85話:プロポーズ(仮)

 クリスマスプレゼントにお揃いの指輪を買いたい。なかなかそれを言い出せず、12月に入ってしまった。街はすっかりクリスマスムードだ。近所のスーパーへ行けば、クリスマスソングがひたすら流れている。

 買い出しの帰り道、ふと、ケーキ屋の前で『クリスマスケーキ予約受付中』の文字が視界に入り、立ち止まる。去年のクリスマスケーキはメイド喫茶で食べた。今年は家で二人きりでささやかなパーティを開くのも良いかもしれない。

 ケーキの予約をしようと店に入ると「いらっしゃいませ」と店員さんが出迎えてくれた。悩みに悩み、4号のホールのチョコレートケーキを予約をして店を出る。

「笹原先輩だ」と聞き馴染みのある声が私を呼んだ。振り返るとそこに居たのは鈴木さん。「お久しぶりです」と手を振る。頭を下げると、ふと、彼女の左手薬指に収まるシルバーの指輪に目が止まる。


「その指輪……」


「これですか? 去年のクリスマスに買ったやつです。百合香とお揃いのペアリング」


 そう言って彼女は自慢するように指輪を見せてくれた。太陽に反射してキラキラと光る。


「いいなぁ」


「ふふ」


「……」


「……何か悩みでもあるんですか? 私でよければ聞きますよ」


「えっと……」


 私は家まで歩きながら、ペアリングがほしいけどなかなか言い出せないことを彼女に相談してみた。彼女は私の荷物をさりげなく持ちながら、うんうんと相槌を打つ。


「クリスマスプレゼント、それにしようかなって思ってて」


「なるほど」


「鈴木さん、どうやって切り出した?」


「えー? 私は普通に……クリスマスにペアリング予約しに行かない? って」


「予約したの?」


「はい」


「予約した方が良いかな……」


「んー。まぁ、別にどっちでも良いと思いますけど……同性同士でペアリング買うってなると、たまーに変な顔する店員も居るらしいんで……」


 苦笑いする鈴木さん。そんなことがあるのか。そういう人に当たってしまって嫌な思いをしたくはないなと思っていると、鈴木さんが指輪を買った時の店を教えてくれた。


「私の母さんの知り合いがそこで働いてるんですよ。彼女も女性の恋人が居て。良ければ話つけておきましょうか?」


「あ……じゃあ……あぁ、まってまって、まだ咲ちゃんと話せてない……」


「あ、そうでしたね。ふふ。頑張ってくださいね」


「うぅ……頑張る」


「あははっ。別にプロポーズするわけでもないんだからそんな緊張しなくても」


「プロポーズみたいなものだよぉ……」


「えー? そうですか?」


「……鈴木さんはプロポーズの時も緊張しなさそう」


「あははっ。どうでしょうね」


 彼女はそう明るく笑ってから、はぁ……とため息をついた。そしてぽつりと呟く。「先輩と話してたら、彼女に会いたくなっちゃった」と。


「小桜さん今日は忙しいの?」


「バイトです。せっかく私がオフなのに」


 ぶーと唇を尖らせる鈴木さん。普段はカッコいいけれど、こういうところは可愛らしい。


「あ、鈴木さん。荷物ありがとう。お家、ここだから」


「ん。じゃあ、プロポーズ頑張ってくださいね。先輩」


 彼女は意地悪く笑ってそういうと、荷物を私に返して去って行った。買った食材を冷蔵庫に入れて、咲ちゃんとのトークルームを開く。プロポーズと言われてしまったせいで余計に緊張してきてしまった。


「えいっ」


 意を決して『お話があるので今日バイトが終わったら会えますか』と送る。ちょうど休憩中だったのか、すぐに既読がついた。『バイト終わったら行きますね』とハートの絵文字付きで返事がきた。

 緊張で高鳴る鼓動を抑えたくて、ハスキーのぬいぐるみを抱きしめる。だけど、全然治まらない。鈴木さんがプロポーズとか言うからだ。





 夕方。インターフォンが鳴った。カメラを確認する。咲ちゃんが手を振った。深呼吸して、ドアを開ける。


「ど、どうぞお入りくだせぇ!」


 緊張しすぎて変な口調になった。彼女はどうしたのよとおかしそうに笑いながら「お邪魔いたす」と私に合わせてふざけた口調で中に入った。彼女をソファに座らせて、二人分のお茶を淹れて隣に座る。


