25話:文化祭一日目

 翌日。文化祭一日目。


「どこから行きますか?未来さん」


「とりあえず……小桜さん達のところかな」


「一組ですね」


 一年一組が出しているのはスムージーの専門店だ。未来さんを連れて向かう。女性二人組が商品を受け取って手を繋いで歩いていく姿が見えた。


「……カップルさんかな」


「っぽいですよね」


「だよね」


「いやはや、てぇてぇですなぁ……」


「うわっ、びっくりした」


 ぬるっと会話に参加してきたのはクラスメイトのリーリエこと白井りりえと、彼女とよく一緒に居る姫ちゃんこと百合岡ゆりおか姫花ひめかだ。


「……咲ちゃんのお友達?」


「クラスメイトとその相方」


「白井りりえです。こっちは相棒の姫花」


百合岡ゆりおか姫花ひめかです」


「笹原未来です」


 繋がれた私たちの手を見てから私たちの顔を見てニヤニヤする二人。


「ニヤニヤすんなよ」


「いやぁー……」


「ありがとうございます」


「拝むな拝むな」


 彼女達とは百合が好きという共通点で繋がった。中学時代のことがあったから最初は警戒していたが、彼女達は違う。同性愛者が現実にいることをちゃんと理解している。鈴木くん達のことを知ったからかもしれないが。


「じゃ、お二人の邪魔しちゃ悪いから私たちはこれで」


「じゃあねー」


 去っていく二人。背中が遠ざかっていくのを見て、未来さんはふぅとため息をついた。


「ごめんね。騒がしくて」


「ううん。大丈夫」


「次どこ行く?」


「そうだねぇ……」


 それから、他愛もない話をしながら校内を一緒に見て周る。時間はあっという間に過ぎていく。


「そろそろ私仕事だから」


「うん。頑張ってね」


 私達のクラスは焼き鳥屋。販売場所は外だ。急いで向かってクラスメイトと交代する。


「タレ三本ください」


「はーい」


「塩2本」


「少々お待ちください」


 思ったより賑わっている。受け付けは大変そうだ。焼く方にまわって良かった。


「松原さん、安藤先輩の妹見た?」


「安藤先輩って、空美さん?見てないけど……」


「さっき先輩と一緒に来たんだけどさ、めちゃくちゃ可愛かったよ」


「まぁ、先輩の妹なら可愛いだろうね」


「あたし、それよりあのって呼ばれてた男の子が気になって仕方ないんだけど。めちゃくちゃ可愛くなかった?女顔でさー」


「あの子月島さんの弟だよ」


「は!?月島さん!?月島さんって演劇部の!?」


 どうやらさっきまで姐さんの弟が来ていたらしい。見たかった。


「私の弟がどうかした?」


「うわっ!出た!天使の皮被った鬼!」


「うるせぇ。私は客だぞ。ほら、早く焼け。塩一本な」


「お客様は神様だとか自分で言い出すタイプのクソ客じゃん」


「うるせぇ。はよ焼け」


 受け付けの加賀かがくんと憎まれ口を叩き合う姐さん。同じ部活だからなのか、仲良さそうだ。


「月島も弟みたいにおとなしかったらなぁ……」


「可愛いだろ。私の弟」


「弟の方が可愛い」


「並ぶことはあっても超えることはねぇだろ。だってこの顔だよ?」


「……顔が可愛いのは否定出来ないのが悔しい」


「デレんなよ。きめぇな」


「どう返せば正解なんだよ!」


 聞こえてくる会話に苦笑いしてしまう。


「……加賀って絶対月島さんのこと好きだよね」


「それな」


「ねぇよ。つかこいつ、男に興味ないらしいし」


 ひそひそ聞こえる会話を苦笑いしながら否定する加賀くん。


「うん。無い」


「女が好きなの?」


「……どっちかといえばそうだと思う。恋とかはよく分からんけど」


 サラッと答える姐さん。


「……サラッと答えるんだ」


「別に隠す必要ないだろ今更。てか、言っておいた方が勘違いされること減って楽だし。まぁ、それでも言い寄ってくる馬鹿は居るんだけどさ。『男の良さを知らないだけだ』とか言って」


