23話:夢の続きはいつか現実で
9月26日日曜日。今日は私の誕生日だ。
「咲ちゃん。誕生日おめでとう」
「ありがとう」
午前10時。部屋にやってきた天使からプレゼントを貰った。小さな袋を三つ。そして、手紙が三枚。
今日は父は仕事で、母は友人と遊びに行っており、夕方まで帰ってこない。兄も友人と遊びに行っている。夕方までは彼女と二人きりだ。
「手紙は後で読んで。目の前で読まれるの恥ずかしいから」
「恥ずかしがってる未来さん見たいから今読んで良い?」
「……むぅ」
「ごめんごめん。冗談」
むくれている彼女もまた可愛いなと思いながら、手紙を机の上に置く。
「プレゼントの方は開けても良いんだよね?」
「うん」
「じゃあ、開けまーす」
まずは"14歳の咲ちゃんへ"と書かれた手紙と一緒になっていた袋から。中身はミューズという、九人の女神と一人の少女が世界を守るために楽器で戦うという内容のアニメのキャラクターのストラップ。
「この子だよね?好きって言ってたの」
「うん。そう。私は陽香ちゃん推し。よく覚えてたね」
「実は、咲ちゃんが好きって言ってたから、アニメ借りて歩と一緒に見てみたんだ。そしたらハマっちゃって」
「おっ。マジで?誰推しですか?」
「夜空ちゃんと雪ちゃんかな」
担当カラー白の
「推しというか、小桜さんと鈴木さんに似てるなと思って」
「やっぱり?ミューズファンは大体同じこと思ってますよね」
ミューズのメインキャラクターは九人の女神と久遠銀河という主人公の少女を合わせて計十人。銀河を中心とした、いわゆるハーレムものなのだが、夜空と雪だけは銀河のことを崇拝しつつも、互いが互いに本命であるような描き方をされている。二次創作も銀河と女神のカップリングがほとんどだが、夜空と雪だけは銀河とのカップリングより夜空と雪のカップリングの方が圧倒的に多い。
ただし、恋人同士であることは作中でははっきりとは明言されていないため、それを理由にどうしても友情にしたがる輩がいるらしい。曖昧に描いているのは大人の事情でもあるのだろうか。
「夜空と雪のやりとり好きなんだ。なんか……お互いに想いあってる感じがして」
「夜空の姿をしたノイズと対峙する雪のシーンめちゃくちゃ良かったですよね」
ノイズというのはミューズにおける敵キャラのことだ。真っ黒なスライムのような見た目をしており、姿形を自由に変えることができる。女神達はサウンドと呼ばれる音楽の力を使って、楽器を武器に彼らと戦っている。ただし人間である銀河だけはサウンドが使えないため、釘バットで物理攻撃。
「そう!そうなの!『君は私を殺せないでしょう』って夜空の声で言うノイズに対して『姿形を真似たって無駄よ。私の愛する夜空はあの子だけだもの』って言って竪琴を構えるシーンがもう……すごくかっこよくて!」
珍しく興奮した様子で語る未来さん。アニメは幼少期に魔法王女プリンセスティアラ(通称プリティア)という、日曜朝にやっている女の子向けの魔法少女アニメを見ていたくらいで、プリティアを卒業してからはほとんど見ていないと言っていたが、意外とオタク気質なのかも知れない。
「その後の夜空との会話も良かったですよね」
「『愛する夜空って言った?』って本物の夜空がいつも通り雪を揶揄ったら『そうよ。悪い?』って返ってきて夜空がちょっと戸惑うシーンだね」
「そうそう。私あそこめちゃくちゃ好きなんですよ」
「私も」
その後は雪が『貴女からは何か言うことないわけ?』って悪戯っぽく笑って『私も愛してるよ。雪』と夜空が笑い返して『……知ってる』って雪がちょっと悔しそうな顔をする。あれで「付き合ってるって主張は百合オタの妄想」とかいうのはちょっと無理があると思う。男女が愛してるって言い合ったら友愛だとか言わないくせに。
「ああいうのを"百合"って言うんだよね」
「そうです。あれが広義の意味での百合です。個人的にミューズはGLだと思ってます」
「百合とGLってどう違うの?」
