第44話 アルフ、強風で煽る

 道を進むとドロテナの言ったとおり宝箱があった。赤を貴重品に宝石がちりばめられた豪華なそれは、妙に天井の高いこの場所の真ん中で早く開けてと訴えかけてくるようだ。


「今回は当たりなのかしら?」


 ドロテナが目を丸くしていのは、前回の調査で訪れた時の宝箱は木できた簡素なもので、中身は腐った薬草だったからだ。


「これが当たり? まあ、状態と考えようによってはそうかもだけど……」


 しかしその言葉にアルフは首を捻った。そしてそのままミステリーエッグを発動させると、宝箱を卵にしてしまった。


「え? 今の宝箱って魔力だったの?」

「そんなもんかな。ついさっき作られた罠っぽくて、物質化とその固定化がされてなかったんだ。新米君は仕事が雑だな。それに無計画」


 言いながら卵を手元に引き寄せて、アルフは丁寧に孵化させる。中から出てきたのは小さな萌黄色の指輪だった。

 アルフはそれを口に放り込みモゴモゴすると、小さく頷いたあとでペッと地面に吐き出した。


「ちょっと何やってるのよ、汚いじゃない」


 もしかして指輪を飴玉と勘違いして味わっているのだろうか。いよいよ父もそんな歳になってしまったのかと不安顔のドロテナを無視して、アルフは吐き出した指輪の上でさっき湖で作った偽卵を割る。

 ビシャっと液体が落ちる音がする。だが何も見えない。アルフは指輪を拾いもう一度偽卵を割った。

 今度は中の液体が殻の中に残るように上半分だけを。そして残された下半分に指輪を入れてユラユラ揺らす。


 物言いたげに見ていたドロテナの不安は膨れあがった。


「……ねぇ、それなんの遊び?」

「いや、鑑定だよ。俺が体内ダンジョンに入ったものしか鑑定できないのは知ってるだろ。で、今はさっきルデアリネ湖の水で作った偽卵を割って指輪を洗ってるんだ」


 言われて合点がいった。父の偽卵は割ると元となった材料に戻ると思い出したのだ。また、適切に孵化させると元のものよりちょっぴりだけ良いものになることも。

 と、同時にかなり面倒臭がりの父でも、唾液を洗い流すという常識を捨てていなくてよかったとホッとする。


 でもそれなら最初から水が溢れないように偽卵を割って、そこへ吐き出せばよかったのに。指摘すると拗ねそうだから言わないけど。なんて思っていそうな顔だ。もうドロテナの顔から不安は消えていた。


 だが、そもそも指輪を口なんかに放り込まず一旦アルフの体内ダンジョンに持ち込んで鑑定すればよかったのだ。

 はたして二人はそれにいつ気付くのだろう……。


「あんまり良いものじゃなかったな。いるか?」


 指輪を服で拭ったアルフがドロテナに指輪を渡す。

 ほんのちょっとだけ嫌そうな素振りを見せたドロテナだったが素直に受け取ることにしたらしい。


 あんまり良いものじゃない。アルフにそう言われたものの、続けて聞かされた指輪の効果が、最大魔力値と魔法威力をそこそこ上昇させるものだったからだ。


「確かに。父さんにとってはそうね」


 アルフは魔法が使えない。しかし魔力は無限に等しい。だからこの指輪はアルフにしてみればちょっと綺麗なガラクタ同然なのだ。

 ただ、そう言わなかったのは一応ドロテナに気を使ったからだろう。


「なんていう指輪なの?」

「ライヘルの指輪だ。その金属がライヘルチタンっていう魔法金属らしい」

「ふ~ん、聞いたことない素材ね」


 さっそく右手の中指にはめたドロテナが指輪をまじまじと見ている。そしてふと何かを思ったようで、アルフの方を見る。


「そういえば宝箱はどんなの罠だったの? 考えようによっては当たりってどういうこと?」

「ああ、あれな。まず二重の罠だったんだ。宝箱の中にモンスターがいて、おまけに宝箱に触ると腕が水になって失くなるっていう。でも両手を犠牲にすれば下級水魔法が使えるようになる効果もあって……それが当たりといえるかは疑問だけど」


