30話:初めてのクリスマスイブ(side:未来)

 12月24日。今日はクリスマスイブ。


「おかえりなさいませ。お嬢様」


 咲ちゃんに行きたい場所があると言われてやってきたのはメイド喫茶。入ると、赤と白を基調としたクリスマスカラーのメイド服を着たメイドさん達が出迎えてくれた。


「メイド喫茶って初めて来た」


「私もです。クリスマス限定メニューがあるんですけど、それ食べたくて」


 彼女が指差したのはパンケーキの上に、イチゴと生クリームでサンタクロースを模した飾りが乗っている写真だ。イチゴを半分に切って、尖っている方を帽子、余りを胴体に見立てて間に生クリームで顔を作っているようだ。


「可愛い!」


「でしょでしょ。二人で半分こね」


 オムライスを二つ、食後にクリスマス限定のパンケーキを一つ注文する。

 運ばれてきたオムライスにはメイドさんがケチャップでハートを描いてくれた。

 それにしても、メイド喫茶といえばミニ丈のイメージだったが、ここのメイドさん達はみんなロング丈で上品な雰囲気がある。


「……」


「ちょっとぉ〜何よ〜メイドさんばっかり見て〜」


「……咲ちゃんに似合いそうだなと思って」


「……メイド服が?」


「うん」


「……えぇ……?」


「可愛いと思う」


「こういうのは未来さんの方が似合うと思うけどなぁ」


「……そうかなぁ」


「まぁ、未来さんは何着ても似合うんですけど。存在が可愛いんで。"可愛い"の擬人化です」


「……大袈裟だなぁ」


「大袈裟じゃないよ。可愛い」


「……もう」


 ふと、一人のメイドさんと目が合う。月島さんによく似た可愛らしい女の子だ。何か用事があるのかと思ったのか「何か御用ですかぁ?」と駆け寄ってきた。


「あ、えっと……ごめんなさい。知り合いに似てるなと思って」


「ほんとだ。姐さんに似てる。てか……本人……?」


「……違いますよぉ〜」


 明らかに間があった。


「……」


「……」


「……」


 数秒の沈黙の後、スッと彼女から笑顔が消える。


「分かってるよな?咲ちゃん」


「う、うっす……」


 ドスの効いた声で咲ちゃんを脅した後、すぐにニコッと笑って「しー。ですよ」と可愛い声で言って人差し指を唇の前に立てた。


「は、はい……誰にも言いません」


「約束ですよ。お嬢様」


「うっす……」


「すみませーん」


「はぁーい。今行きますぅー」


 他の客から呼ばれ、猫撫で声で返事をして客の元へ行く月島さん。流石演劇部。普段とは別人だ。


「……私達はやばい秘密を知ってしまったかもしれない」


「でも、メイド服似合うね。月島さん。可愛い」


「私とどっちが可愛い?」


「咲ちゃんの方が可愛いよ」


「えへー」


 可愛いと言われてニヤける咲ちゃん。私よりしっかりしていて、たまに年下であることを忘れそうになるけれど、こういうところは子供っぽくて可愛い。


「お待たせいたしました。クリスマスパンケーキです」


「「可愛いー!」」


 運ばれてきたパンケーキを見て、咲ちゃんと声が重なってしまい、顔を見合わせてどちらからともなく笑い合う。


「食べるのもったいないね」


「とりあえず写真撮ろう」


「うん」


 パンケーキ全体が映るようにして、二人で自撮りをしてからナイフとフォークを持つ。どこから手をつけたらいいのか悩んでいると、咲ちゃんはイチゴのサンタクロースを手で掴んで躊躇いなく口に放り込んだ。


「生クリーム美味っ……」


「あぁっ……サンタさん……」


「まぁまぁ、フォークで刺さなかっただけマシでしょ」


「……可哀想だから帽子だけ食べるね」


 サンタクロースの帽子だけをフォークで突いて口に運ぶ。生クリームの甘さとイチゴの酸味のバランスが絶妙だ。


「胴体も食べてやってよ。ほら、あーん」


 帽子をなくしたサンタクロースを摘み、私の口元へ運ぶ咲ちゃん。目を閉じて口を開け、中に放り込まれたものを味わう。


「サンタさん、私が全員食べちゃっていい?」


「駄目。半分こ」


「結局食べるんじゃん」


「咲ちゃんだけに罪を背負わせるわけにはいかない……」


「罪って。重いなぁ」


 計八体のサンタクロースとパンケーキを二人で半分ずつ分け合い、それからしばらく談笑して二時間ほど時間を潰した。

 店に入ったのが午後二時で、気づけば四時。イルミネーションまではまだ時間があるが、あまり長居すると迷惑になってしまうので店を出て外で時間を潰すことに。

 いつものデートのようにショッピングモールで買い物を楽しみ、そして日が落ちてきた頃に再び外に出ると、街の電飾が全てライトアップされていた。イルミネーションに照らされながら、粉雪がパラパラと降り注ぐ。地面はにはうっすらと雪が積もっていた。


