19話:高校最後の夏の思い出
夏休み終了まであと一週間の今日、突然、咲ちゃんから「30日に鈴木くん達とプール行くんですけど、一緒にどうですか」というお誘いが来た。
「プールかー……」
行きたい。行きたいが……。
お腹を摘む。夏休み中ほとんど家に引きこもっていたせいで、体重が数キロ増えた。水着になるのはちょっと恥ずかしい。咲ちゃんも小桜さんも鈴木さんもスタイル良いし。
そのことを正直に相談すると「女の子はちょっとくらいお肉ついてる方が可愛いですよ」と返ってきた。ほとんど無駄な肉がない人に言われても。
ぷいっとそっぽを向く犬のスタンプを送る。
すると「露出の少ないワンピースタイプの水着着れば良いじゃん」と返ってきた。そして水着の画像が次々と送られてくる。行く気満々だ。私も別に行きたくないわけではない。むしろ行きたい。
彼女が送ってくれた水着の写真達と睨み合う。一番露出が低いピンクのチェック柄の水着の画像を拡大する。可愛い。私に着こなせるだろうか。悩んでいると、咲ちゃんの方から「最後に送った水着が一番似合うと思う」とメッセージ。今見ているやつだ。そして通販サイトのリンクと共に「私も色違いで同じやつ買いますね。お揃いにしよ」と続いた。断る隙を一切与えてくれない。よっぽど楽しみにしている彼女の顔が浮かぶ。
「……仕方ないな」
彼女が送ってくれたリンクを開き、水着をカートに入れた。
そして30日。
「未来さん可愛いー!」
「……ありがと。……咲ちゃんも可愛い」
やっぱり恥ずかしいし、咲ちゃんも小桜さん達もスタイルが良い。
「ユリエル、意外と露出少ないのな」
「…あまり肌出したくないのよ。日焼けしたくないし」
咲ちゃんの友人の夏美ちゃんの言葉に、小桜さんは苦笑いして答える。キャミソールタイプの黒いタンキニと、セットアップのミニフレアスカート。夏美ちゃん達に比べると露出は少なめなのに、色気が凄い。高校生とは思えないほど。そして鈴木さんは黒いラッシュガードを着て、下はショートパンツ姿。すれ違う客達がギョッとした顔で彼女を見る。
『女子だよね?』
『女子でしょ』
『だ、だよね』
と、ざわざわしたくなる気持ちも分からなくはない。
「王子、その下どうなってんの?」
「下は普通にビキニだよ」
夏美ちゃんの疑問に対し、何の抵抗もチャックを下ろして中のビキニを見せる。水着だから別に見せても問題ないのだけど、なんだか見てはいけないものを見てしまった気がして思わず目を伏せる。
「ぬ、脱がないで。着てて」
「…私より君の方が隠すべきだと思うけどなぁ」
鈴木さんは苦笑いしながらそう言って、小桜さんの肩に黒いフード付きのタオルをかけてフードを被せた。ぴょこんと小桜さんに耳が生えた。鈴木さんはそれを見て「似合うね」とくすくす笑う。小桜さんは首を傾げてからタオルを外して、耳を見てムッと頬を膨らませながら鈴木さんを睨んだ。仲が良くて微笑ましい。
「もうっ…」
「ふふ。行こうか」
「浮き輪膨らませたら合流するね」
「はーい」
更衣室の外に出て男子二人と合流する。浮き輪を膨らませている小春ちゃんの彼氏の星野くんと、夏美ちゃんの彼氏の森くん。二人も含めて、私以外全員一年生だ。ちょっと場違いな気がして気まずい。
「おう。あれ?」
「小春は?」
「浮き輪膨らませてる」
森くんは鈴木さんとは逆で、可愛らしい男の子だ。今日初めて会ったが、女の子だと思ったら、声が顔に似合わない重低音でびっくりした。
「…雨音、なんか卑猥だから前閉めて」
「えぇ?俺男だから大丈夫だけど」
「そうだけど」
夏美ちゃんが彼のラッシュガードのチャックを閉める。
「流石にビキニは着てないか…」
「流石に着れんわ。ワンピースならまだ着れるかもしれんけど…更衣室でじろじろ見られんのやだからな」
「ビキニ?」