 仮に両腕を必要としていないヤツがいればそうかもな。と付け加えた。


「なにそれ、そんな人そうそういないわよ。ていうか見ただけで鑑定できてるじゃない」

「まあ格下も格下、見えないほどド底辺のダンジョンっぽいからなぁここ。ダンジョンの仕組み的なことだけは、なんとなく分かるんだよ」


 加えて中身のモンスターは変な形のスライムだったとアルフは言う。

 ごてごてした杖みたな体にメタリックな顔、背中らしき部分に八つの翼を持った変なヤツ。

 アルフは宝箱を卵にすると同時にそのスライムを体内ダンジョンの上層一〇三階へ送っていた。


「本当に変なスライムね。強いの?」

「激弱。ステータスが低すぎる。なによりターン制って固有スキルのせいであんまり動けないんだ」


 返事を聞いたドロテナが得心したようにメモを走らせる。

 実は中央魔法騎士団を率いて調査に来た時も、半分以上の魔物・・が不自然なほど動かずただ攻撃を受け続けていたのだ。


「こんなのを作るなんて、いよいよ新米君の頭がイカれてるんじゃないか心配になってきたな」

「……ねぇさっきから何なの? もしかしてここの主に喧嘩売ってる?」

「馬鹿言うなよ、そんなわけないだろ。俺は平和を愛する男なんだぞ。ただ先輩としてアドバイスしてるんだよ」

「だとしたら凄くタチの悪い先輩ね」


 もし自分が父の後輩だったら毎日ストレスが溜まりそうだとドロテナは思い身震いさせる。


「ここに鍵はなさそうだし、さっさと先に進むぞ」


 アルフは宝箱があった場所の真上、小さな裂け目のある天井を見ている。そのままそこへ偽卵をぶつけると崩れた天井から螺旋階段が現れた。


「なにこれ。こんな隠し通路って狡くない?」

「本当、ドロテナは帰ったらイステか――王宮司書の”私の知ってるダンジョン雑学通信”を読んだ方がいいぞ。かなりテキトーなことも書いてあるけど、めちゃくちゃ面白いから色んなダンジョンが参考にしてるんだ。”わたD”とか”わたわた”なんて略称もあるくらいだからな」


 アルフの表情は少し心配そうだ。


「”わたD”は分かるけど、”わたわた”ってなによ」


 親心なんだろうと理解しているドロテナだったが、馬鹿にされたような気がしてちょっぴりイラッとした。だからか、ついどうでもいいところを取りあげて強めに聞き返してしまう。


