第5話 美女の糾弾

 蝙蝠羽の美女が汚いものを前にしたようにアルフを見ている。


「な、なんだお前! 人ん家に勝手に入って来やがって!」


 真っ赤な顔でユトルが枕を投げつけ、それから下腹の辺りをごそごそ整えてベッドから降りるとアルフを守るように爪と牙をギラつかせた。


「落ち着けユトル。あれは前に話した俺の側近だ」

「側……近………?」


 アルフに肩を掴まれても逆立った尻尾の毛はそのまま。

 本来添い遂げる誓いを交わした者だけに触れさせる尻尾をもふられながら、アルフの食事する音を間近に聞き、密かに自分も楽しんでいたのだ。仕方がない。


「ユトルぅ?」


 なんてことない顔で枕を叩き落とすついでにアルフの卵をくすねた美女が怪訝な顔になった。


「おいグルフナ、ユトルに危害を加えたら許さないからな。ユトルにはすごく世話になってるんだ。誰かさんたちが、とんでもない魔素枯渇地帯に放っぽり出したからな。ユトルがいなけりゃ俺は今頃餓死してた」

「はいはい、面白い面白い。魅力的なアルフ様は冗談もお上手ですね」


 グルフナが呆れた様子で近付いてくる。


「よりによって狼獣人。しかも名前がユトルだなんてなに考えてるんですか。あと、あの四つ目鹿ゴルゴンディアーショタ・・・ゴブリンたち。連絡もなくいきなり妙な魔物を放り込むとか勘弁してくださいよ。本人たちも状況を理解してなかったですし」


 ユトルの威嚇もどこ吹く風でアルフを糾弾するグルフナは、少し甘い香りを纏っている。

 ユトルにはキツく感じられ、うっ、と臭そうに顔を歪めた。

 それが気に食わなかったのだろう、グルフナが腕を鞭のようにしならせ高速で打ち付けた。が、それは防がれた。


「言っただろ。危害を加えるなって。ユトルはもう俺のだぞ」


 いったいいつの間にそうしたのか、牙模様の卵を薄い盾のように変形させてユトルを守っていたアルフが、さりげなくユトルの尻尾に手を伸ばしながらグルフナを睨む。


「あ~あ~、そんなむきになって。浮気ですよそれ」

「違う」

「じゃあ遊びですか?」

「それも違う」


 なんだか子供の口喧嘩のようになってきたが、ユトルは二人のそれに一喜一憂していた。


「せっかく迎えに来たのに、帰りたくないみたいですね」

「そんなわけないだろ。ていうか俺のなんだから本来お前らの許可なんかいらないだろ」

「一人で勝手にエルダートレントの、しかもユグドラシルタイプの実を食べたんだから当然です」

「一人じゃない二人だ。しかも俺は一口であいつが残り全部を食ったんだ」

「二人で一つでしょ。同罪です。食べたって味しか感じないくせに。だいたい――」


 しばらく見ていたユトルだが、迎えに来たと聞きハッとなった。アルフにもふられ始めてからもう一ヶ月半。


「お、俺もついて行く……のか?」


 ぎゅんっとこちらを見た二人に少し気圧される。


「もちろん!」

「駄目です!」


 同時だった。そしてまた目を合わせるとやいのやいのと喧嘩を始めた。


「なんでだよ!?」

「なんでもくそもないですよ! 殺されますよ!」

「なに言ってんだ、そんなわけないだろ!」

「いいえ、絶対に――っ!?」


 しかし今度は短かった。

 二人はぴたりと喧嘩を止めて、切り株広場の方に視線をやり何かを探るような顔になった。

 ユトルにはそれが何か直ぐわかった。

 ピクピクと動いた狼耳が微かな、それでいて大量の足音を捉えたのだ。

 それはアルフが倒したゴブリンたちと同じ――


「ゴブリンが来る! ニ〇〇体はいる! 蔓をどけてくれ!」


 慌てて窓に駆け寄り、蔓が消えたと同時に遠吠えで村人たちに危険を報せる。


「どうした。誰も反応しない……なっ!? ルァンシー! エミリーにブラコまで! 何があった!?」


 窓の下に村娘たちが倒れていた。

 おそらく他の村人たちもそうなのだろう。遠吠えが聞こえたのに教会へ逃げる者が誰もいないのだから。


「ちょっといいか」


 窓から出ようとするユトルを退かし、アルフがルァンシーたちを観察していく。

 すると頭に綿毛らしきものを見つけた。


「眠りタンポポ……いや、タニア草だ!」


 タニア草は生き物に寄生してゾンビやグールに変えてしまうタンポポによく似た一年草で、村の近くに群生地がある。ここはそれを管理もしくは根絶やしにするための開拓村でもあった。


「タニア草!? そんな馬鹿な!」


 ユトルが驚くのも無理はない。

 タニア草はつい先週、花が綿毛になる前にアルフを含めた村人総出で一本残らず刈り取ったばかりなのだ。

 ルァンシーたちの管理が甘かったり、ゾンビ避けの加工に失敗したとも考えにくい。


「野生のゴブリンが利用したってことですか? あいつらにそんな知恵ないですよ。特にショタゴブリンなんて誰かに似て考えなしばっかりなんですから」


 ちらりとアルフを見るグルフナに、そのような態度が取れるなんてただの側近ではなさそうだ、と感じたユトルは胸の辺りにチクリと違和感を覚えた。しかし今はそれを無視してアルフを見る。


「そういえばこないだの襲撃は教会の破壊が目的だったんじゃないかって言ってたな」

「ああ。裏で誰かが糸を引いてるのは間違いない。思想の偏ったテイマーがいるのかネクロマンサーがいるのか、それとも新しいダンジョンマスターが生まれたのか……とにかく急ごう」