「……ホワイトクリスマスですね」


「……うん」


 雪自体珍しいこの地域で、何年かぶりのホワイトクリスマス。恋人と過ごす初めてのクリスマスがホワイトクリスマスだなんて。少しロマンチックだ。


「未来さん、私ね、クリスマスプレゼント用意したんですよ」


「私も用意したよ」


「じゃあ、せーので出そうか」


「うん」


 近くのベンチに座り「せーの」で同時にカバンからプレゼントを出す。私のは袋、咲ちゃんのはちょっと高そうな長方形の箱。


「開けますね」


「うん。私も開けるね」


 箱を開ける。中身は銀色の勾玉のような形の飾りがついたシンプルなネックレスだ。


「うわっ!可愛い!」


 私からのプレゼントはカピバラを抱き抱えて座っている、手のひらサイズの犬のぬいぐるみ。ちょっと子供っぽいかと思ったが、ぬいぐるみを見る彼女の目はきらきらしている。そしてそのキラキラした目を私に向けて「ありがとう」と笑った。


「……それ、手作りなんだ」


「えっ!マジで!?すげぇ!」


「咲ちゃんをイメージして作ったの」


「なるほど。犬っぽいってよく言ってますもんね。……ってことはまさか、犬が大事そうに抱えてるこのカピバラの赤ちゃんみたいなやつは未来さん?」


「……前に君が私のことカピバラみたいって言ってたから」


「ふふ……そっくり」


「似てるかなぁ……」


「似てますよ。のほほんとした感じが。ふふ。名前、どうしようかなぁ……んー……あ、ブルムとフューで」


「ブルムとフュー?」


「犬がブルムで、カピバラがフューです」


「……あ、もしかして、bloom未来futureからきてるの?」


「……安直すぎますかね」


「ふふ。良いと思う。二匹とも大事にしてあげてね」


「はい」


「それで、咲ちゃんがくれたこのネックレスは何がモチーフなのかな。勾玉?」


「ふふ。それはね……」


 にやにやしながらカバンの中から箱を取り出す咲ちゃん。箱の中から出てきたのは似たようなネックレス。飾りを私のと合わせると、ピタリとハマってハートの形になった。


「ペアネックレスです。合わせるとハートになるんだ」


「なるほど……ハートのかけらだったんだ」


「片割れは私が持っておくので、未来さんもそれ、大事にしてくださいね」


「……うん。ありがとう。大事にするね」


「ふふ。次のデートの時、つけてきてね」


「うん」


 それから二人でイルミネーションを見て、咲ちゃんに家まで送ってもらった。


「じゃあ、またね。咲ちゃん」


「……」


「咲ちゃん?」


 彼女に背を向けて家に入ろうとすると、袖を引かれて引き止められた。どうしたのと聞くと「今日、一回もチューしてない」と拗ねるように唇を尖らせて呟いた。


「……ちょっと、寄ってく?」


「……うん」


 忘れ物を取りに来たと家族に言い訳をして、彼女を部屋に招き入れる。

 扉を閉めて座ると、彼女は甘えるように抱きついてきた。背中に腕を回して抱きしめ返す。


「嘘つく必要あった?」


「来てすぐ帰ったらなんか、変かなと思って」


「あぁ、たしかに」


「……」


「……」


 数秒沈黙して、胸に頭を埋めていた彼女が顔を上げた。見つめ合う。目を閉じて待っていると、頭の後ろに手が添えられ、唇が触れ合う。離れたところで、目を開ける。まだ全然足りないと言いたげな顔が視界に入る。


「……今年会えるの、今日で最後だから。もうちょっと、させて」


「明日からは忙しくなるの?」


「……うん。バイトと部活でね」


「そっか。じゃあ……いっぱいしていいよ」


「……じゃあ、一週間分しますね」


 唇が重なる。離れる。重なる。離れる。

 息継ぎを挟みながら、何度も繰り返す。

 床に置いた手に、彼女の手が重なる。指が絡んで、愛おしそうに愛撫する。右手は頭を優しく撫でる。好きだよ、愛してると、言葉にしなくても指先から伝わる。


「……未来さん」


 熱っぽい声で私を呼ぶ。年下ということを忘れてしまうほどの色気に、酔ってしまいそうになる。


「……咲……ちゃん」


「……まだ、四日分しかしてないよ。あと三日分。頑張って」


 息を切らしてきた私に意地悪っぽく囁いて、キスを続ける。


「……も……もう……いい?」


 かれこれ何分しているのだろう。分からないけれど、明らかに一週間分はもう超えている。


「……あと二日分」


「一日に……何回……する……計算……なの……?」


「……ノーコメントです」


「ずるい……」


「……疲れてきた?」


「疲れた……というか……やめないでほしく……なっちゃう……」


 すると、ぴたりとキスの雨が降り止んだ。


「……それは、困っちゃいますね。帰れなくなっちゃう」


「……うん。だからもう、今日はおしまいね」


「……はい」


「……足りない分は、ハグで補ってあげよう」


 彼女を抱きしめる。


「……補えました?」


「……むしろ溢れちゃいました」


「ふふ……そっか」


「……今日は大人しく帰りますね」


「うん。送るね」


「玄関まででいいよ。もう暗いから」


「うん」


 彼女を離して、玄関まで見送る。


「またね。未来さん」


「またね。咲ちゃん」


 こうして、初めての恋人と過ごす初めてのクリスマスイブが終わった。


 就寝前にスマホを確認すると、彼女からメッセージが届いていた。


『今日はありがとうございました。来年のクリスマスも、また一緒にイルミネーション見に行こうね』


 少し間を置いて『約束ですよ』と締め括った。


「……うん。約束」


 なるべく間を空けずにすぐにそう返して、眠りについた。

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