74話:悲劇から生まれた希望

 ロミオとジュリエットを見て、私はふと昔見た悲しい心中事件の記事を思い出した。


 未来さんが卒業してから、私は死を望んだことがある。その希死念慮は、それほど強いものでは無かったけれど、少なくとも周りの友人達が軽々と口にする「死にたい」よりは強いものだったと思う。レズビアンと調べたら出てくるAVや、それを見て未来さんのことを想像してしまう自分への嫌悪感、GLやBLが好きな友人達に『リアルな同性愛は引く』という何気ない言葉に対する苛立ち、それに対して何も言い返せずに笑って話を合わせてしまう自分の情けなさ——そんなストレスが少しずつ溜まって、いつしかぼんやりと希死念慮を抱えるようになっていた。

 救いだったのは、レズビアンとして生きる人達の動画やブログがネット上に転がっていたこと。GLも救いではあったけれど、たまに友人達の言葉が蘇る。そんな時はリアルなレズビアンの動画を見る。彼女達の存在が私の希望そのものだった。だけど、いつしか癒しは妬みに変わってしまい、逆にストレスになるようになってしまった。


 そんなある日のこと、私はインターネットで、とある事件の記事を見つけた。

 それは、今から二十年以上前、一組の女性カップルが遺体で見つかった事件。遺書が残されており、そこには、自分達の恋を否定する世間に対する恨みつらみと、二人が心中するに至った経緯が書かれていた。読むのが辛いくらい呪いがこもった文だったけれど、引き込まれるように最後まで読んだ。

『私達が逃げたところで、国は変わらない。どうせ逃げるなら、せめて、差別の蔓延るこの国に一矢報いてやりたかった。未来のために。だから私は死ぬ。愛する人と一緒に。この世界を呪いながら』

 という部分が印象的で、亡くなった二人の強い意志を感じた。

 遺書は『私の死を哀れむ大人達へ』と題してこう締めくくられていた。


『世界が変わらなければ、この先私のように死を選ぶ同性愛者は居なくならないだろう。私のことを少しでも哀れむ心があるのなら、世界を変えてほしい。同性を愛する人達に、異性を愛する人と同等の権利を与えてほしい。いや、むしろ、寄越せと言いたいくらいだ。

 それが叶わない限りは、きっと、悲劇は繰り返されるだろう。

 哀れみなんて要らない。どうしたら救えたのかなんて無駄な議論をする暇があるのなら、どうか私が描いた悲劇を、呪いを、希望満ち溢れる物語に繋げてほしい。それでも踏みにじりたいのなら、呪い殺される覚悟くらいはしておいてほしい』


 あれを読んでから私は、気軽に死にたいなんて言えなくなった。『死ぬのは私達だけで充分だから、どうかあなたは生きて。私達の意志を継いで世界を変えて』と言われた気がしたから。

 その時はセクシャリティをオープンにするまでには至れなかったけれど、生きる理由にはなった。このまま黙って差別に殺されてたまるかと思えるようになった。そして結果的に今、同じ想いを抱える仲間に出会い、居場所が出来て、大好きな人が恋人になって、私は堂々とレズビアンで居られる。


「まっつん、おーい、まっつん」


「……はっ……ごめん。余韻に浸ってたわ」


「もー。しっかりしてよ」


「こなっちゃんに言われたらおしまいだな」


「けど、余韻に浸りたくなる気持ちも分かりますわ。素晴らしい演技でしたものね。月島さん」


「実ちゃんがモデルなんだよね?あれ」


「……わたし、あんな病んでないわよ」


「病んでたけどなぁ」


「貴方ほどじゃないわよ。柚樹」


「どうだか」


 と、先輩達と私たちが盛り上がる中、一年生達は終始無言。七希くんはいつものことだけど、他の三人が静かなのは珍しい。


「緊張してる?」


「そりゃしますよ。クラスメイトも見てますし」


「姉ちゃんも見てるしね……」


「……三船みふねさんに見られてると思うと吐きそう」


「お。れいちゃんの気になる人?」


「はい……」


「なになにー?れいちゃんの彼女ー?」


 雛子が楽しそうに話に乱入してきた。


「ま、彼女じゃないです!」


「んふふ。いつ告るの?」


「うー……」 


「……」


 女の子が女の子を好きになる。国全体で見たらそれは普通ではなくて、差別されている。だけど、少なくとも私の周りではもう、それは特別なことではない。異性愛者となんの変わりもない普通の人として扱ってくれる。

 死ぬことで絶望と憎しみを訴えた彼女達の望んだ未来はまだやってこない。だけど、貴女達の起こした悲劇は決して無駄ではなかったと、私は彼女達に伝えたい。彼女達の顔も名前も、お墓の場所も分からないけれど。


「まっつん。おーい、まっつん」


「ごめん。今行く」


「大丈夫?」


「大丈夫」


 ベースを持って、舞台に立つ。座って見守る彼女と目が合い、微笑まれ、手を振られる。手を振り返す。可愛い。愛おしい。守りたい。抱きしめたい。キスしたい。ずっとそばに居たい。心臓が、彼女への恋情を激しく主張する。中一のころからもう四年近く抱いてきたこの想いは、決して一過性のものでも、憧れでも、恋に対する恋でも無い。間違いなく、あの人に向けられる恋心だ。一度は自分ごと否定しかけた。だけど、私はもう二度と惑わされたりしない。


「それでは聞いてください。『恋情』」


 去年作った曲は私から未来さんへの私信のようなものだったけれど、今年は違う。恋情をテーマに、私だけではなく、さまざまな人の恋を参考に作った。

 誰が誰を愛しようとも、それはその人の勝手。関係ない人間が口出すな。そんな苛立ちをメロディに乗せてなっちゃんが歌い上げる。これは同性愛者である私や加瀬くんの歌であると同時に、彼氏が女性の格好をしていることにあれこれ言われるなっちゃんの歌でもある。それと、性愛を伴う恋愛が出来ないという静さんの想いも込められている。

 この曲は、恋い慕う個人が居る全ての人達に向けた曲だ。柚樹さんのような、誰にも恋心を抱かない人は今回は除外されてしまうけれど、いつか恋愛をしない自由を訴える曲も作ってみたい。


『君が作った曲、もっと色んな人に聞いてほしい。君はやっぱり、プロになるべきだよ』


 未来さんは去年の卒業式の日、そう言ってくれた。あの日からもう、私の目指すべき道は決まった。私達のようなマイノリティに向けた曲を作って発信し続ける。名も知らない彼女達の悲劇を二度と繰り返さないために。彼女達が夢見た希望の未来をいつか実現するために。ロミオとジュリエットの死が両家の和解に繋がったように、名も知らぬ彼女達の悲劇がいつか報われることを願って。

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