40話:二年一組

 今日から新学期が始まる。いつもの駅には、真新しい青商の制服を着た見慣れない顔の生徒がちらほら。去年の三年生が付けていた緑色のリボンやネクタイをつけている。新入生の学年カラーは前年の卒業生と同じ色となるため、彼らはうちの学校の新入生なのだろう。その中の一人が、私を見つけるとペコリと頭を下げた。彼女は部活の後輩だった海野うみのちゃんだ。下の名前は歌姫と書いて。苗字の海野と合わせるととなる。名前の由来は、海に住むローレライという美しい歌声を持つ人魚をもじったらしい。人魚ではなく天使だとか、人間だとか、色々な説がある。

 ちなみに、ローレライについて調べて見るとローレライが住むのは海ではなく川だった。歌姫であることは間違いないが、その美しい歌声に聴き惚れた人間達が舵を取り損ねて川底に沈むという縁起の悪い伝説がある。海にも似たような美しい歌声を持つ人魚がいて、そちらはセイレーンというそうだ。サイレンの語源でもあるらしい。こちらの人魚もローレライと同じく歌声で惑わせて人間を海に引きずりこむ悪魔だ。

 彼女は『改名したい』と口癖のように言っていた。15歳になれば保護者の許可が無くとも自分で改名手続きが出来るらしく、私もいくつか案を出した。


「お久しぶりです。咲先輩」


「久しぶり。れいちゃん」


「あ、そうそう。親がやっと折れてくれて、無事に名前が変わったんです」


「お。高校入学に間に合ったってこと?」


「はい。読みは今までと変わらずで、王偏たまへんに命令の令、では音楽のです」


 私が考えたやつだ。


「採用してくれたんだ」


「はい。ありがとうございました」


「いえいえ。良かったね」


 彼女を始め、同年代には難解な読み方をする名前の子がちらほら居る。同級生には真珠と書いてと読む子が居た。兄弟も全員、宝石の名前が由来らしい。

 もし私が親になる時が来たら、子供にはまともな名前をつけてやりたい。まぁ、レズビアンであるが故に、親になる日は来ないかもしれないけど。


「それにしても先輩、ズボン似合いますね」


「あぁ、ありがとう」


 冬の間だけズボンにしようと思っていたが、一度ズボンを穿き始めたらやはりこちらの方が楽だったため、去年の冬からずっとこのままだ。


「夏はスカートにすると思う。暑いし」


「そうなんですね。……ズボン穿いてる女子、多いですか?」


「そこそこ。その日によって変えてる子もいるよ」


「そうですか。なんか、ネット見てると、こうやって校則で許可されていても『LGBTに配慮して』の一言が引っかかって結局選べないって声も多いみたいで」


「まぁ……実際最初の頃は『ズボン穿いてるからLGBTなんだ』って決めつける馬鹿は居たけど……今はもうそんなこと言う奴は居ないよ。上級生にはね。新入生にはもしかしたら居るかもしれんけどそういう奴はただ単に無知を晒してる痛い奴だから気にしなくていいよ。放っておけばそのうち自分が間違ってることに気付くから」


「……咲先輩、なんだかちょっと雰囲気変わりましたね」


「えっ、そう?」


「はい。なんというか……大人の色気が出て来た気がします」


「色気って。なにそれ。口説いてんの?」


「い、いえ。そんなつもりでは」


「色気ねぇ……恋人が出来たからかなぁ」


「えっ。おめでとうございます」


「ありがとう」


「けど、驚きました。先輩、恋愛に興味あったんですね」


「うん。男には興味ないけど恋愛には興味あるよ」


「あっ……」


「今はもう隠してないから」


「……そうなんですね」


「そう。……あんま気を使わないでね。今まで通り接してくれれば良いから」


「はい。わかりました」


「話が早くて助かるよ」


 私はもう、自分がレズビアンであることを隠す気はないが、サラッと打ち明けた時の空気にはいまだに慣れない。まぁ、勝手に異性愛者と決めつけられるよりは断然マシなのだけど。


「じゃ、れいちゃん。またね」


「はい」


 彼女と別れて、自分のクラスを確認する。情報処理科は一組か二組。私のクラスは一組だ。なっちゃんと雛子の名前もある。雛子とは席が前後だ。それから、リーリエとその相方も。


「わ〜!まっつん!同じクラスだよぉ〜!見たぁ?」


「見た。一年間よろしくね。雛子」


「よろしくねぇ〜。けど、ほのちゃんと雫とは分かれちゃってる……しょぼん」


「はよ〜。おっ、雛子とまっつん同じクラスやん。よろ〜」


「えっ!あっ!本当だぁ〜!よろよろ〜」


 雛子となっちゃんと共にクラスに入る。すでに教室は賑やかだ。リーリエやなっちゃんを始め、騒がしい子が多い。なんだか賑やかなクラスになりそうだ。


「みんな席につけー。HR始めるぞー」


 入って来た教師は音楽部顧問の三崎先生だ。


「おっ。幸生くんだ」


「わ〜幸生先生担任なの〜?やった〜」


「こらそこの二人!三崎先生と呼びなさい!!日向はせめて先生をつけなさい!」


「え〜。先生とあたしの仲じゃん」


「誤解招くからその言い方やめてくれ」


「大丈夫大丈夫。あたし彼氏居るし、先生既婚者だし子持ちだし。友達としてはありだけどそれ以上は無いっすよ」


「友達じゃなくて教師と生徒!!」


 三崎先生に同情してしまう。


「全く……もう日向が号令かけてくれ」


「きりーつ」


 やはり賑やかなクラスになりそうだ。しかし正直、騒がしすぎて隣のクラスが少しだけ羨ましくも思えた。

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