「うわ……本当にそんなこと言うやついるんだ……キモ……」


「そりゃ投げ飛ばしたくもなりますわ」


 頷くクラスメイト達。男子達も一緒になって頷いていた。


「まぁでも、そうやって見下してくる相手を見下す瞬間が最高に気持ちいいんだよなぁ……」


 昨日のリレーの時と同じ狂った笑みを浮かべる姐さん。美少女には似合わない悪魔の微笑だが、不思議と、その見た目と表情の不釣り合いさが妙な色気を放つ。踏まれたいという男子の気持ちが少しだけ分かってしまうような気がして、一瞬開きかけた扉を慌てて閉じた。




 仕事を終えて体育館へ向かう。この後は未来さんと合流して、演劇部の演劇を見る約束をしているのだが、少し長引いてしまった。


「やべえ遅刻する」


「なんで加賀くんギリギリまで仕事してんだよ。早めに抜ければ良かったのに」


「めちゃくちゃ忙しかったから言い出しづらくてさぁ……」


「誰も責めたりしないのに」


「そうなんだけどさぁ……松原は同じ状況だったら言えた?」


「そもそも私はギリギリまでシフト入れない。なんでずらさなかったのよ」


「……うっかりしてた」


「気づいた時に言い出すべきだったね」


「ごもっともです……」


 体育館に入る。


「加賀くん。ギリギリだねぇ」


「す、すまん……」


「大丈夫だよ。ギリギリだけど間に合ったから。ギリギリだけどね」


 加賀くんは鈴木くんに嫌味を言われながら舞台袖に入って行った。

 未来さんの姿を探す。「松原さーん」と、未来さんではない女性の声が私を呼んだ。声の方を向くと、空美さんが手を振っていた。隣で未来さんも控えめに手を振っている。


「お仕事お疲れ様。咲ちゃん」


「ずっと空美さんと居たの?」


「うん。たまたま会って」


 それにしても、空美さんの隣に居る女の子、どことなく空美さんに似ている。


「妹ですか?」


「あぁ、うん。そう。妹の七美ななみと弟の七希ななき。双子なんだ。で、この子は満ちゃんの弟のポチ」


月島つきしまあらたです。みんなからはポチって呼ばれてます」


 人懐っこい笑みを浮かべる新くん。なるほど。確かに可愛い。


「なんでポチなの?」


「小型犬だからです」


 真顔で答える七希くん。「姉は狂犬ですけどねー」と七美ちゃんが続けた。


「確かに姉ちゃんはちょっときついところあるけど……本当は凄く優しい人なんですよ」


「知ってるよ。優しくてカッコいいよね」


「そうなんです!俺の姉ちゃんは強くて可愛くて、カッコいい人なんです!」


 目を輝かせる新くん。呆れるように苦笑いする双子。

 しかし、確かにこんな弟が居たら可愛がりたくなるのも分かる。


「あ、そういえば、動画って撮ってもいいのかな。俺、ルミさんに頼まれてるんだけど……」


「ルミさん?」


「望くんのお姉さん。二組の星野望くん。知らない?」


「あぁ、知ってます。……ん?星野ルミって……」


「うん。そう。声優の星野流美さんと同姓同名なんだ。字まで一緒なんだよ」


「へぇー……」


 一瞬まさかと思ったが、流石に本人なわけないか。


「有名な声優さん?なんか名前聞いたことある気がする」


「ミューズの九里くざとふじ役です」


「あぁ、藤さんかぁ……」


「最近は結構バラエティにも出てるよ」


「そんなに有名な人なんだねぇ……」


「演技も歌も上手いし、トークも上手いからね」


 と、雑談をしているとアナウンスが流れ、舞台のブザーが鳴って幕が上がった。




「じゃあ未来さん、行ってきますね」


「うん。頑張ってね」


 演劇部の劇が終わったところで未来さん達と別れて、舞台前にいるメンバー達と合流して舞台袖へ。


「王子、マジ王子だったね」


「緊張して何も覚えてない」


「大丈夫?こなっちゃん」


「クロッカスの前座だと思うと……もう……」


「しっかりしろー」


 緊張で震えるこなっちゃんを叩いたのは炎華だ。


「大丈夫だよ。ぼくらが会場あっためといてあげる」


「ヒナはむしろわくわくしてるよぉ〜」


 ぴょんぴょんと跳ねる雛子。デルタの出番は私達の前だ。そして私達あまなつが続いて、トリに先輩達。先輩達は二年目で、技術は言わずもがな知名度も高い。この学校のみならず、校外にも名前が知れ渡っている。デルタの三人は結成一年目にも満たないが、全員幼少期から楽器をやっていて個々のレベルが高い。幼馴染ということもあって息もぴったりだ。それに比べて私達はほとんどが初心者。リーダーのなっちゃんに至っては楽譜も読めなかったくらいだ。技術では確実に二組に劣る上に、その二組の間という一番印象に残りにくい順番になってしまった。

 だけど、そんなことはどうだっていい。今日と明日に向けて練習してきた。あとはやれることをやるだけだ。


「ヒナちん、意外とメンタル強いよなぁ……うちのドラムにも見習ってほしい」


「だってぇ……」


「大丈夫だよこなっちゃん。いつも通りやれば良いだけ」


「そうですわ」


「加瀬くんの言う通り。それに、一人で演奏するわけじゃないんだから。大丈夫。私達は私達、先輩達は先輩達、デルタはデルタ。私達の間に優劣なんてない。空美さんもよく言ってるでしょ?全員がナンバーワンでオンリーワンなんだって」


 万人受けする必要はない。ただ、刺さる人に刺されば良い。そういうスタンスでやっていると先輩達は言っていた。私達もそれで良いと思う。


「私らはそろそろ行くわ」


「頑張ろうねホノ、ヒナ。あまなつのみんなも」


「えいっえいっおー!さぁ、熱気で体育館をサウナにしちゃうよー!」


「なんだよそれ」


「変な例え」


 笑いながら舞台に出て行く三人。合図をすると、幕が上がる。


「みなさんこんにちは。ベースの一ノ瀬炎華です」


「ギターの二葉雫です」


「ドラムの三木雛子でーす。三人合わせて〜?」


「「「デルタです!」」」


 彼女達も私達も学校で演奏を披露するのはこれが初めてだ。しかし、ライブハウスを借りて校外で演奏したことは何回かある。学校で宣伝もしていたため、知っている人は知っているという感じだ。


「初めましての人がほとんどだと思うのでまずは自己紹介をさせてください。改めまして、私がベースボーカル兼リーダーの一ノ瀬炎華です。一年生です。よろしくお願いします」


「ギターボーカルの二葉雫です。同じく一年生です」


「はいはーい!ドラム担当の三木雛子でーす!二人と同じ一年生でーす!よろしくねー!」


 まばらに拍手が上がる。まだ知名度が低いせいか、微妙な反応だ。


「じゃあ、曲の方にいきたいと思います。まずはみなさんご存知の最近話題になっているあの曲から」


 カン、カン、カンカンカンとドラムスティックをぶつける音が響く。そしてシャーンッ!とシンバルの音が響いた。ギターとベースとドラムによって奏でられるロック調の激しい音色に乗せて、炎華のハスキーで熱い歌声が体育館に響く。最近社会現象になりかけているほど人気のあるアニメの曲だ。毎日のようにテレビで流れているため、知らない人の方が少ないだろう。


「……やっぱりカッコいいね」


「盛り上がってますわね」


「ペンライト持ち込んでる人居るね」


「いいじゃんいいじゃん。ライブって感じ」


「なっちゃんんんー!」


「はいはい。ほらおいでー」


 舞台袖から会場を覗く。確かにペンライトが光っている。赤、青、黄色の三色。デルタの三人のメンバーカラーだ。赤が炎華、青が雫、黄色が雛子。それを知っていてつけているなら、ライブハウスでファンになった人達だろうか。


「すごいね。もうファンが出来てる」


「空美さん」


 上手側で待機しているはずの空美さんがいつのまにか私達の中にしれっと混ざっていた。


「緊張してるだろうなぁーと思ってね。ほぐしにきた」


 にっと笑うと、私達の背中を一人一人叩いて回る。こなっちゃんだけちょっと音が鈍かった。


「"音を楽しむ"と書いてなんだから。失敗したって、お客さんを楽しませることさえ出来れば成功だよ。お客さんを楽しませるためにはまずは、自分達が楽しむこと。全力で楽しんでおいで」