「……」


「……」


 沈黙が流れる。時計の音がやけに大きく聞こえるのに、それ以上に心臓の音がうるさい。彼女の方を見れない。


「……あのね」


 ようやく出て来た言葉に、彼女は「なぁに?」と優しく返す。すぐにまた言葉に詰まってしまうけれど、彼女はその先を急かすことはせずに待っていてくれる。昔からそうだった。彼女はいつも、私の言葉を待ってくれる。言葉に詰まっても、イライラする素振りを一切見せない。一度も見せたことがなかった。だから彼女の隣は凄く居心地が良かった。無理に会話をしなくても、間が持つから。

 中学生の頃、私は彼女に聞いたことがある。私と居て退屈じゃないのかと。すると彼女はこう言った。『先輩の隣がどこよりも落ち着くんですよ』と。思い返せば、彼女は出会った頃から私のことが好きだったんだなと気づく。それが友愛ではなく恋愛の好きだなんて、言われなかったら一生気づかなかっただろう。


『取られちゃうのが寂しいなら、私を貴女の恋人にしても良いよ。独り占めしていいよ』


 そう、泣きそうな顔で告白されて、女同士ということに戸惑いながらも受け入れて、もう一年半が経つ。私の想いはあの時より遥かに大きくなっている。


「あの、咲ちゃん。あの、クリ、クリスマスに、ペアリング、作りに行きませんか」


 どもってしまったけれど、なんとか言えた。彼女は黙ってしまったかと思えば、ぷっと吹き出した。そして「あははっ!」とおかしそうに笑いだす。


「良いですよ。作りに行きましょうか。


「ペ、ペアリングって言って!」


「いや、だって、プロポーズみたいな雰囲気でしたよ」


「うぅ……だって……鈴木さんが『プロポーズ頑張って』とか言うから……」


「やっぱプロポーズなんじゃん」


「ち、違うもん……」


「……プロポーズでも良いですよ」


 そう言って彼女は私を揶揄うようにふっと笑う。


「……プロポーズはもっとちゃんとしたい」


 そう返すと、彼女は目を丸くして、そしてくすくすと笑い出した。


「いいよ。ちゃんとしたプロポーズは私からするから。未来さんのプロポーズはこれで」


「むぅ……なんかずるくない?」


「ずるくないです。私もう既に未来さんからプロポーズされてるもん」


「だから、これはプロポーズにカウントしないでってば」


「それより前にされてるんですよ」


「えぇ?」


 記憶に無い。いつのことだと問うと彼女は「夢の中で」と笑いながら答えた。


「リアルでのプロポーズは私からするねって私が言ったら未来さん『待ってるね』って言ってくれたじゃないですか」


「えぇ!? 知らないよぉ! そんなの」


「えー。ひどーい。あんなに情熱的なプロポーズしておいて忘れるなんて。私は一言一句覚えてるのに」


「……咲ちゃんの夢の話じゃないか」


「じゃあ現実の未来さんは、なんて言葉でプロポーズするんですか?」


「……結婚してください」


「えー。それだけ?」


「……夢の中の私はなんて言ったの?」


 問うと、彼女はこほんと咳払いして、私の前に跪き、手を取り、私の目を見つめて芝居がかった声でこう言った。


「私は君と、どんな時も支え合えるパートナーになりたい。この先の未来を君と共に歩みたい」


 シンプルだけど、ストレートな言葉を放ち、彼女はちゅっと私の手の甲にキスを落とした。そして私を見上げてふっと笑う。ドキドキしてしまう。


「と、まぁ、こんな感じでした」


「わ、私……こんなキザなことしないよぉ……」


 だよねと彼女はおかしそうに笑い、私の隣に戻ってきて肩に頭を預けてきた。そして、膝に置いた私の手に指を絡めてくる。絡め返して、しっかりと握る。


「……愛してるよ。未来さん」


「……うん。私も」


「……未来さん」


 身体の向きを変えて抱きついてきた彼女を抱きしめ返す。


「……大好き」


「私も大好き」


 オウム返しのようにそう返し、どちらからともなく笑い合う。部屋を満たす幸せな空気に包まれながら、どちらからともなく唇を重ねる。一度離れて、見つめ合い、手を握りあってまた笑い合って唇を重ねる。幸せだ。彼女と付き合って良かった。私はいつだって、心の底からそう思っている。きっとこの先も、彼女を好きになったことを後悔する日なんて一生来ないだろう。

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