53話:正解なんてない

 翌日の昼過ぎ。

 ショッピングモールで洋服を見ていると、空美ちゃんとばったり会った。鈴木さんと桜ちゃんと、それから見知らぬ背の高い女の子がもう一人。

 彼女は古市ふるいち喜子きこさん。蒼明高校の二年生。鈴木さんと同級生だが、歳は彼女より一つ上で、鈴木さんのお母さんのお店で働いているらしい。


「先輩一人? 良かったら一緒に服見ません?」


「えっと……みんなが良いなら」


「構いませんよ」


 空美ちゃんに誘われ、四人と合流して一緒に買い物をすることに。

 それにしてもみんな、背が高くてスタイルが良い。羨ましい。身長は私が一番低くて、桜ちゃんと空美ちゃんが同じくらいで、古市さんが鈴木さんと桜ちゃん達の間。鈴木さんは確か180㎝を超えていると言っていた。桜ちゃん達と比べても頭ひとつ分くらい抜けている。


「私も身長ほしい……」


「そこのダブル王子から貰い」


 そう言って桜ちゃんが指差したのは古市さんと鈴木さん。桜ちゃん曰く、古市さんが白王子で鈴木さんが黒王子らしい。なんか分かる気がする。


「古市さんもあだ名王子なんだ……」


「女からモテる女って、だいたいあだ名が王子なイメージあるよな」


「そんなことないですよ。私の知り合いには騎士と姐さんと姫が居ます。ちなみに姫は私の恋人です」


「二人揃って女たらしなんかい」


「あと、番長とか、魔王とか、女帝とか、女王様とか、狂戦士バーサーカーとか、悪魔とか……」


「……それ、全部同一人物やろ」


「あははっ。正解です」


 そんな物騒なあだ名をいくつも持つ人というと、思い当たるのは一人しかいない。多分、私の想像している子であっていると思う。


「そういえば、その番長も女性と付き合い始めたと聞いたが」


「あぁ、満ちゃん? うん」


「えっ。ちるちゃんが? あの子、そもそも恋愛に興味無いんやなかったん?」


「んー……満ちゃん曰く『彼女に対して恋と呼べるほど強い感情はないけど、彼女はそれでも良いと言ってくれたから側に居ることにした』だそうです」


「ふぅん……まぁでも、恋人として付き合っていくならそういう人がええよな」


「番長の恋人はどんな人なんだい?」


「一言で言い表すならツンデレお嬢様」


「ツンツンしてるけどチョロ可愛いよね」


 月島さんの恋人のことは咲ちゃんから聞いている。空美ちゃんと同じバンドメンバーの実ちゃんだ。ヴァイオリン担当の子。あまり話したことは無いけれど、ちょっと近寄りがたいイメージがあった。


「そうですねぇ。確かに、出会った頃の実ちゃんは、柚樹くん以外には心を閉ざしてたけど……最近はだいぶ柔らかくなりましたよ」


「そうなんだ」


「私には相変わらず当たりキツイけどねー。お、このスカート可愛い」


「おや。君がスカートを選ぶなんて珍しいね」


「私は穿かないよ。彼女に似合うかなと思って」


 鈴木さんが手に取っているのはネイビーのロング丈ギャザースカート。透け感があって夏らしい。


「それに合わせるなら……黄色いブラウスとか」


「麦わら帽子も合わせると夏らしくてよくないか?」


「ええやん」


 そういえば、咲ちゃんも制服以外でスカート を穿いているところを見たことがない。プレゼントしたら喜んでくれるだろうか。

 深緑色の、膝丈のフレアスカートを手に取る。


「ちょっと、夏にしては重いかなぁ」


「もうちょっと明るい色の方がいいかもしれないですね。これとかどうです?」


 空美ちゃんが持って来てくれたのは新緑のような明るい緑のフレアスカートと白いシャツ。


「未来ちゃんが穿くん?」


「ううん。彼女」


「咲ちゃんかぁ……」


「キャップ被せてみる?」


 そう言って、鈴木さんがベージュのキャップを、空美ちゃんが選んだ服に合わせる。キャップが加わったことで少しボーイッシュな感じになる。良い感じだ。けど、買うのは本人に試着してもらってからにしたい。トータルコーディネートの写真だけ撮って、キャップ以外を戻す。


「買わないんですか?」


「本人が気にいるか分からないから。キャップだけ買おうかな」


「なるほど」


 それからしばらく服を見て、キャップと、自分用の麦わら帽子を買って店を後にする。この後も特に予定はないので、四人に付き合ってお茶することにした。近くのカフェに入り、それぞれ適当に食べ物と飲み物を注文する。


