11話:ずっと好きな人

「未来さん遅いなぁ…」


 地下鉄の出口の下で蝉の煩わしい鳴き声を聞きながら、恋人が待ち合わせ場所に来るのを待っているが、待ち合わせ時間を過ぎてもこない。いつも5分前には来ているのに。何かあったのだろうかと連絡を入れると『私ももうとっくに着いてるよ』と返ってきた。あたりを見回すが、居ない。


『地下鉄の一番出口出たところにいるけど…』


 そのメッセージを見て、私が待ち合わせ場所を間違えていたことに気付く。私が出てきたのは三番出口だ。間違えたことを伝えると『じゃあ私がそっちに行くから待ってて』と返ってきた。大人しく待っていると、ふと聞き覚えのある声が聞こえてきた。声の方に目を向けると、三人の男性に囲まれて不機嫌そうな顔をしている一人の女性と目が合う。部活の先輩の一条実さんだ。駆け寄り、男性との間に割って入る。


「すみません。この人私の連れなんで。行こ、実さん」


「…えぇ」


 取った彼女の手も、小さな返事も震えていた。怯えているようだ。それもそうか。こんな得体の知れない男性に囲まれて、普通の女の子なら怖いに決まっている。


「待ってよ。ちょっとくらいさ。ね?」


 逃げようとすると、男性の一人に腕を掴まれて止められた。何がちょっとくらいだ。怯えているのが見てわからないのかクズめ。


「離してください」


「いいじゃん。友達も一緒にさ」


「何も良くねぇよ。離せっつってんだろクソが」


「おっと怖い。そんな怒らないでよ。可愛い顔が台無しだよ?」


「ちっ……」


 ふと、駅から未来さんが出てくるのが見えた。私を探すようにきょろきょろとして、私と目が合うとおろおろとし始めた。そんな彼女に一人の少女が声をかける。未来さんがこちらを指さすと、少女はめんどくさそうにこちらに向かって歩いてきて、私の腕を掴む男性の手を切り離すように叩いた。男性の手が外れると、少女は私達を庇うように前に立つ。


「うわっ、めちゃくちゃ可愛い子来た」


「君も彼女達の連れ?」


「うっせぇ。私は今機嫌が悪いんだよ。怪我したくなかったらとっとと仲間連れて消え失せろ」


 少女は不機嫌そうにそう言って追い払うような仕草をする。その生意気な態度が気に入らなかったのか、男性の一人が彼女の手首を掴んだ。その瞬間、ぐおんっと男性が宙に浮いて地面に叩きつけられる。少女は倒れた男性の胸ぐらを掴んで起こし不機嫌そうに「聞こえなかったのか?仲間連れてさっさと消えろって言ったんだよ」とドスの効いた低い声で囁いた。投げられた男性はこくこくと素早く頷き、仲間を連れて尻尾を巻いて逃げて行った。


「…あんた、その人守ろうとしてくれてありがとね。私の連れなんだわ。あんたの連れは向こうで心配してたよ。早く行ってあげな」


「…」


「…どうした?怖くて動けなくなった?」


「かっけぇ…」


「あ?」


「めちゃくちゃかっこよかった!君、名前は!?高校生!?何年生!?どこ高!?」


「…青山商業高校一年の月島満」


「青商一年って…」


 そういえば兄貴達がと呼んでいる女の子が私の同級生に居ると鈴木くんから聞いていた。兄貴曰く、は見た目はめちゃくちゃ美少女なのにクールで、強くてカッコよくて…とにかくカッコいいと興奮しながら連呼していた。ふーんと思いながら、多少引きながら聞いていたけど、今なら兄貴の気持ちがわかる気がする。


「姐さん…ですよね?」


「…あ?」


「私、松原咲って言います。姐さんと同じ青山商業一年。マツの妹っす!」


「…あー…マツの…そういや妹が同じ学校通ってるって言ってたな…」


「兄貴がいつもお世話になってます!」


「…お、おう」


「…貴女、松原さんのお兄さんから姐さんって呼ばれてるの?」


「…別に呼ばせたわけじゃないっすよ。あいつらが勝手に呼んでるだけで。てか、実さんはこいつと知り合いなんすね」


「部活の後輩」


「あぁ、そういうことか。ふーん…」


「さ、咲ちゃん!大丈夫!?怪我してない!?」


 未来さんが駆け寄って来て、私を抱きしめる。


「私…怖くて動けなくて…ごめんね…本当なら、咲ちゃんは私が守らなきゃいけないのに…情けない先輩でごめんね…」


 私の胸に顔を埋めて震えながらぽつりぽつりと呟く彼女を抱きしめ返す。


「大丈夫だよ。姐さんが助けてくれたから」


「うん…良かった…。って…姐さん?」


「うん。ほら、前に冴さんが言ってた子。鈴木くんの友達」


「あ…咲ちゃんのお兄さんの…」


 私を離し、ありがとうございますと姐さんに頭を下げる未来さん。


「どういたしまして」


「…ところで姐さん、実さんと知り合いだったんですね。意外な組み合わせ」


 実さんは孤高の人という感じで、バンドメンバー以外と関わっているところをあまり見た事が無い。私のところのキーボード担当——私の同級生の財前美麗というお嬢様。私は美麗さんと呼んでいる——は積極的に彼女に絡みに行っているが、いつも態度は素っ気ない。お嬢様な実さんは姐さんのようなやんちゃなタイプとは無縁そうだが…どういう経緯で仲良くなったのだろう。


「…この子、私のファンなの。それだけの関係よ」


「…まぁ、そういうことにしておいてやるか」


「何よ」


「別にー。じゃあな、咲ちゃん。私行くわー。これからデートでしょ?頑張ってねー」


 ばいばいと手を振りながら、姐さんは実さんを連れて去っていく。なんだか意味深な関係だ。気になるが、あまり触れてほしくないように見えた。そっとしておいた方が良さそうだ。


「…可愛くて、カッコいい人だったね。姐さん」


 未来さんが腕の中でぽつりと呟く。


「そうだね。めちゃくちゃカッコ良かった」


「…咲ちゃんを守るのは私の役目なのに。情けない」


「…未来さんは姐さんに対して助け求めてくれたじゃん。人見知りなのに」


「…助けてって言えたのは、あの子の方から声かけてくれたから」


「それでも充分ですよ」


「…充分じゃない」


「充分ですよ」


「…充分じゃないよ」


 身体に回された腕に力が篭るのを感じた。なんだか様子が変だ。


「…どうしたの?未来さん」


「…あの子、カッコ良かった」


「うん。カッコ良かったね」


「…私は…君を守れずに怯えてた。情けない」


「…もうそれは良いってば。未来さんは頑張ってるよ。誰だって怖いよあんなの。なかなか助けにいけないよ。そんなに自分を責めないでよ」


「…あと、多分、今、私、やきもち妬いてる」


「やきもち?」


「…咲ちゃんが、あの子に、惚れちゃったら、勝てないなって…思って…ます」


 ぽつりぽつりと途切れ途切れに呟く未来さん。なんだそれ。思わず笑ってしまうと、彼女はムッとして顔を上げた。


「ごめんごめん。未来さん、素直で可愛いなぁ…そういうところ好き。可愛い。大好き」


 私は彼女と会ったときから、三年前からずっと片想いをしていた。ずっと。


「確かに姐さんのことはカッコいいと思ったけどさ、未来さんの可愛さには勝てんよ。誰も」


 会えなかった間も、ずっと彼女のことを考えていた。他の女の子を好きになりかけたことはあったけど、それは彼女の影を重ねていただけだった。

 私はずっと、未来さんが好きだった。今も好きだ。そしてきっと——


「未来さんが分かるまで、不安にならないように、たくさん伝えるよ。だから、これからも覚悟しておいてね」


 この先も、私はずっと彼女に恋し、彼女を愛し続けるだろう。

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