「「「「「はい」」」」」


 デルタの演奏が終わる。拍手と歓声が巻き上がる。


「楽しかったねぇ〜」


「明日も楽しみだね」


「こなっちゃんはまだ緊張してるの?」


「……うん。でも、大丈夫」


「行ってらっしゃい」


「行ってきます」


「手握るか?」


「……うん。ありがとう。なっちゃん」


 リーダーのなっちゃんがこなっちゃん手を引いて暗い舞台に出て行く。それに続いて私達も舞台に出て準備をする。

 なっちゃんが合図をすると、正面がついた。

 未来さんと目が合う。手を振ってくれた。


「みなさんこんにちは。ボーカル兼リーダーの日向ひゅうが夏美なつみです」


「こんにちは。ギターの加瀬かせいずみです」


「ド、ドラム担当の小夏こなつりくです!」


「皆様ごきげんよう!」


 キーンとマイクがハウリングする。


「失礼いたしました。あーあー。改めまして皆様、ごきげんよう。キーボード担当の財前ざいぜん美麗みれいですわ。本日はよろしくお願いいたします」


 コテコテのお嬢様キャラだが、彼女はこれが素だ。


「……美麗さんをオチに持ってくるべきだったね」


「あはは……確かに」


 しかし、これでメンバーの緊張は完全に解れた。


「ベース担当の松原まつばらさきです。五人合わせて「「「「「あまなつです!」」」」」


 こなっちゃんだけ若干遅れた。振り返るとやっちまったと言わんばかりに顔を隠している。


「演奏は遅れんなよ。こなっちゃん」


 敢えてマイクを通したままいじる。


「ちょ!なんでプレッシャーかけんのよー!」


 会場に笑い声が響いた。少しだけ空気が緩んだところで、なっちゃんにマイクを返す。


「はいはーい!自己紹介も終わったところでそろそろ曲の方にいくよー。まずは最近話題のこの曲から」


 こなっちゃんのカウントから、ボーカルがアカペラで入る。練習と変わらない、一切緊張していないような堂々とした歌声。なっちゃんはいつもそうだ。初めて客の前で歌った時も全く緊張していなかった。『練習通りやればいいだけ』その言葉通り、練習と同じように歌い上げてくれる。練習の時からすでに客がいる想定でやっているらしい。

 だから私達も、あれだけ緊張していたこなっちゃんも、いつもの練習のように楽しくやれる。

 爽やかなメロディに合わせてなっちゃんの声が響く。

 デルタが温めた会場に爽やかな風を吹かせる。サウナの後の扇風機のような心地よい風。


「ありがとうございました。次の二曲はあたし達のオリジナル曲です。まずは初めて作った曲から。聞いてください"あまなつ"」


 グループ名と同じ名前のこの曲は私達の代表曲がほしいというなっちゃんの一言から生まれた曲だ。あまなつのように甘酸っぱく、爽やかな曲。私達の代表曲。


「ありがとうございました。最後もオリジナル曲です。ちょっと過ぎてしまいましたが、夏祭りをテーマにベースの咲ちゃんが作ってくれました。聞いてください"花火"」


 あまなつの作曲はほとんど私が担当している。作詞は全員でやっているが、"花火"の詩は全て私が書いた。夏祭りの日に彼女と見た花火を思い出しながら。




 夏の終わりに君と見た花火

『綺麗だね』って空を見上げた君

 だけど私は花火よりその横顔に

 見惚れてしまって君は

『私より花火を見て』って私を叱ったね

 ごめんね でもやっぱり私には花火よりも

 君の方が綺麗に思えてしまうんだ


 どんな宝石よりも どんな花よりも

 私の目には何よりも君が美しく見えるんだ

 綺麗って言われて赤く染まる顔も

 花のような笑顔も

 全部私だけのもの


 夜空に咲いた打ち上げ花火

 君と一緒に見上げたあの日

 打ち上げ花火がかき消した君の声

 聞こえなかったけど想いは

 確かに届いているよ

 ありがとう また来年も一緒に来ようね


 どんな景色よりも どんな星よりも

 私の目には何よりも君が輝いて見えるんだ

 映画を見て泣く横顔も

 天使のような微笑みも

 全部 全部私だけのもの


 私の歩む未来には君がいるのかな

 まだ分からないけどそうだといいな

 君も同じ気持ちでいるのかな


 好きだよって君が笑う

 知ってるよって私が笑い返す

 そんなやりとりはいつまで続くのだろう


 君の歩む未来には私がいるのかな

 まだ分からないけどそうだといいな

 君も同じ気持ちでいてほしいな





 そうして、文化祭一日が終わった。


「……ねぇ、咲ちゃん」


「なに?」


「……"花火"、咲ちゃんが歌ったバージョンも聴きたいな」


「う……」


「聴きたいな」


「うぅ……」


「聴きたいなぁ」


「……私が歌った仮歌のデータがあるので……後で送ります……」


「うん!」


 楽しみにしてるねと笑う彼女。その笑顔はやっぱり、あの日見た花火よりも綺麗だ。

 どんな宝石もどんな花もどんな景色も、私の彼女には勝てない。

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