「森くんは普段は女装してるんだ。今日は珍しくメイクもしてないしズボン穿いてたけど、学校もスカート穿いて来てるよ」
「あ…噂で聞いたことあるかも…」
一年生に、スカートを穿いて登校している男子がいる話は噂で聞いたことがあった。あの学校は性別に合わせた制服を着る必要がない。学校指定の制服であれば組み合わせは自由だ。ブレザーだけが男女共通で、それにネクタイとスカートを合わせてもいいし、リボンとズボンの組み合わせでも良い。そういうルールになっているのだけど
「まぁ、目立ちますよね。ズボン穿いて登校する女子は多いけど、スカート穿いて登校する男子って少ないっすから」
彼の言う通り、彼以外でスカートを穿いて登校している男子は見たことが無い。ズボンを穿く女性は街中にも溢れているが、スカートは女性の物という印象がまだまだ強いからだろうか。森くんは可愛いから似合うかもしれないが、身体がゴツい男子ほど穿きたくても穿きづらいかもしれない。
ところで、彼のことは彼で良いのだろうか。一応確認しておかなければ。
「……森くんは、男の子なの?」
「そうっすよ。なんで、女扱いしなくて良いっすよ」
「分かった」
「……物分かり良いっすね」
前の私なら、服装で判断していたかもしれない。けど、今はもう、世の中には様々な人がいることを知っている。
「ん?なんて?」
「『世の中にはいろんな人が居ることを私はもう知っているから』って。私達も世間からみたらマイノリティだしね。君たちといる時は忘れてしまえるけど」
複雑そうに咲ちゃんが笑う。今この場に居るみんなは私達が付き合っていることを知っている。だけど私達は付き合っていることをオープンにしているわけではない。輪から外れれば、私や咲ちゃんの口から紡がれる恋人という言葉は、当たり前のように彼氏に変換される。察してくれる人も少しずつ増えてきたけれど。
「……でもまぁ、マイノリティで良かったなって最近は思うよ。マイノリティであることがあの学校に入ったきっかけだし、あの学校に入ったから鈴木くん達に出会えたし、未来さんと再会できたし…あと、同性同士の方がデートの時にお揃いのコーディネートしやすいし、共感できることも多いしね。同性愛って、性別を超えた愛なんて表現されがちだけど、性別を超えてるのはむしろ異性愛の方だよね」
咲ちゃんの言葉にうんうんと鈴木さんが頷く。言われてみれば確かにそうかもしれない。
私は咲ちゃんと付き合って、一度も後悔はしていない。この国に差別が存在することを痛感したけれど、きっとそれは、彼女と付き合わなかったら気づけなかったことだ。気づかない方が幸せだったと思ったこともない。気づかなかったら私は、知らない間に誰かを傷つけていたかもしれない。その方がよっぽど恥ずかしいことだと思う。
「お待たせー。望くん、どう?私。可愛い?」
いちご柄の浮き輪を腰に付けて、小春ちゃんが合流した。望くんというのは、星野くんの下の名前。
「……浮き輪似合うな」
「水着姿の彼女見て第一声がそれですか!?」
「あぁ、悪い…その…うん…」
小春ちゃんから顔を逸らす星野くん。彼女の水着姿に照れているようだ。
「ナイトくん顔真っ赤じゃん」
「いや…思ったよりその…露出多いなと…」
「もっと近くで見て良いよ!」
「ちょ…」
面白がって、近づきながら彼の視界に回り込む小春ちゃん。必死に顔を逸らす星野くん。
「あははっ!望くん可愛いー!」
「揶揄うなよ…もー…」
側から見ると兄妹……下手すると親子みたいだと思ってしまったが、黙っておこう。
「プール行きますかー」
「……久しぶりだけど……泳げるかな」
「未来さん、体育で水泳取らなかったの?」
「……うん」
青商の体育の水泳は必須ではなく、選択だ。私は一度も選択しなかった。泳げないからではなく、水着になるのが嫌だからという理由で。
「よし、じゃあ手握っててあげる。行こ」
