43話:脱ぼっち

 ゴールデンウィークが明けた。約一週間の間、朝起きたら毎日彼女が居た。静かな朝は久しぶりで、少し寂しい。

 大学は高校のように、毎日決まった時間に登校するわけではない。今日は午後の講義しかとっていない。暇だ。

 彼女に部屋の隅に追いやられてしまったぬいぐるみを抱き、再びベッドに転がる。微かに、彼女の匂いが残っている気がした。


「……咲ちゃん、今何してるかな」


 時間を見る。まだ七時。学校にも行っていない時間だ。もしかしたらまだ寝ているかもしれない。

 寝顔、可愛かったなぁなんて思い出してしまっていると、スマホのバイブ音で現実に戻される。彼女から「おはよう」のメッセージ。そのたった四文字で、心が躍る。「おはよう」と返すと、投げキッスをするスタンプが返ってきた。続いて大好きと抱き合う女の子二人のスタンプ。私も同じスタンプを持っている。彼女にプレゼントされた。全く同じスタンプで返すと「朝ご飯食べてきます」と返ってきた。タイミングを見計らったように、炊飯器が私を呼んだ。スマホを置き、炊き上がったご飯を蒸らしている間におかずを作る。


「いただきます」


 ゴールデンウィークの間も、味噌汁以外は自分で作っていた。味は変わらないはずだけれど、彼女と食べていた時の方が美味しかった。やっぱり、ご飯は好きな人と一緒に食べる方が美味しい。味噌汁は単純に、私が作るものより彼女の作るものの方が美味しいだけかもしれないけど。


「ごちそうさまでした」


 食事を終えて、皿を水につけてからスマホを確認する。「行ってきます」とメッセージが来ていた。「行ってらっしゃい」と返してから皿を洗い、水切りカゴに置く。再びスマホを見ると「学校に着きました」とメッセージ。「頑張ってね」と返す。「未来さんも頑張って」という返信に「うん」と返信をしてトークは終了した。

 午後まで適当に時間を潰し、昼食を取ってから学校へ向かう。

 大学の講義にはいまだに慣れない。座る席でいつも悩んでしまう。なるべく周りにあまり騒がしい人が来ないことを願いながら、前から数えて真ん中あたりの、窓際寄りの席に座る。廊下側に寄ると人の出入りが多くて落ち着かないから。

 ぼんやりと窓の外を眺めながら講義が始まるのを待っていると「隣、良い?」と声をかけられた。振り返ると、ライダースジャケットを肩にかけたクールな印象の女の子が居た。周りに人は居ない。私に話しかけているようだ。


「えっと……私?」


「君以外に誰がいるん?」


「そ、そうだね……」


 一瞬、断りかけてしまうが、これは友達が出来るチャンスかもしれないと思い、承諾する。


「ありがと。うちは冬島ふゆしまさくら。君は?」


「笹原……未来です……」


「ほな、未来ちゃんって呼ぶわ」


「う、うん……あの……冬島さん「桜でいいよ」さ、桜……ちゃんは……なんで、私に話しかけてくれたの……?」


 問いかけると、彼女は筆箱を指差した。


「ペン」


「ペン?」


 首を傾げると、彼女は黙ってカバンを探り始めた。筆箱を取り出し、その中からふちっこぐらしの柄のペンを私に見せて恥ずかしそうに目を逸らしながら「お揃いやったから、好きなんかと思って」と消え入りそうな声で呟いた。


「好きなの? ふちっこぐらし」


「……うん。そう。あんま話せる子おらへんくて。同志見つけて、嬉しくて、つい」


「……そっか」


「……迷惑やった?」


「う、ううん。……話しかけてもらえて、嬉しかったよ。私、人見知りだから……」


 そう返すと、彼女はホッとしたように笑った。話しかけられた時は、一瞬ちょっと怖そうな子だと思ったが、話してみると案外大人しくて可愛い人だ。


「未来ちゃんはどこ高なん?」


「青山商業」


「あー……みぃちゃんがおるところか……」


「みぃちゃんって……空美ちゃん?」


「そう。うちらより一個下の安藤空美。うちの彼氏の妹なんよ。これ、うちの彼氏」


 見せてくれた写真には、桜ちゃんが彼氏だと指差した男性の他に、桜ちゃんと、空美ちゃんが写っていた。そういえば彼女は兄が居ると言っていた。妹と弟は新入生として今年から青商に入学したらしい。咲ちゃんから聞いた。音楽部に入ったそうだ。


「未来ちゃんは、みぃちゃんと仲良いん?」


「う、うん。そこそこ。兄妹が居るのは聞いてたけど、会ったことはないよ」


「ふぅん。……カズくんのこと、取らんといてな。ウチのやから」


「取らないよ。私も恋人居るから」


……ね。ふぅん。なるほど」


 意味深に呟く桜ちゃん。恋人のことを彼氏と表現しないだけで相手が同性なのだと勘づいてくれる人はそこそこ居る。中には勘が正しいか確かめてくる人も居るが、彼女はそれ以上は触れてこなかった。


「桜ちゃんはどこの高校?」


「……蒼明」


「えっ!すごい!」


「べ、別に……凄ないよ。てか、青商からここ来る方が凄いやん。あそこ商業やろ?」


「特進コースがあるから」


「つっても商業の授業がある分、普通科より授業数は圧倒的に少ないわけやん?不利やん。それでこんな名門受かるって、そっちの方が凄いやん」


「あ、ありがとう」


「どういたしまして」と笑う桜ちゃん。やっぱり可愛い。口に出ていたのか、彼女は目を丸くして顔を真っ赤に染め「……おおきに」と口元を隠しながら顔を逸らした。


「……可愛い」


「や、やかましい。いっぺん言えば充分やわ」


 ペシっと軽く頭を叩かれてしまった。


 講義が終わると、彼女と連絡先を交換して別れた。


「うち、今日はこのあと講義取ってないから帰るわ」


「うん。またね」


「また。……おおきに」


 バイクに乗って去っていく彼女を見送る。大学に入学して約一ヶ月。ようやく一人だけ、友達が出来た。

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