「私の知ってる雑学通信。読んでるのダンジョンコアとかダンジョンマスターだからな」

「ああ、そう……これは既存のダンジョンも調査し直した方がいいかもしれないわね」


 微妙な感情を整理しつつドロテナはメモに大きく、私の知ってるダンジョン雑学通信と書きなぐって大きく息を吐いた。


「じゃあ階段を上って――いや、けっこう長そうで面倒臭いな。ドロテナ、なんでもいいから俺に魔法を使ってくれ」

「え、いいけど……アイスニードル」


 無詠唱なのはさすが魔法騎士団の団長といったところだろう。アルフがなにをやらかすか少し心配しながら放った下級氷魔法は妙に鋭かった。

 簡単な補助魔法でいいところ、ドロテナがわざわざ攻撃魔法を選んだことに他意はない。きっと無意識だ。


 アルフはそれを卵にすると螺旋階段と同じ幅まで大きくし、勢いよく上方向に飛ばして螺旋階段を破壊していく。

 次に偽卵を平たく変形させると、自分とドロテナを乗せてただの穴に成り下がった隠し通路を上昇していった。


「むちゃくちゃね……」

「そうか? あの螺旋階段、とんでもなく脆かったから最初から壊す前提で作ったんだと思うぞ。馬鹿正直に歩いて上ってたら途中で壊れて落下してかもな。だからいいんだよ」


 一瞬、なるほどと納得しかけたドロテナだったがすぐに改めた。父のとんでもなく脆い発言をどこまで信用していいか分からなかったからだ。

 とんでもなく脆いんじゃなくてあの飛んでいった卵がとんでもなく固いだけなんじゃないか、と。

 姉レノンの成人祝いで、強固すぎると有名な皇帝紫紺蟹エンペラーパープルネイビーブルークラブの殻をアルフが卵で叩き割って身を取り出していたのをドロテナは思い出していた。

 あの時もなんだこれ脆すぎるだろとか言っていたのだ。


「あ、そういえばあのカニを食べたせいで婚約者の伯爵を振ってカニ漁師と結婚したのよね」

「なんだ? コルキスの話か?」

「レノン姉さん、でしょ」


 そんな会話から始まり、いつの間にかドロテナとアルフは懐かしい思い出話に花を咲かせていった。なかなかに長い縦穴を偽卵に乗って上昇しながら。



 ◇


 未だ繰り広げられるアドイードとグルフナの喧嘩を見ながらスピネルはうっとりしていた。


「ああ~、怒ってるアドイードも可愛いなぁ。あんな子供みたいな体型なのに嘘みたいに強いところも最高だ」


 真の化け物である二人の喧嘩に巻き込まれないよう、距離はかなりとってある。


「どうやったらクソ親父じゃなくて俺だけを見てくれるようになるんだろう」


 決して実現しないことを夢見て、地面に転がっていた石をアドイードの姿に変形させる。

 その時、アドイードがグルフナに向かってとんでもない悪態をついた。


「へへ、ちょっと口が悪いところと乱暴な一面もあるけど、それはそれで堪らないんだよなぁ」


 スピネルはとことんアドイードに夢中だった。だから気付かなかったのだ。すぐ近くで小さく発せられた怒りに震えるアドイードとよく似た声に。



 ◇



「何でだよ! 宝箱を消すってどういうことだ! あのガキは馬鹿なのか! ていうかそんなことできるのかよ!」


 アルフとドロテナの映像を見ていた男が手に持っていた攻略本なるものを壁に投げつけた 。


「それにあの中に隠れさせてた女神様スライムはどこに行ったんだ!」


 自分の作り出すモンスター・・・・・に絶対の自信を持っている男はまた爪を噛み始めた。


「僕はDQNMドキュンモンスターズで対戦ランキング一位になったこともあるんだぞ。次はケトス白鯨をリーダーにfffエフエフエフのモンスターと合同チーム戦を仕掛けてやる」


 どうやら男は怒るあまりアルフの言った大事な部分をいくつか聞き逃したらしい。


「僕のチート能力、クリエイトモンスターの力を見せてやる!」


 男はそう息巻くと席を立って食糧庫へ向かった。魔力を補充するのだ。


 厳重に閉ざされた扉の前で男が聞きなれない呪文を唱えると、ギギギという音を立ててゆっくり開いた扉の奥には数十人のヒトが囚われていた。

 種種雑多、老若男女の彼らは男が数日前にエデスタ周辺で捕まえた旅人たち。


「今日はどれにしようかな……」


 男が戻ってきたことで皆の顔に恐怖の色が広がっていく。


「お前に決めた」


 品定めするように食糧・・を見回した男は、若い人間の女を選んで連れ出すと、乱暴に犯してから食べ始めた。

 じっくり味わうために足先や指先から少しずつ。


「いやっ、いやぁぁぁ! 痛いぃぃ!!」


 激痛と死の恐怖から押し出される女の悲鳴は、薄暗い食糧倉にもしばらく響き渡っていた。

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