そう言って咲ちゃんは私の手を取ってどんどんプールの奥へ進んでいく。彼女は170㎝近い身長があるが、私は160㎝もない。どんどん身体が水に沈んでいく。
「さ、咲ちゃ、そ、それ以上行ったら私、足つかないよ……」
「大丈夫。私に捕まってて」
「ま、待ってぇ……」
「大丈夫ですよー」
大丈夫の一点張りで、彼女はどんどん奥へ進んで行く。私が怖がる様子を楽しんでいるように見える。
「咲ちゃんの意地悪……」
「あははっ。ごめんごめん。……もうちょっと奥行こうか?」
「足つかなくなっちゃうよ……」
「んー……じゃあ、この辺でちょっと泳ぐ?手放すよ」
握っていた手が離れ、彼女はそのまま後ろに下がっていく。壁に着くと、手を振って私を呼んだ。
「うー……」
「大丈夫!溺れそうになったらすぐ助けるから!私を信じて!」
彼女を信じて、少し助走をつけてから平泳ぎで彼女の元へ向かう。足、どうやって動かすんだっけ。進んでる気がしないが、彼女との距離は縮まっている。息継ぎのために顔を上げると、彼女と目が合った。微笑まれ、身体から力が抜けた。
「!未来さん!」
咄嗟に彼女は私を引き寄せた。身体が密着する。背中に腕を回して彼女にしがみつく。足がつかないから、これしか選択肢がない。
「……あの……足がつくところまで……運んでほしい……です」
「……私はもうちょっとこのまま居たいです」
「……腕が疲れちゃう……」
「わかりました。じゃあ、そのまま捕まっててね」
私の腰に手を添えて支え、ゆっくりと来た道を戻り始める。
足が床に擦れた。
「……離しますよ」
「……うん」
腰から手が離れる。その手はそのまま、私の手を取った。
「ちょっと意地悪しすぎた?」
「……うん」
「ごめんね」
「……許す」
「ありがとう。鈴木くん達のところ、戻ろっか」
咲ちゃんに手を引かれるままに歩き、浅いところに座り込んで談笑している鈴木さん達の隣に座る。
「お帰り、松原さん。あんまり彼女いじめちゃ駄目だよ」
「あなたがそれ言うの?」
「百合香は意地悪されるの好きじゃん」
「好きじゃない」
「えー?そう?」
咲ちゃんも意地悪だけど、鈴木さんはそれ以上にSっぽい。
「……にしても、明日で夏休み終わっちゃうね。部活とバイト三昧で全然休みって感じしなかったわ。高校生の夏休みって意外と暇ないんだね」
「部活とバイトやってるとそうなるよね。私も大会が終わってようやくちょっと落ち着いたと思ったらもう最終日」
そういえば演劇部は先週くらいに大会があったらしい。私は行けなかったが、由舞ちゃんから長文の感想が送られてきた。今年はレベルが高かったらしい。
「演劇部、なんか凄かったらしいじゃん。私は行けなかったけど、他校の演劇部の友達が『青商の劇やばかった』って。『主役三人の演技力が半端なさすぎて鳥肌立った』って言ってたよ」
「ちなみにその主役三人のうちの一人が私です」
それも由舞ちゃんから聞いた。
「マジで?鈴木くん一年で主役なの?」
「準だけどね」
「どういうお話なの?」
「記憶喪失になってしまった女性の元に恋人を名乗る二人の人が現れて、どちらが本当の恋人なのかって話。私が演じるのは、その女性の自称恋人の一人」
「ミステリー系?」
「うーん…どちらかといえばサスペンスかなぁ…推理要素は無くはないけど、割と序盤で分かるようになってるから。それよりも、恋人を名乗るどちらかが主人公を殺そうとした犯人かもしれないっていう緊張感の方が強いと思う」
「えー…見たかったなぁ…」
「文化祭の二日目でやれたらやるよ。夏休み明けたら生徒会に交渉に行く予定」
「交渉?なんで?」
文化祭の二日目は例年、どの部活も三年生がメインだ。演劇部の大会は三年生は舞台に立たないらしいから、同じキャストでやるなら三年生は二日目の舞台には立たないことになる。
「文化祭二日目は三年生の引退の場なんだけど、大会でやったやつは一二年生メインでキャスティングされてるんだ。あの作品はあのキャストでもう完成されちゃってるから、キャストを三年生に変えてってことは出来ないんだよ。文化祭用の脚本ももう完成してるし。だから、本当はあれを二日目に持って行くことはできないんだけど、私のわがままでお願いしたんだ」
「一日目じゃ駄目なの?」
「一日目は来たい人しか来ないからね。全校生徒に届けたいっていう、私のわがままで二日目にやらせてくださいって」
「じゃあ一日目は何か別のやるの?」
「一応、一年生メインでシンデレラをやる予定。二日目の許可が取れなかったら一日目に持ってくるか、三年生の舞台を一日目に持ってくると思うからまだわからないけど」
「……もしかして鈴木くん王子役?」
「うん」
当然でしょう?と言わんばかりの顔をする鈴木さん。彼女は普段から王子というあだ名で呼ばれている。王子役がハマらないはずはない。
「シンデレラが姐さん?」
「いや、満ちゃんは
「迫力凄そう」
「……鈴木さん、王子様役似合いそう」
「似合うというか、中学の時も王子役ばかりやらされてましたね」
やはり。想像がつく。
「あだ名がもう王子だもんね。女性役やったことある?」
「あ、大会の時は女性役だったよ」
主人公が女性で、鈴木さんは主人公の自称恋人役だと言っていた。同性愛を扱った内容なのだろうか。
「あっ、えっ?百合なの?」
「もう一人の自称恋人は男性なんだ」
「へー……なるほど……。オリジナル?」
「部長が書いた」
「へぇ……部長さんが……」
部長というと、河合くんだ。一年生の時に同じクラスだった。図書室でもよく見かけるし、作文で表彰されていたこともあった。
「ちょっと差別的な台詞もあるけど……その差別はちゃんと否定される内容になってるから」
「楽しみにしてるね」
「うん。頑張って生徒会を説得するね」
「うん、あ、ところでさ、前にダブルデートしたいって言ってたじゃない?」
そういえばそんな話をしていた。
「うん」
「来月の11、12とかどう?」
「んー……多分空いてる。確認しておくね」
「小桜さんは?」
「私は大丈夫よ」
「……なんか緊張しちゃうね」
「早いよ未来さん。てか、もう慣れたでしょ」
確かに、小桜さんと話すのはもうだいぶ慣れた。けど、鈴木さんとはまだ慣れない。
「あ、じゃあダブルデートの前に私とデートします?」
「海菜」
「鈴木くん」
小桜さんと咲ちゃんに睨まれ「冗談だよ」と苦笑いする鈴木さん。そんなことは分かりきっているけど、ちょっとびっくりした。
「……みんなと、同級生が良かったな」
「ん?何?」
「……鈴木さん達と、同級生が良かったなって。……来年から同じ学校行けなくなるの寂しい」
「二浪しましょう」
真面目な顔で言う咲ちゃん。
「えぇ……それはちょっと……」
「松原さんが飛び級しなよ」
「日本は飛び級なんてないでしょ」
「あはは」
誰からともなく笑い合う。優しい子達に巡り会えて、私は幸せ者だ。もうすぐ九月。あと半年したら私は、高校を卒業して近所の大学に進むつもりだ。彼女達と同じ学校に通えるのはあと半年。寂しい。
「大丈夫ですよ、先輩。卒業しても友達じゃなくなるわけじゃないんですから」
「そうですよ」
咲ちゃんは鈴木さんの言葉に同意した後「私とも、恋人のままですからね」と笑った。
「……うん。そうだね。卒業しても、恋人のままだよ。私はずっと、君の恋人でいたい」
そう返すと、彼女は目を丸くして、そして、真っ赤になった顔ごと私から逸らした。
その態度を見て、大胆なことを言ってしまったとすぐに気づく。こっちも恥ずかしくなって顔を逸らす。だけど、指先はお互いに絡め合ったまま離さなかった。
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