「……よく考えたらさ、この五人の中だと、異性と付き合ってる方が少数なんだね」


「ほんまやね」


「私の知り合いだけで見たら多分シスヘテロの方が少数派なんじゃないかなぁ。細かく分けたら多分、兄貴や望もだし」


「あぁ、そうか。異性と付き合っとるからって異性愛者とは限らんか。バイセクシャルの人とかもおるもんな」


 桜ちゃんがそう言うと、古市さんが黙って手を挙げた。


「ビアンやと思った」


「ビアン寄りのバイです」


「ふーん」


「私も、レズビアンではないと思う。男の人は苦手だけど、初恋の人は男の人だった」


「ウチは多分異性愛者やけど……うみちゃんとかきぃちゃんみたいな王子系女子に憧れる気持ちはちょっと分かる」


「おにいも王子系ですもんね」


「はぁ? どこがやねん。喧嘩して家出した彼女を追いかけもせんのやぞあいつ。普通迎えに来るやろ」


 昨日のことをまだ怒っているようだ。まぁ確かに、私も桜ちゃんの立場だったらちょっと悲しくなるかもしれない。咲ちゃんは絶対追いかけてくるタイプだと思うけど。


「実ちゃんからこの間同じ愚痴聞いた」


「あー。満ちゃんは絶対追いかけないだろうね。私もちょっと時間置く派。多分百合香もそう」


「まこちゃんはすぐ引き止めてくるけど、私はすぐに追いかけずにちょっと時間置いてほしい派」


「私もすぐに追いかけて欲しくはないな」


 案外、ちょっと時間置いてほしい派が多い。すぐに追いかけてきてほしいのは私と桜ちゃんだけなようだ。


「けど、幸子さちこは多分、すぐ追いかけないと拗ねるタイプだろうなぁ……」


「対応は人それぞれだよね。けど桜さん、お兄はなんだかんだで迎えには来てくれたんでしょう?」


「……まぁ、うん」


「お兄はちゃんと、桜さんのこと大事に思ってると思いますよ」


「……それは伝わってる」


「ふふ」


「ニヤニヤせんで」


 空美ちゃんの頭を軽く叩いて、ふんっと顔を逸らす桜ちゃん。その態度が可愛いと、空美ちゃんは桜ちゃんの頭をわしゃわしゃと撫でた。


可愛い」


「こら! やめぇ! 誰がお姉ちゃんやねん!」


「私の兄の嫁ってことは義理の姉じゃないですか〜」


「ま、まだ嫁ちゃうわ!」


「んふふ。じゃあ、いつかは嫁になるんですね?」


「もー!」


「あははっ! 可愛いー!」


「揶揄うなぁ!」


 そうやって戯れあっている姿はなんだか、本当に姉妹みたいで微笑ましい。


「桜さんのツンデレっぷり見てたら百合香に会いたくなってきた」


 鈴木さんの呟きに「分かる」と頷く空美ちゃんと古市さん。古市さんの彼女は知らないが、確かに空美ちゃんの彼氏と小桜さんはツンデレだ。

 と、ここで、噂をすれば空美ちゃんの彼氏の藤井くんが店内に入ってくるのが見えた。友達だろうか。男性と一緒だ。彼も気づいたようで、通路を挟んで隣の席に男性と一緒に座った。


「お。噂をすれば男子ツンデレ世界大会日本代表選手」


「変なあだ名つけんなよクソ王子」


「藤井選手。そっち行って良いですか」


「……来たいなら来れば」


「んふふ。じゃあ行くー」


「流石代表選手。お手本のようなツンデレ仕草」


「うるせぇなお前」


 空美ちゃんが彼氏の隣の席に移動する。そわそわしている桜ちゃんに「来ないの?」と、藤井くんの連れの男性がニコニコしながら声をかける。


「……どうしても来てほしいって言うんなら行ってやらんこともあらへんけど」


「ほんと素直じゃないね君は。おいでよ」


「しゃ、しゃあないな……もう……」


 桜ちゃんも向こうに移動し、こっちのテーブルには私と鈴木さんと古市さんの三人が残された。


「同性と付き合ってるグループと異性と付き合ってるグループで綺麗に分かれたな」


「そうだね」


「ほんとだ」


「未来さんの恋人は年下なんでしたっけ」


「あ、うん。鈴木さんと同い年。ちょっと犬みたいで可愛い子だよ」


「犬か……私達の恋人とは正反対だな」


「幸子ちゃんも百合香も猫だもんね」


「色んな意味でな」


「色んな意味?」


 首を傾げてしまうと「専門用語でっていうと、えっちの時にリードされる側を表すんですよ」と、鈴木さんが小声で教えてくれた。


「あ、あぁ……な、なるほど……」


 なんとなく分かってはいたが、やはり二人はそっち側なんだ。


「あ、あの……え、えっちな相談しても良いですか」


「どうぞ。そういうの大好物です」


「私も好き」


 ちょっと恥ずかしいが、勇気を出して咲ちゃんとのことを相談してみる。


「なるほど。タチりたいと」


「うん……けどその……そういう流れになるといつも彼女がリードしてくれちゃうから……」


「する前に先に宣言してみるとか。今日は私がしますって」


「な、なるほど。……何か気をつけることはありますか?」


「爪を切っておくことくらいですかね」


 そういえば、咲ちゃんの爪はいつも短めに切り揃えられている。


「他には?」


「うーん。結局はコミュニケーションの一種ですし、相手の反応を見ながらソフトタッチでじわじわ攻めればいいと思いますよ」


「割と適当だな」


「あはは。こういうのは習うより慣れろだと思うんで。私が心掛けているのは爪を切っておくことと、独りよがりにならないようにすることくらいです」


「独りよがりにならない」


「さっきも言いましたけど、自慰と違って、コミュニケーションの一種ですからね。正解は相手によって違うんで、とりあえずは、実際に相手の反応を見ながら色々試してみるのが一番ですよ」


「……気になったんだが。海菜って、今の恋人が初めての恋人だよな?」


「そうだよ」


「……正解は相手によって違うってどこで知っ「そこはスルーするところ」あ、すまない」


 私もそこはちょっと引っかかってしまったが、踏み込んで欲しくないのなら踏み込むべきではないだろう。


「……わかりました。頑張ってみます。ありがとうございます。師匠」


「ふふ。頑張ってくださいね」

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