95話:先輩達へ
去年は卒業する三年生が居なかったから無かった送る会のビデオレター。生徒会から「ビデオレター撮るから都合の良い時間教えて」と言われて、先輩達は本当に卒業するんだとようやく実感が湧いてきた。
思えば、未来さんの卒業からもう一年。そして、私の卒業まであと一年。時の流れは早い。
撮影当日。部室に行くと、何故か姐さんがいた。
「……なんで居るの?」
「あたしが呼んだの。みのりん先輩へのサプライズ」
「サプライズゲストでーす。で? 何すれば良い?」
「あたしらが終わった後に、あたしがサプライズゲストを呼んでますって言うから、その後実さんに何か一言。幸生先生は先輩の声役ね。ちるのメッセージが終わったら先輩の手でカメラ切ってください」
なっちゃんがクマのぬいぐるみを先生に渡す。今の三年生がこの部室を使う前からここにあったぬいぐるみだ。先輩という愛称で音楽部のマスコット的な存在になっている。
「んじゃ、先生、準備良い?」
「おう」
先生が机の上にぬいぐるみを置いて下に隠れると、なっちゃんの合図で生徒会がカメラを回し始める。
「えー。三年生諸君。卒業おめでとう。君たちがやってきたときは私と君たちと顧問の六人と一匹だったこの部活も今や君達と顧問を抜いても十四人。いつの間にかずいぶんと賑やかになったものだ」
確かに賑やかになった。四月からはまた一年生がやってくる。何人入るのだろう。
「埃だらけの床に雑に置かれていたあの頃、私はもう捨てられるものだと思っていた。拾いあげて埃をはらって綺麗に洗濯してくれた空美、先輩と名前をつけてくれたきらら、腕が取れた時に直してくれた柚樹、服を作ってくれた静、それと、いつも埃を払ってくれる実。捨てられるのを待つだけだった私に愛をくれてありがとう」
そう言って先輩はぺこりと頭を下げた。なんだか、感動的な話だ。本当に先輩が喋っているように思えてきた。三崎先生は意外と演技が上手い。
「私からは以上だ。頑張りたまえ。では、夏美」
「はいはーい」
カメラが私達の方に向く。グループごとにあらかじめ考えていた先輩達へのメッセージをリーダーであるなっちゃん、炎華、七美ちゃんが代表して読み上げる。
「あたしたちからは以上ですが、最後にサプライズゲストから一言」
なっちゃんがそう言うと、カメラが姐さんの方に向く。
「きららさん、静さん、空美さん、柚樹さん、それと実さん。卒業おめでとうございます。サプライズゲストの月島満です。先輩達っつーか、実さん個人に対するメッセージになっちゃうんすけど」
こほんと咳払いをして、姐さんは続ける。
「実さーん。見てるー? 大学入って、私居なくて寂しいからって、浮気しないでくださいねー」
姐さんはそう言って手を振ると、先輩を持ってカメラに近づき「それじゃ、これからも頑張りたまえよ。クロッカスの諸君」と、先輩(cv三崎先生)の声に寄せたようなイケボで囁いてから先輩の手で撮影を終了した。
「じゃ、私は部活戻るよ」
そう言って姐さんは新くんの頭をわしゃわしゃと撫でてから「じゃあなー」と手を振りながら部室を出て行った。
そういえば、実さんが進学するのは
「月島の進学先?
「彩華ぁ!?」
彩華大学というと、県内ではあるが、全国的にもそこそこ有名な国立大学だ。姐さんの成績では少し厳しいのでは無いだろうか。
「確かに月島の今の成績じゃあ彩華は厳しいかもしれんが、あいつはやると決めたらやるやつだよ。成績が良くないのはやる気がないだけで」
三崎先生が苦笑いしながら言う。そういえば先生は去年、彼女の担任だった。
「姉ちゃんは『絶対無理』って言われると燃えるタイプだと思います。青商受ける時も周りから無理だ無理だって言われてましたし」
「私も無理だと思ってた」
「面接官脅したのかと」
ボロクソ言う双子。酷い言われようだ。
「俺、面接官だったけど、真面目そうだなって思ったよ」
「愛想良くしていれば番長には見えないですからね。あの見た目に何人騙されてきたことか……」
「あはは……」
「けど、なんだかんだで真面目だよあいつは」
「真面目な人は生徒指導室の常連にならないですよ」
七美ちゃんが呆れながら言う。確かに姐さんはよく生徒指導室から出てくるところを見かける。まぁ、告ってきた男子投げ倒したり、窓から飛び降りたり、木に登ったりと、そりゃ呼ばれるだろうという行動ばかりしているのは確かだ。だけど私は知っている。あの人は優しい人だと。ちょっとやんちゃだけれど、強くてカッコよくて、優しくて可愛い。つまり最強なのだ。私はそんな彼女を尊敬している。多分、私だけではなく色々な人から尊敬されている。だからなんだかんだで先生達からも好かれているのだろう。実さんもきっと、そんな彼女だから好きになったのだろう。なんて言っても彼女はきっと『知りません。あんな女大嫌いです』とか言ってツンツンするだろうけど。あのツンデレっぷりが見れなくなるのは少し寂しいなと、改めて思ってしまった。
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