「百合っていうと、恋愛じゃないものも含まれるんですよ。GLは友愛より恋愛がメインなので、私は百合って銘打たれてる作品よりGLって銘打たれてる作品の方が好きです。……思春期特有の感情とか、ただの友情だって誤魔化されたりしないので」
百合という同じジャンルを好む人間全員が味方なわけではない。私は中学生の頃に百合が好きで意気投合した友人に「私、百合は好きだけどGLは無理なんだよね」と言われたことがある。また、別の友人は「GLとかBLはファンタジーだから楽しめるのであって、リアルの同性愛は引くよね」と言ってきた。今話している相手が同性愛者であることなんて知らずに。「私がレズビアンだったとしても同じこと言える?」と返した時の冗談でしょみたいな苦笑いが忘れられない。
「……咲ちゃん?」
「……ごめん。ちょっと嫌なこと思い出した」
「そっか……よし。未来さんがハグしてあげよう」
ちょっと冗談っぽく言って、彼女は私を抱き寄せた。今の私の周りは、そんな偏見なんてない人ばかりだ。あの頃とは別世界で生きているような気がするけれど、残念ながら、ただ単に差別的なことを言わない理解ある人達に囲まれているだけで、世界そのものは何も変わっていない。だけど、この世界も捨てたもんじゃないなとは思えるようになった。いつか変わっていくという希望を持てるようになった。
「……未来さん」
「ん?なに?」
「……好き」
「知ってるよ」
「……そうか。知られてしまっていたか」
「バレバレだよ」
「そっかぁ。バレバレかぁ……ふふ」
「ふふふ」
彼女の存在自体が私の癒しだ。どれだけ嫌なことがあっても、ふとした時にトラウマが蘇っても、彼女に抱きしめられるだけで吹き飛んでしまう。
「……元気出た?」
「……うん出た。ありがとう」
「ふふ。良かった」
気を取り直して、15歳の私への誕生日プレゼントを開ける。
中身はふちっこ暮らしの柄のシャーペンと消しゴムとシャーペンの芯のセット。以前私があげたものの色違いだ。
「……お揃いにしたかったの」
ちょっと恥ずかしそうに彼女は笑う。たまらなくなり、抱きしめる。
「み、三つ目も開けてください」
「ふふ。はぁい」
彼女を離して、今年の誕生日プレゼントを開ける。出てきたのは月をモチーフにしたシンプルなシルバーのイヤリング。
「君にはシンプルなものが似合うと思って」
「ありがとう。……つけてくれる?」
「うん」
「左だけで良いよ」
彼女の手が左耳に触れる。彼女の手の温かい感触と金属の冷たい感触がくすぐったい。
「……出来た。うん。可愛い」
「ありがとう」
机の上の鏡を確認する。触れると微かに揺れて可愛い。
「へへ……ありがとう。未来さん」
「ふふ。どういたしまして」
「……未来さん、ピアス空ける予定ある?」
「卒業したら空けたいなとは思ってる」
「そっか……」
「……駄目?」
「あ、ううん。……イヤリング、一個もらって欲しいなって思って。私、基本イヤリングは一個しかつけないからさ」
「あぁ、なるほど」
「ピアス空けちゃったらイヤリングつけなくなるでしょ?」
「……じゃあ、君が空けるまでは待とうかな。それで、君が空けたら、お揃いのピアス買おう」
「ふふ。うん。イヤリング、貰ってくれる?」
「うん」
「じゃあ、つけてあげる」
彼女の左耳に触れ、イヤリングをつける。くすぐったかったのか、ぴくりと跳ねてぎゅっと目を閉じた。その反応がなんだか色っぽくて、つい、唇に吸い込まれてしまう。
軽く重ねて離すと、きょとんとした顔が視界に入った。
しばらくして、ようやく何をされたのか理解したのか、顔に動揺の色が現れた。そして頬を膨らませて私のデコを弾いた。
「……ごめんね?」
「別に。怒ってないけど。……ちょっと、悔しい」
「悔しい?」
「いつも私ばかりドキドキさせられてる気がして」
「私もドキドキしてますよ」
彼女の頭を胸に抱き寄せる。
「……ね?聞こえますか?」
「……うん」
「ドキドキしてるでしょ?」
「……うん」
「未来さんもドキドキしてる?」
「……してる」
「……確かめてもいい?」
「……うん」