 アルフはグルフナに村人の運搬と守護、それにタニア草の処置を任せゴブリンたちを迎え撃つべくユトルと共に走り出す。が、切り株広場までくると止まってしまった。

 今日はなかなか調子の良い日だが、元来の体力の少なさはどうしようもなく、思い切り走ったせいで疲れたらしい。


「きっつ……」


 肩で息をしながらアルフは腰袋を開いた。

 この一ヶ月半で大量に作り、砂粒大に縮小し保管していた卵が続々と出てくる。

 それはまるで砂が蠢いているようで、ユトルはアルフのことを本当は砂使いなのではと思った。

 このアルフの固有スキル、元々はアルフの魔力とそれ以外の魔力を同量混ぜて卵を作り出し、孵化させると何かしらのモノが出てくるという能力だった。

 しかしダンジョンになってから変化が起きたのか、使い続けて成長したのか、よくよく研究してみると卵は食べることができるし、移動、変形、硬度などの様々な操作も可能とわかり、一〇〇年使い続けることで派生効果も加わっていった。


「大丈夫かアルフ」

「悪い、でも平気だ……ゴブリンたちは?」

「まだ遠い」

「そうか。じゃあもうちょっと休ませてくれ。作戦会議も兼ねて」


 アルフは切り株に座ると卵を二つ元の大きさに戻した。

 それは柄や模様というより宝石が埋まっているかのような卵で、殻をにゅっと変形させて持ち手を作った。


「これは水が入ってて、上の方を割れば殻がカップになる」


 ユトルに手渡すとアルフは一気に呷った。焼けたようにヒリヒリしていた喉に冷たい水が染み渡る。

 それからもう一つ卵を元に戻して割る。中からはヘビウサギとパン芋虫のサンドイッチが出てきた。

 こんな風に派生効果のお陰でやろうと思えば魔力以外でも卵は作れる。そしてその卵に別のスキルの効果を持たせることもできなくはない。


「先週の残りだけど卵にしてたから時間は経ってない」

「へぇ凄。そんなこともできるのか。ん、旨い。さっきはアルフばっかり食って俺はお預けだったからな、腹に染みるぜ。ていうか、それで山の木を卵にすれば開拓も楽勝だろうな」


 そう笑ったユトルだが、アルフはこれ以上山を荒らすのは止めた方がいいと思っている。


「この辺りの山は開拓で死にかけてる。ヒトだけが住むには良いかもしれないけど、たぶん黒幕がゴブリンに村を襲わせてるのもそれが原因なんじゃないかな」

「そうか。でもここをそういう土地にするのが、俺たちの仕事だからな。移民の条件でもあるし……」


 別にアルフは開拓を否定しているわけではない。単に自分の属性に植物もあるからそう感じるだけだ。

 それに聞いた話じゃ、ほとんどの植物は刈り取られたり摘まれたりすると、危機感と同時にある種の喜びに満たされるというし。


「まあただの自己満足だから、ユトルがそうして欲しいならやってもいいぞ」

「だと嬉しい。俺の担当は防衛だけど、アルフと一緒に村を出ていく時に開拓が終わってると後ろめたさがない」

「了解。開拓の後は林業の村になるんだろうから、そこら辺もなんか考えとく」

「助かる……でもそろそろ尻尾をもふるの止めてくれないか」

「ちぇっ。じゃあ作戦なんだけど……」


 アルフは名残惜しそうに尻尾を離すと作戦を相談し始めた。

 それが終わるとまた卵を三〇個ほど元の大きさに戻し、ババッと空中に配置。そのまま、飛び乗った卵を操作して勢いよく自分を弾き飛ばし、くるっと回って別の卵に乗って見せた。


「こうやって移動すればあんまり疲れないんだ」

「楽しそうだなそれ」

「慣れないと難しいんだぞ。俺は自分で操作してるから簡単だけど、弾かれるタイミングがわかりづらいらしい」

「じゃあ追々練習させてくれ」

「りょ~かい」


 アルフたちは迫ってきたゴブリンたちを掃討すべく、移動を始めようと意気込んだ。

 そこへ村の方からアルフに葉っぱが一枚飛んできた。

 目の前で止まったそれを読むアルフの顔色がみるみる変わっていく。


「グルフナから報せだ。村が襲われてる。ゴブリンが空から現れたらしい」

「なんだって!?」

「……そういえば、前回の襲撃時にユトルも伐採担当の男たちと一緒だったんだよな」

「ああ」


 アルフは眉間に皺を寄せて少し考えると、真剣な顔で真っ直ぐユトルを見た。


「ユトルは耳が良いよな」

「そりゃ狼獣人だからな」

「さっきみたく数キロは離れてる足音に気が付ける。なのに前回の襲撃で足音に気付いたのは数十メートルまで迫ってから。数の違いはあるけど、いくらなんでも差がありすぎないか?」

「あれは俺も驚いた。あんなに近付かれるまで気付かなかったなんて」


 というか今そんな話する必要があるのか? というユトルの表情にアルフは何も返さなかった。


「ユトルは村に戻ってグルフナを手伝ってくれ。タニア草の処置まで手が回らないらしい」

「お、おう……」

「これを被ればタニア草の綿毛を防げる。それじゃ、気を付けろよ」


 帽子のように凹ませた卵を渡してアルフは山の方へ、それを見送ったユトルは村へと駆けていく。


 誰もいなくなった切り株広場の空は、たいそう不気味に揺らめいていた。

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