82話:離れていても

 夕方。お土産を買って鈴木くん達と合流する。流美さんは居なくなっていた。帰ったらしい。代わりにまた古市さんが居る。他に蒼明生はおらず、また一人だ。


「また迷子?」


「いや。お手洗いに行ってるから待ってるだけだよ。結構混んでるみたいでね」


「ねぇ、きぃこってさぁ、王子のママと友達って言ってたよね。どういう経緯で知り合ったん?」


 なっちゃんが聞く。私もそこは気になっていた。


「……二年前、色々あって家出をしたんだ。特に行くあてもなくて彷徨っていたら、たまたま通りかかった海さんが声かけてくれて。一時的に保護してくれたんだ」


「知らん人について行ったの?」


「んー……まぁ、そうなるな。けど、あの時は何もかもどうでも良くなっていて……彼女が信用できる人かどうかなんて考える余裕なんてなくてね。……藁にもすがる思いだったんだ。彼女に出会わなかったら私はきっと……」


 彼女はそこまで言いかけてやめる。その先に続く言葉はなんとなく察した。


「……と、まぁ、そんなわけで、私は彼女に拾われてそのまま店に連れて行かれて……アルバイトをしないかって提案されて、働くことになったんだ」


「ん? 二年前ってことはまだ中学生じゃね?」


「あぁ。言ってなかったか。私は訳あって、一年遅れで高校に入学してるんだよ。学年的には君達と同じだが、歳は一つ上だよ」


「えっ。マジで。先輩だったんすか」


「ふふ。そう畏まらないでくれ。敬語じゃなくて良い。海菜も満も望も普通にタメ口だからな」


「てか私、あんたが歳上だってこと忘れてたわ」


 ズバッと言い放つ姐さん。流石。敬う気が全くない。


「まぁ、満はそういうやつだよな……」


「そもそも、ちるは普段から歳上を敬わないもんな……」


「むしろ、逆に歳上から敬われてるからね」


「うちの兄貴が世話になってます。姐さん」


「あいつの同性愛に対する偏見まみれの頭叩き直してやったの私だからな。感謝しろよ」


「感謝しかねぇっす」


「おう。崇め奉れ」


「ははー! 満様ー!」


「うむ。くるしゅうない」


 と、茶番劇を繰り広げていると、戻ってきた蒼明生達に「なにしてんの」と苦笑いされてしまった。


「てか、古市さんの知り合いの青商生達キャラ濃いね」


「あの偉そうな美少女が月島満、まともそうな男子が星野望、爽やかそうに見えて内心真っ黒なのが鈴木海菜だ」


「ちょっと喜子さん?」


「事実だろ腹黒王子」


「やだなぁ。私そんな腹黒くないよ」


「……あの、気になってたんだけど……鈴木……さん?」


「あ、はい。鈴木海菜です」


「……これ、聞いても良いのかな」


「ん? あ、もしかして性別のこと?」


「う、うん。どっちなんだろうと思って」


 古市さんと同じ班の蒼明生が鈴木くんにそう尋ねると、彼女は「どっちに見える?」と悪戯っぽく笑う。


「うわっ、めんどくせぇ質問……」


 姐さんが苦笑いする。


「えっと……ジェンダーレス男子ってやつ?」


「私も……女子と見せかけて男子かなぁ……」


「あー……なるほど……私は女の子だと思ってたけど……」


 と、二対一で答えが分かれる。それを聞いて鈴木くんはどこか楽しそうに「身も心も女子でーす」と答えを発表した。個人的には髪がだいぶ伸びて女っぽく見えるようになってきたと思うのだが。男子だと思われる要因はやはり身長と胸だろうか。


「でかくない? 身長いくつあんの?」


「185」


「デカっ……バレーとかやってた?」


「ううん。小学生の頃はバスケ部だったけど、それくらいかな。中高は演劇部」


「あー。だから王子なのね」


「男役ばかりやらされるからね」


「森くんも演劇部?」


「いや、俺は裁縫部。まぁ、演劇部の衣装作ることもあるから演劇部の一部みたいなもんだけど」


「ちなみにこの子は私の彼女」


 そう言って鈴木くんは隣に座る小桜さんの肩を抱き寄せる。小桜さんはむすっとしながらも払い除けようとはしない。


「リアル百合だ……」


「青商すげぇ」


「あ、ちなみに私も女性と付き合ってる」


 流れに便乗して古市さんがカミングアウトした。私も便乗しておこう。


「はい。私もでーす」


「えっ。えっ。何その流れ。てか、古市さんレズビアンだったの? この間女子トークに普通に参加してたよね?」


「男性も恋愛対象なんだ。だからまぁ、今は女性と付き合ってるけど、こういう男性が好きっていう気持ちは分かる」


「私は全く分からん」


 いつか分かるとか言われたこともあるが、いまだに分からないし、なんならもう一生わからないと言い切っても良いくらいだ。17年しか生きていないけれど、断言しても良い。それくらい、私は男性に興味が無い。


「同じく。人として好きだなぁってのはあるけど、付き合いたいとまではならないかな」


「ちなみに私は恋愛感情とか全く理解出来ないけど彼女が居る」


 姐さんもしれっと参加してきた。


「えっ、なに? どういうこと?」


「好きだけど、彼女が浮気しようが別にどうでも良いし、嫉妬しない。個人的には恋人というか、セフレみたいなもんだと思ってる」


「美少女からサラッとすごいワード出てきた!?」


「セフレって?」


「ごめん、自分で調べて」


「ピュアだな」


 けらけら笑う姐さん。たまに彼女の年齢を疑ってしまう。本当に高校生なのだろうかこの人。おっさんが前世の記憶持ったまま転生してたりしないだろうか。


「月島さん、発言が未成年じゃないよね」


「ギャップすげぇな」


「よく言われる。聞き飽きた」


「月島さんの彼女はこの中には居ないの?」


「一個上だから。今頃……あー、時間的に授業終わってるか。うわっ、めっちゃ通知来てる。怖っ」


 スマホを見て顔を顰める姐さん。ちらっと見えたが、アプリの通知が99+になっていた。実さん一人の量ではないと思いたい。


「しゃあねぇなぁ……写真くらい送ってやるかぁ……」


 と、そこにちょうど加瀬くん達が合流した。たまたま通りかかった、七組の担任であり音楽部の顧問でもある三崎みさき先生にスマホを渡し、古市さん達も含めて全員で写真を撮り、古市さん達とはここでお別れした。


「あ、先生待って。そこのマスコットと写真撮らせて」


「ん。良いよ」


「いや、私じゃなくて。先生を撮りたいんすよ」


「えぇ? 俺?」


「柚樹さんに送ろうと思って。あの人先生のこと好きなんで」


「俺のことマスコットだと思ってない?」


 苦笑いしながらもリクエストに応える三崎先生。生徒想いの良い人だ。


「月島達はこの後どうするんだ?」


「パレード見たらホテル向かいます」


「そうか。集合時間には遅れるなよ」


「はい。先生はどうするんすか?」


「俺もその辺でパレード見てるよ。なんか困ったことあったら遠慮なく声かけろよ」


 そう言って先生は去って行った。パレードの時間が近づいてきたからか、人が増えてきた。中にはお姫様や妖精など、ドリームランドのキャラクターのコスプレをした人も。その中には小さい子もいる。ふと、以前未来さんに見せてもらったアルバムの中に、ドリームランドでプリンセスのコスプレをする写真があったことを思い出した。可愛かったなぁ、あの写真。


「私と望は後ろの方行くね。デカいから、前に居ると邪魔になっちゃう」


「私も望くんと一緒に居たいけど後ろ行ったら絶対見えない」


「肩車しようか」


 そう言ってはるちゃんの前にしゃがむ星野くん。


「し、失礼しまーす」


 はるちゃんが遠慮がちに跨ると、星野くんが立ち上がる。高校生カップルというか、どう見ても歳の離れた兄妹か、下手したら親子だ。


「星くん、彼女のこと娘だと思ってない?」


「ありゃどう見ても親子だよな」


 福ちゃんと森くんが苦笑いしながら私の心の声と同じツッコミを入れた。


「てか、しれっとちるも王子の上乗ってるし」


 なっちゃんが言う。振り返ると、姐さんが鈴木くんの肩の上から手を振った。


「写真撮ってグループに送ったろ」


 私、美麗さん、こなっちゃん、加瀬くんのスマホが同時に鳴る。部活のグループになっちゃんから写真が送られてきた。


「そこに送るんかい」


「みのりん先輩に見せてやろうと思って」


そこに『満の下にいるの誰よ』と実さんの一言。待ち構えていたかのような速さに思わず笑ってしまう。『王子っす』となっちゃん。『あぁそう。相変わらず仲良しね』と実さん。そこに『実が拗ねてるよって満ちゃんに伝えておいて』と柚樹さんのメッセージが続く。『うぃっす』となっちゃん。『拗ねてない』『やめて』『柚樹の馬鹿』と実さん。なっちゃんのスマホをちらっと見ると、姐さんとのトーク画面に『実さんが拗ねてるよって』と打ち込んでいた。流石。行動が早いなと苦笑いしていると、軽快な音楽が近づいてきた。煌びやかな装飾に彩られた派手な車がゆっくりと近づいてくるのが見えてきた。その上から着ぐるみや、キャラクターになりきったキャスト達が手を振っている。スマホを構えて動画を撮っていると、一人のプリンセスがカメラに気付いて、カメラに向かって投げキッスをしてくれた。幼い未来さんがコスプレしていたキャラクターだ。あのキャラが一番好きだったと彼女は言っていた。良いお土産が出来た。





 その後、ホテルに戻って風呂の時間を待っている間に彼女に写真と動画を送りまくる。すると、何故か雲の写真が送られてきた。


『猫みたいな雲見つけた』


 確かに猫っぽくて可愛い。けど、それ以上に、それをわざわざ撮って私に報告してくる彼女が可愛い。その他にも学校の花壇の花や、道端の花、青空、変わった形の石ころなど、さまざまな写真が送られてきて思わず笑ってしまうと、カシャとシャッター音が鳴った。音の方を見ると、なっちゃんがニヤニヤしながらスマホを構えていた。取り上げたスマホに写る私は心の底から幸せそうな顔をしていて、なんだか消すに消せなかった。

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