44話:姐さんの弟

 中間テストが終わり、六月が近づいて来た。そろそろ彼女と付き合って一年になる。何かお祝いしたいななんて考えながら、昼休みに学校散策をしていると、物陰から体育館裏を覗く怪しげな人影を見つけた。姐さんの弟だ。


「新くん?」


 声をかけると彼は「ぴえっ!」と悲鳴をあげて飛び跳ねた。彼が覗いていた先には、二人の生徒。片方は姐さんで、もう一人はズボンを穿いた生徒。男子生徒のように見える。

 気になってしまい、思わず新くんと一緒に隠れて覗き見する。男子が姐さんにスマホを見せながら何かを言っているが、遠くて聞こえない。

 すると、姐さんが彼に一歩近づいた。そして彼を掴み、ぶんっ!と勢いよく背負い投げした。野太い悲鳴が響き渡り、どすんっと人が地面に叩きつけられる音と、カシャンとスマホが地面に落ちる音がここまで聞こえてきた。姐さんは落ちたスマホを拾い上げ、倒れた生徒に腰掛けて弄り始めた。


「何事!?」


 思わず叫んでしまうと、倒れた彼の上に座って彼のスマホをいじっていた姐さんがこちらを向いた。気付かれてしまった。スマホに視線を戻してしばらくいじった後、立ち上がり、スマホを彼の背中に叩きつけて不機嫌そうにこちらに向かってきた。


「……おい。何覗き見とんじゃわれぇ」


「ひえっ!ごめんなさい!」


 鈴木くん曰く、姐さん本気でキレる時は広島弁が出るらしい。ということは、今はかなり不機嫌だ。何を言われたのだろう。ふと見ると、既に彼は居なくなっていた。姐さんも私の視線を追い、そして舌打ちをした。


「……ちっ。クソが」


「……姉ちゃん、大丈夫?」


心配そうな顔をする新くん。すると姐さんはため息を吐き、不機嫌そうな顔を緩ませて優しく笑い、彼の頭を優しく撫でた。


「……別に。私はなんともねぇよ」


「……姐さん、弟の前だとそんな顔するんすね」


「あぁ?普段からこんな顔じゃろ」


「いや、そんな優しい顔初めて見たっす」


「……それより、実さんは?今の一部始終、あの人に見られてないよな?」


「う、うん……実さんはいないけど……」


「そうか。なら良い」


「てか、一体何言われたんすか?」


「聞こえてなかったのか」


「うん。全く」


「そうか。……実は『実さんと付き合ってることバラされたくなかったら俺と付き合え』って脅されたんだ」


「「脅された!?」」


「心配すんな。撮られた写真は消したし、次同じことしたら両腕両足へし折るって脅し返しといたから」


「お、おう……さすが姐さん。強い」


「……ていうか……姉ちゃんと実さん、付き合ってたの?」


「なんだ新。気づいてなかったのか」


「い、いや……だって、姉ちゃん、恋しないって言ってたから……」


 私もそう聞いている。実さんの方は姐さんに気がありそうな感じはしたが、素直に認められない複雑な事情があるように見えた。


「恋はしてないよ。私は別にあの人じゃないといけないわけじゃない。誰でもいい。けど、彼女は私じゃないとダメらしい。それなら、あんたが望む限りは側にいてやるよっていう契約を交わしただけ」


「……金で雇われた傭兵と雇い主みたいな関係ですね」


「別に金は貰ってないよ。金の代わりに身体で払って貰ってはいるけど」


「……身体で払う……?あっ。なるほど。実さんがテスト週間になるとうちに来るのはそういうことだったんだね」


「そういうこと」


「いや、多分、もっといかがわしい意味だと思う」


 どういうことですか?と首を傾げる新くん。ピュアな瞳が眩しすぎて思わず目を逸らすと、逸らした先にたまたま居た実さんと目が合った。むすっとしながら駆け寄ってくる。


「ちょっと満。探したわよ。何してるのよこんなところで」


「ちょっとね」


「……まさか貴女、また告白されてたの?」


「……まぁ、そんなところ」


「はぁ……わざわざ会いに行って返事してあげるなんて、ほんと、律儀ね。どうせ見た目にしか興味持たれてないのに」


「実さんだって人のこと言えないじゃん。私の性格は大嫌いでも見た目は大好きだろ?」


 実さんの嫌味に対して、姐さんは動じずに嫌味で返す。すると実さんはふっと笑って「クソ女」と呟く。姐さんも笑って「あんたに言われたくないよ」と返す。

 言葉だけ聞けば、この二人、本当に付き合っているのだろうかと疑いたくなるようなやりとりではあるが、険悪な雰囲気ではなく、冗談っぽい雰囲気だ。むしろ仲が良さそうに見える。


「行くわよ。お弁当食べる時間無くなっちゃう」


「食い切れそうになかったら私が代わりに食ってやるよ」


「貴女が食べたいだけでしょ。全く。先行くから」


「へーい。すぐ行きまーす。あ、そうだ二人とも」


「さっきのことは実さんには言わなくていいから」と私達に囁いて、姐さんは実さんの後を追って去って行った。


「……やっぱ姐さんかっけぇ」


 脅されても一切屈せず返り討ちにして、私達の前では何事も無かったかのようにいつも通り振る舞い、実さんに対しても何も告げずいつも通りな姿勢を貫くその姿が、クールでカッコいい。

 そして逆に「俺の自慢の姉です」と、えへんと威張る弟は可愛い。みんながポチと呼びたくなるのもよくわかる。しかし、この天使がキレたらどうなるのだろうか。姐さんみたいに広島弁が出るのだろうか。『なめとんかわれぇ!』とか言ったりするのだろうか。

……想像しても全く迫力が無い。


「……新くん、ちょっと怒ってみて」


「えっ、なんですか急に」


「いや、キレたらどんな感じなのかなと思って」


「ええ?えっと……こ、こらー!……みたいな……」


威嚇するように両手を挙げて怒る仕草をしてから、恥ずかしくなったのか顔を隠す新くん。


「……アリクイの威嚇みたいだな」


「……要するに可愛いってことですか」


「そう」


危ない。彼が女だったら、かつ、未来さんに出会ってなかったら落ちていたかもしれない。女の子だったとしてもかろうじて未来さんの可愛さが勝るが、どうやらこの子は未来さんと同じ種族天使のようだ。

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