115話:いい意味で適当な人
全教科のテストが返却され、なっちゃんとこなっちゃんも赤点を回避して無事に夏休みを迎えた。
今年の夏は忙しい。何故なら、文化祭が私達の最後だから。みんな、そこに向けての練習と受験に気合を入れている。既に受験を終えて結果待ちの私となっちゃん以外の三人は練習をしつつ、休憩になると勉強をしている。邪魔してはいけない雰囲気だ。トイレに行くついでに、休憩時間が終わるまで学校を散策することにした。
あちこちから面接の練習をする声が聞こえてくる。その中には小桜さんの声も。就活組は夏休みが明けたらすぐに面接がある。大変だなぁと他人事のように思いながら歩いていると、職員室からスーツを着た若い男性が出てくるのが見えた。教育実習の打ち合わせだろうかと思っていると、男性と目が合う。手を振られた。
「松原さん。こんにちは」
「えっ。こんにちは」
一瞬誰かと思ったが、和希さんだ。
「どうしてここに?」
「教育実習の打ち合わせ。あ、七希と七美には内緒ね?」
「えっ、青商で教育実習するんですか? そういうのって母校でやるんじゃ?」
和希さんの母校は蒼明だと聞いている。
「うん。まぁ、大体の人はそうなんだけど、別に必ずしも母校じゃなきゃいけないわけじゃないから」
「商業科の教師になるんですか?」
「いや、俺の担当教科は国語だよ」
「妹と弟が居るから来たんですか?」
「いや、違うよ。母校は行きたくないから別の学校探してたら、たまたまここに知り合いの先生が居たからその伝手で」
「お。咲ちゃ——ん?」
声をかけてきた姐さんが和希さんに気づき、固まる。
「えっ、和希さん? なんで?」
「教育実習の打ち合わせ」
「教育実習……って、はぁ!? うちでやんの!? 母校行けよ!」
「既に実習生何人か抱えてるから無理って断られた」
「だからってうちくるか?」
「そんなに嫌?」
「嫌っつーかさぁ……」
『月島さん達と一緒に居る人誰だろう。何かの業者?』『教育実習の打ち合わせとかじゃない?』『めちゃくちゃイケメンなんだけど』『いや、あの二人と仲良いってことはヤンキーの可能性が……』『それはそれで萌える』と、きゃいきゃいと女子の噂する声が聞こえてくる。
「……和希さん、咲ちゃんの舎弟だと思われてんな」
「いやいやいや! 違う違う! 絶対姐さんでしょ」
「こんな、どこからどう見てもか弱い美少女に舎弟なんているわけないだろ」
「男子投げ飛ばせる人がか弱いわけないでしょ。てか、私だって別にヤンキーっぽくないですよね? 和希さん?」
「そうだね二人とも、見た目は普通の女の子だよ」
「見た目はってなんすか!」
「咲ちゃん、怒ると口調が荒くなるからなぁ……」
「姐さんに言われたくないんですけど!? てか姐さん聞いてた? 今和希さん、二人ともって言ったよ? 姐さんもカウントされてるからね?」
「あはは……ところで満ちゃん……俺が居ると何か困ることあるの?」
「今まさに困ってんだよ」
そう言って姐さんは噂をしている女子達をちらっと見てから親指で指差す。
「今あんたが居なくなったら、絶対あの辺から質問責めにされる」
「彼女居るって言っておいてね」
「そりゃ言うけどさぁ……てかあれ? 今気づいたんだけど、ピアス開けたの?」
姐さんに言われて初めて和希さんの左耳のピアスホールに気付く。
「ほんとだ。開いてる」
「桜に開けられた」
「あー……あの人も独占欲強そうだもんな……マジでこんな若い女ばかりのところ来て大丈夫か? 穴増えない?」
「若い女って。姐さん、たまに語彙がおっさん臭いよね」
「うるせぇな」
「あはは……大丈夫だよ。俺、桜以外には興味無いし」
そう言って和希さんは何故か私を見る。姐さんも何故か「だってさ」と言って私を見る。
「なんでこっち見るんですか。二人して」
「笹原さんも松原さん以外に興味無いと思うよ」
ニヤニヤしながら和希さんは言う。
「なんも言ってないじゃないですか!」
「最近俺らとよく飲みに行ってるから、妬いてるかなぁと思って」
「妬きますよ! そりゃあ! てか、あんまり飲ませないでくださいよ!? 未来さんめちゃくちゃ酒弱いし酔うと可愛さがブーストされるから理想保つの大変なんですから!」
「いや、お前の理性が弱すぎんだよ。てか、この人も杏介さんも麗人さんも湊さんも、あんまり女性に興味ないから大丈夫だろ。柚樹さんは……まぁ、あの人マジで誰でも良いらしいから。トラブルの種にはわざわざ手出さんよ」