彼女の胸に耳を寄せる。頭が柔らかな感触に包まれて、ドキドキと少し早い鼓動が伝わる。
徐に、彼女の手が私の頭に触れた。ぽんぽんと優しく撫でられる。
「……そんなことされたら寝ちゃいますよ」
「いいよ。お昼になったら起こしてあげるね」
「……じゃあ、ちょっとだけ」
「うん」
「……未来さん」
「なぁに?」
「……16年生きてきて、今日が一番幸せな誕生日です」
「……そっか」
「はい。……私の側にいてくれてありがとう。未来さん。あなたを好きになって良かった。レズビアンで良かった」
「……そっか」
「……うん」
彼女の温もりに包まれて、ゆっくりと意識が遠のいていく。
「咲ちゃん」
「……ん」
目が覚めると「おはよう」と天使が優しく微笑んだ。なんだか少し、いつもと雰囲気が違う。大人びている。
「ちょっと待っててくれる?」
「うん?うん」
彼女は私の頭を膝から下ろして部屋を出て行った。よく見たらこの部屋は私の部屋ではない。彼女の部屋でもない。そもそも二人で寝るためのダブルベッドなんて、私や彼女の部屋には必要無い。見覚えのない部屋だけど、何故だか凄く落ち着く。
「咲ちゃん」
「あ、はい」
彼女がニコニコしながら戻ってきた。腕を後ろに回して何かを背中に隠している。
「ベッドに座ってくれるかな」
言われた通りにベッドに座る。すると彼女は跪いて、後ろに隠していた小箱を、中身が私に見えるようにして開けた。中に入っていたのは指輪だ。
「咲ちゃん」
真っ直ぐに私の目を見て彼女は私の名前を呼ぶ。ちょっと緊張しているのか、声が上擦っている。
「私は君と、どんな時も支え合えるパートナーになりたい。この先の未来を君と共に歩みたい」
ちょっとカッコつけた台詞が似合わなくて、おかしくて笑ってしまうと、彼女はむぅと頬を膨らませた。
「ごめんごめん」
「……私の妻になってもらえますか?」
これが夢であることはすぐに気づいた。夢であったとしても返事は迷わない。けれどもしこれが未来を描いた夢であるのなら、一つ確認したいことがあった。
「……今って、女同士でも結婚出来る様になったんだっけ」
すると彼女は「まだ寝ぼけてるの?」と笑った。
「同性同士で結婚出来ない時代はもう終わったよ」
「……そっか」
「咲ちゃん。返事は?」
「……もちろん。受け入れますよ。断るはずないじゃないですか」
彼女に左手を差し出す。彼女が私の薬指に指輪をはめ、愛おしそうに指にキスを落とした。そして顔を上げて、徐に私をベッドに押し倒して胸に頭を埋めた。
「……大好き」
「……私もです」
目を閉じて、今はまだ愛する人と家族になることが許されていない
「未来さん、リアルにプロポーズする時は私からするからね。絶対」
薄れていく意識の中「待ってるね」と聞こえた気がした。
「あ、起きた。おはよう」
目を覚ますと自室の天井をバックに天使の優しい微笑みが視界に入る。頭の下には彼女の柔らかい
「幸せそうな顔してたよ」
「……幸せな夢見てたから」
「どんな夢?」
「……ふふ。内緒です」
「えー……あっ」
ぐぅぅぅー……と、彼女のお腹が可愛く鳴いた。恥ずかしそうに彼女は口元を隠して目を逸らす。時刻は12時過ぎ。もう昼だ。
「ご飯作りますよ」
「私も手伝う」
「ありがとう」
彼女と一緒に台所に並んで食事を作ることに。
「なんか、同棲してるみたいですね」
揶揄うと彼女は、洗っていたにんじんをぼとりとシンクに落とした。横顔が真っ赤に染まる。
「未来さん可愛い」
「……可愛くない」
「あははっ。可愛いよ」
「うぅ……」
「好きだよ」
「……よそ見してたら指切るよ」
「ふふ。ごめんなさい」
隣に並んで料理をする。それが当たり前になる日がいつか来るのだろうか。
あの夢の続きが現実になる日が、いつか来るのだろうか。
もし来るのなら、その時に隣に居るのは彼女であってほしい。
彼女が帰った後に彼女からの手紙を読んで、その想いはますます強くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます