝室で爪を切る。

 鈴木さん曰く、指用のコンドームというものもあるらしい。何故そこまで詳しいかというと、彼女の母親が『性教育は人権教育』という考えの人で、性に対してオープンな家庭で育ったようだ。私は逆にそういう話を家では禁止されている。コンドームなんて言葉を公共の場で口にしたら『はしたない』と叱られるだろう。

 中学生になるまで、異性とキスをすると妊娠するんだと本気で思っていた。それくらい、性に対する知識は遮断されていて、それが当たり前だと思っていた。

 中学生になると、周りがそういう話をし始めて、私も興味を持ってスマホで調べたりしていた。そういうことに興味を持つことに罪悪感を覚えて、自分ははしたない人間だと思っていたが、性教育は人権教育だと聞いて、目から鱗だった。興味を持つことは悪いことではないらしい。

 それにしたって鈴木さんはちょっとオープンすぎる気もするけど。


「こんなものかな……」


 ちょうど爪を切り終えたところで、足音が近づいてきた。ノックも無しに扉が開く。


「は、早くない?」


「相当楽しみにしてるみたいだったから。急いで来ちゃったわん」


 そうニコニコしながら、彼女は私の隣に座る。楽しみにしているのは明らかに彼女の方だ。無いはずの尻尾がぶんぶんと左右に揺れているのが見える。


「う……ま、待って、まだ爪磨いてる」


「えー。なんで今このタイミングなんですか」


「だって……その……傷つけちゃうといけないから……」


「えっ?」


「……だから……その……うん」


「……えっ、あの、もしかして今日、私が抱かれる側ですか」


 ぶんぶん尻尾を振っていた彼女が急にしおらしくなった。顔を見ると、戸惑っているように見える。同性愛者の人の中には、抱かれるのは嫌だという人もいるらしい。咲ちゃんはどうなのだろう。嫌なら無理にしたくはない。


「……うん。嫌?」


「えっと……」


 嫌そうな顔には見えない。ちょっと戸惑っているだけのように見える。思い切って、ベッドに押し倒してみる。


「えいっ!」


「わっ……!」


 彼女の身体にピッタリと身体を重ね、胸に耳を当てる。ドキドキしている。いつもより早い気がする。


「……咲ちゃん。私、咲ちゃんが好きだよ」


「……それは伝わってますよ」


「うん。……好きだから、したいって思ったの」


「それも……わかります」


「……もう一回聞くね。されるのは嫌?」


「……未来さんは、したいんですよね」


「うん。けど……君が嫌ならしたくないよ」


「……嫌じゃないです。ただちょっと、戸惑ってるだけです。いつも……する側だから。私はそれで満足してたし、したいなって思うことはあっても、してほしいってあんまり思ったことなくて。未来さんからしたいって言われることも想像したことなくて。ちょっと、びっくりしてます。けど、嫌じゃないですよ。全然。むしろ……嬉しい」


 身体を起こして、彼女を見下ろす。赤く染まる頬、濡れた瞳。こんなに可愛い表情、初めてみた。私もいつもこんな顔をしているのだろうか。


「君もそんな顔するんだ」


 顔を逸らされる。

 触っても良いのだろうか。

 パジャマの中に手を滑らせる。びくりと跳ねたが、抵抗はしない。


「……脱がすよ?」


「……ど、どうぞ。好きにしてください」


 パジャマのボタンを外し、素肌に口付ける。少し震えている。けど、抵抗はしてこない。

 手と口を使って、彼女の身体を愛撫する。彼女は、どこをどうされるのが好きなのだろう。彼女の様子を確かめながらゆっくりと、丁寧に触れる。

 彼女は私の方を見てくれない。けど、嫌なわけではないと言ってくれた。恥ずかしいだけだろうと判断して、続ける。


「っ……んっ……」


 時折漏れる甘い声や息遣いに意識を集中する。『観察していれば自ずと、どうすれば良いか分かってきますよ』と、鈴木さんは言っていた。鈴木さんは普段から人をよく見ている。そういう人はきっと、こういうのも上手いのだろう。

 ふと、目が合った。唇にキスをして、頭を撫でて戻る。


「未来さ……ん……っ……」


「……咲ちゃん、気持ち良さそうな顔してる」


 思わず呟いてしまうと、また顔を逸らされた。恥じらっている顔が可愛くてたまらない。


「咲ちゃん可愛い……好きだよ。愛してる」


「うぅ……」


「ここ好き?」


「う……す、好きです……」


「気持ち良い?」


「は……い……」


「痛くない? 大丈夫?」


「うん……大丈夫です……っ……未来さ……ん……っ……」


「良いよ。たくさん気持ち良くなって」


「っ……好きです……愛してます……」


「私も。大好きだよ」


「知ってます……触れられた場所から……めちゃくちゃ伝わってきます……気持ち良すぎて……おかしくなりそう……」


「おかしくなって良いよ」


「待っ……あっ——!」




 咲ちゃんはいつも事が終わると、必ず水を持ってきてくれる。今日は私が取りにいく番だ。


「咲ちゃん、お水どうぞ」


「……ありがとう……めちゃくちゃ気持ち良かったです」


「ほんと? 良かったぁ。上手く出来るか不安だったんだ」


 嬉しい。


「色々調べてたらね、するのは良いけどされるのは嫌って人も居るって知って……咲ちゃんはどうなんだろうって、ちょっと不安だったんだ」


「あーなるほど。……最初は戸惑いましたけど、私は全然そんなことないですよ」


「うん。良かった」


「……」


 彼女が水をサイドテーブルに置き、距離を詰めた。身の危険を感じ、身構える。腕を掴まれ、抱き寄せられて、そのまま転がってベッドに組み敷かれてしまった。


「されるのは嫌じゃなかったけど、されっぱなしは嫌なんで、仕返しさせてください」


「……やだ」


「えー」


「……いつもしてるじゃないか」


「それとこれは別でしょ」


「……むぅ。さっきまでは可愛かったのに」


「ふふ。可愛くない攻めモードの咲ちゃんは嫌いですか?」


 そう言って、彼女はいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべる。可愛くない。さっきまでは可愛かったのに。

 けど、カッコいい。カッコいい彼女も嫌いじゃない。


「……好き」


「あははっ。私も。攻めの未来さんも、受けの未来さんも、どっちも好きですよ」


「うー」


「たくさん気持ち良くしてもらったから、お礼に、今日は私も、いつも以上に頑張っちゃいますね」


「お、お手柔らかにお願いします……」


「ふふ。大好きだよ。未来さん」


「私も。好きだよ。咲ちゃん」


 結局、いつも通りになってしまった。けど、彼女にされるのが嫌いなわけではない。どんな彼女も好きだ。大好きだ。

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