「……未来さんのかわいさに興味無いと言われるのはそれはそれでムカつきます」
「めんどくせぇオタクかよ」
「いや、だってさ、あんな可愛い女子大生他に居る?」
「いるだろ目の前に」
そう言って姐さんは自分を指差す。
「姐さん高校生じゃん」
「あと半年したら女子大生になるから。今のうちに制服姿拝んどけ。期間限定だぞ」
「いや、制服姿の姐さんはもう見飽きるほど見てるので……」
「あ? 何言ってんだ。慣れることはあっても飽きることはないだろ」
「毎回思うけど、満ちゃんのその自信って凄いよね。どっからくるのその自信……」
「DNA」
「DNAかぁー……」
突っ込むのを諦めた和希さん。しかしまぁ、このうざいくらいの可愛さアピールが苦にならないくらいには可愛いのは確かだから何も言えない。苦になるどころかプラスになっている気がする。
それと、姐さんは他人と張り合いはするが、自分を上げて他人を下げることはしない。
この間も『月島さんは良いよね。可愛いくて。どうせ私のことブスだって見下してるんでしょ』と妬みと被害妄想をぶつける女子に対して『は? 比べるわけないだろ。誰かと比べるまでもなく私は可愛いんだから。そうやって人と比べるから自信無くすんだよ』と返していた。
さらに彼女が『あんたには分かんないでしょ! 好きな人に陰でブスだって笑われる気持ちが!』と八つ当たりをすると『他人の容姿を笑うクズなんて嫌いになった方が良い。てか、そいつの見る目がないだけだろ。あんたにはもったいないよ』と真面目な顔で返していた。これには八つ当たりした彼女も顔を真っ赤にして言葉を失っていた。私も未来さんに出会っていなかったら危うく惚れているところだった。
幸いにも実さんがあの場に居なかったからよかったが、居たらまた荒れていただろう。『そういうところが嫌いなのよ!』とか言ってキレ散らかしてる実さんが容易に想像出来る。それと同時に『キャンキャンうるせぇな』とか言ってキスで黙らせてる姐さんも容易に想像出来てしまう。
「あ、居た居た。満ちゃん、そろそろ休憩終わるから——って、誰かと思ったらカズくんじゃん。何しに来たの」
やって来たのは鈴木くんだ。首を傾げる鈴木くんに対して、和希さんは私達にしたのと同じ説明をする。
「なるほど。教育実習か……カズくん教師になるって昔から言ってたもんねぇ。満ちゃん、将来的に同じ職場で働く可能性あるんじゃない?」
「げっ……やだなそれ……」
「えっ、満ちゃん教師になるの? 嘘でしょ」
「いや、教師じゃない。スクールカウンセラー」
「えー。意外。どうしてそうなったの?」
「病んでる女に纏わりつかれた経験が生かせそうだから」
「「言い方」」
病んでる女というのは恐らく実さんのことだろう。恋人とはいえ、相変わらず容赦がない。
「けどまぁ、なんだかんだで適任かもよ。感受性豊かだったり優しすぎる人は向かないでしょ。ああいうのって。多分、満ちゃんみたいにちょっと適当でちょっと性格が歪んでるくらいがちょうどいいよ。善人すぎたり成功しすぎたりしてると劣等感煽って相談しづらいし。まぁ、別のところで劣等感煽っちゃうかもしれないけど……」
「別のところ?」
「顔だろ」
「あー……なるほど。その一言とそのドヤ顔を見てると向いてない気がしてきちゃうな……」
「謙遜したところで、どっちにしろ妬まれることには変わりないし、本気で褒めてるのに社交辞令だと思われるのも嫌だろ」
「てか姐さん、褒められても社交辞令かなって考えなさそうだよね」
「社交辞令かどうかなんて考えるだけ無駄だからな。どちらにせよ可愛いのは周知の事実だから」
「強ぇ……」
「あはは……まぁ、この性格だと相談者が心を開くまではちょっと時間かかるかもしれないね……けど、一回話せばこの人は大丈夫だって分かると思うよ」
「それは私もそう思う」
この間もなんだかんだで親身になって話を聞いてくれた。鈴木くんの言う通り、彼女は相談に対して程よく適当に聞いてくれる。だから、気を使わせてしまっているという申し訳なさが無い。私のように、その適当さに救われた人は多いだろう。そしてきっと彼女はこの先も、多くの人の心を救うのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます