20話:幸せな登校時間
夏休みが明けた。こんなにも夏休みが長いと感じたのは初めてだった。
そして、こんなにも嬉しい休み明けも初めてだ。別に学校が特別好きなわけではない。未来さんに会える。それが、たったそれだけが嬉しくてたまらない。
思えば、三年前も同じだった。あの頃は彼女に会いに学校に行っていたようなものだった。
恋の寿命は三年とか言うけれど、私の恋はあれから三年経った今も生きている。いや、再会して息を吹き返したのかもしれない。再会しなかったら、そして鈴木くんに出会わなかったら、私の恋心は誰にも知られずに独りぼっちで死んでいただろう。切ない片想いのまま。
実ったのは奇跡だ。私はよっぽど運が良い。
駅前に居た彼女が私を見つけて手を振った。駆け寄り、抱きしめたくなる衝動を抑えて「おはよう」と挨拶をする。
「おはよう。咲ちゃん」
あぁ……今日も可愛い。顔も声も雰囲気も何もかもが可愛い。
「今日も可愛いね。未来さん」
私がそういうと彼女は「褒めても何も出ないよ」と少し照れ臭そうに顔を逸らした。
「何も出さなくていいですよ。その照れ顔だけで充分です。ごちそうさまでーす」
「……なんか、テンション高いね。夏休み明けなのに」
「そりゃ高くもなりますよ。今日からはまた毎日あなたに会えるから」
「……なるほど。そっか」
逸らした顔を私の方に戻して、私の頭に手を伸ばす。頭を下げると、未来さんの小さな手が私の頭をよしよしと撫でた。
「君はほんと、わんちゃんみたいだね」
「未来さんになら飼われてもいいわん」
「……ふふ。何それ。今日の咲ちゃん、ほんとハイテンションだなぁ」
逆に彼女はちょっと元気が無い。
「何かありました?」
「ううん。何も無いよ。ただ、最近ちょっと考えちゃうんだ。こうやって君と一緒に登校出来るのもあと半年なんだなって」
「……やっぱ浪人しましょう。私が追いつくまで」
「ごめんね。それは出来ない」
「ですよね」
「でも、この間も言った通り……だから」
この間というのは、一昨日のことを言っているのだろう。
なんでしたっけとすっとぼけてみせると彼女は「意地悪」と頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
「ごめんごめん。ちゃんと分かってますよ。一昨日の話ですよね。……卒業して距離が出来ても、今の関係は変わらないよって話」
こくこくと彼女は頷く。
「その言葉、信じてますからね。浮気しちゃダメですよ」
「……するように見える?」
「見えないよ。未来さん、私のこと大好きだからね」
「……ふふ。大正解」
頭の上でマルを作って笑う未来さん。なんでこの人こんなに可愛いんだろう。
「……未来さんって、天使だったりします?」
そう問うと彼女は困ったように笑って、マルにしていた手を交差させてバツにした。
「それは不正解なのか……」
「残念でした。未来さんは人間です」
「……いや、怪しい。背中に羽が生えてたりしません?」
「咲ちゃんこそ、お尻に尻尾生えてたりしない?」
「残念ながら不正解です。咲ちゃんも人間なんですよ」
「そっかぁ。わんちゃんじゃなかったかぁ」
なんて冗談を言い合いながら、どちらともなく笑い合う。こんな幸せな登校時間があと半年で終わると思うと寂しくて仕方なくなる。
だけど、今の関係は続くと約束してくれた。その言葉を疑う気は一切無い。
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