49話:雛子の失恋
7月に入ったばかりのある日のこと。
「おはよう〜」
「お、おはよう……」
挨拶をしながら入って来た雛子を思わずクラス全員が二度見する。
「……えっ。今の雛子の声帯から出た声?どこのおっさんかと思ったわ」
沈黙の中、なっちゃんがクラスメイトの心の声を代弁した。普段の雛子の声は可愛らしいアニメ声だ。作っているとよく言われているが、地声らしい。
しかし、今朝の雛子の声は顔に似合わない枯れ果てた声だ。おまけに目元が腫れている。泣き腫らしたのだろうか。
「昨日ねぇ……失恋したんだぁ……で、カラオケで叫びすぎちゃって……これはこれでギャップがあって可愛いかなぁ」
雛子は視線を浴びながら席について、前の席の私に、声が枯れている理由を私に説明して、今にも泣き出しそうな顔で笑う。
近くで話を聞いていたなっちゃんがスッと、彼女の机にチョコレートを一つ置く。他のクラスメイト達も次々と彼女の机の上にお菓子を置き始めた。
私もそっと、今朝買ったばかりのはちみつレモンのジュースをお供えする。もちろん、未開封。
雛子は泣きながら山積みのお菓子を開け、ものすごい勢いで食べ始めた。
「……失恋って、例の人?」
「うん。……恋人居る人だから、言うつもりはなかったんだぁ……けど、恋人が浮気してたって愚痴聞かされてさぁ……つい言っちゃったの。『そんな人別れて、ヒナと付き合ってよ。そんな奴よりヒナの方が先輩のこと大切に想ってるよ。ヒナは浮気したりしない。先輩だけを大事にする』って」
「雛子かっけぇな」
「ありがとー。……でも、駄目だった。『ごめん。私、女の子は恋愛対象として見れない。でも、凄く嬉しい。雛子が男の子だったら良かったのに』って。泣きながら言われてさ……泣きたいのはこっちだよぉ……」
「……学校終わったらやけ食いしに行くか」
「昨日したからもういいよぉ。雫とほのちゃんが付き合ってくれて……ラーメン一杯しか食べられなかったけど」
「いや、一杯で十分だろ。普段どれだけ食ってんだよ」
なっちゃんが苦笑いする。雛子は元々大食いだ。別にそれを隠すこともしていない。『大食いの女って男ウケ悪いよ』と嫌味を言われた時は『男ウケ気にして少食アピールするより美味しそうに食べる女の子の方が絶対可愛いと思う』と言い返したらしい。雛子は喋り方や一人称のおかげでぶりっ子だと思われがちだが、逆だ。他人に媚ずに自分の意見をはっきりと言う。私も最初はぶりっ子っぽくて苦手だと思っていたが、接するうちに好きになった。恋愛的な意味ではなく、人として。
「性別を理由にフラれて、すっごく辛かったけど……それは仕方ないことだとは思うんだよね……まっつんだって、未来ちゃん先輩が男の子だったら恋してなかったでしょ?」
「うん。そうね。男の子でも天使であることに変わりはないけど、恋愛対象としては見れないと思う」
小桜さんや未来さん、それと佐久間先輩のように、男性でも女性でも恋愛対象になる人が居るのも事実ではあるが、私と雛子と鈴木くんは違う。男性であるというだけで、恋愛対象から外れる。稀に、同性愛者だけど例外として恋愛対象となった異性が居るなんてケースもあるらしいが、それはあくまでも例外の話。
基本的に私たち同性愛者は同性しか恋愛対象にならないし、異性愛者は異性しか恋愛対象にならない。性別を理由に告白を断ること自体は、差別では無い。
分かっていても理不尽だと感じてしまうのは、世の中には圧倒的に異性愛者の方が多いからだろう。
クラスメイトの中で恋人が居る生徒の大半が、異性と付き合っている。クラスの中で同性の恋人が居るのは、私が知る限りは私だけだ。だからといってその全員が異性しか愛せないとは限らないのだけど。
「……よし。女が恋愛対象になる女集めて合コン開くか」
なっちゃんが提案する。彼女は異性愛者であり、恋人が居る。去年同じクラスだった森くんだ。スカートがよく似合う可愛い男の子。彼も同じく、異性愛者。トランスジェンダーでもない。スカートを穿くのもメイクをするのも、自分が好きだから。女性になりたいからではない。
なっちゃんは、そんな彼の見た目と中身のギャップがたまらなく好きらしい。
「いいよぉ……今はまだ誰も好きになれる気がしないから……恋をするのは……ちょっと、疲れちゃったからお休みしたい」
「……そうか。余計なお世話だったか」
「ううん。ありがとう。……みんな優しいね。ヒナ、この学校に来て良かった。このクラスで良かった」
そう言って、雛子はまた泣き始めてしまった。今日はもうこれ以上気を使わない方が良いだろう。そう判断して、そっとしておくことにした。
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