第43話 アルフ、そよ風を吹かせる
アルフたちはルデアリネ湖に来ていた。
今はアドイードが楽しみにしていた
「ねぇねぇアリュフ様、ホタリュさんたちの演奏会すっごく綺麗だったね。こりぇ、いっぱい作りょうね」
ダンジョンのある岬の手前でアドイードが嬉しそうに見せてきたのは
通常この魔物は緑がかった黄色で発光するのだが、変異種は美しい青色の光を放つ。
たまたまアドイードの近くに飛んで来たのが運の尽き。一目見て気に入ったアドイードによって蔓でギッチギチに縛られて捕獲されてしまった。
アドイードは仮眠を取らずにずっとこの変異種を愛でていたらしい。
「いいけど、エサとか生息環境の整備はアドイードがやってくれよ。あと失敗しても泣くなよ」
「泣かないよ。アドイード頑張りゅかりゃね。ぶりゅー君のために綺麗な湖を作りゅよ」
フンスフンスと鼻息を荒くしたアドイードは、ブルーと名付けた変異種を
それが終わればもう同じ魔物を作る手順などはわかるのに、捕まえた変異種をリリースしてやらないあたりにアルフはアドイードの闇を感じている。
「僕が捕まえたのもお願いします!」
それを見ていたグルフナが、同じく捕獲した魔物を差し出してきた。
丁寧に腹を切り裂いてあるのを見るに、卵だけ食べたらしい。魔物はかろうじてまだ生きているので鑑定すれば同じ魔物が作れるようになるだろう。
しかし――
「それはもう
アルフは嫌そうな顔をした。
それもそのはずで、アルフはグルフナが差し出した透明化の切れたルデアリネチョウザメが苦手だ。
以前うっかり無防備な状態で
巷では高級珍味ルデアリネキャビアなんて名前で取引されているその卵だが、あんなものを食べるなんてイカれてるとアルフは思っている。たまに自分の店でも売っているくせに。
「違うんです! この個体は卵が他のより美味しいんです!」
「じゃあなおさら嫌だ。食用にする魔物はできるだけ作りたくないんだよ」
例外もあるがアルフは嗜好品でもある通常の食べ物、特に味のよい魔物の
なぜなら自分で作ったり、
猛烈なアピールも虚しくお断りされたグルフナが、これでもかと頬っぺたを膨らませてアルフを睨む。
「そんな顔したって駄目だからな。普通にお喋りしてた友達の腹をかっ捌いて卵を食べるとかどんな異常者だよ」
「でも……美味しいんですよ? 凄く、本当に凄く美味しいんですよ?」
「もう諦よグリュフ君。アリュフ様が嫌だって言ってりゅんだよ」
アドイードがグルフナを優しく嗜める。
「ふんっだ。アドイードって狡いよね。アルフ様と一つなんだから色々弱みを握ってるだろうし、そりゃアルフ様もお願いを聞くわけだよ」
「ふぇ? アドイードそんなことしてないよ」
「どうだか。ストーカーの言うことは信じられないよね」
「アドイードがストーカー? なに言ってりゅの、下品なタダ飯食りゃいの居候君」
アドイードとグルフナの間に不穏な空気が漂い始めた。
それを感じ取ったアルフは、スピネルとドロテナを
「……」
「……」
しばしの沈黙のあとで凄まじい衝撃波が周囲を襲った。
「グリュフナ君の
「アドイードのクソストーカー!」
案の定アドイードとグルフナが喧嘩を始めてしまった。
木々は薙ぎ倒され、見えないはずのルデアリネ湖の水面が波で荒れ狂う。
互いの魔力をぶつけ合った後、グルフナは素早く擬態を解いて本来の戦槌姿になると何もない場所に頭部を叩き付けた。
メヂャンッという音と共に一瞬で広範囲の空間が崩れ落ち、その破片がアドイードめがけて飛んでいく。
さらに砕けた空間の奥から、これまでグルフナが食べたことのある芋虫型の超強化魔物が続々と飛び出してアドイードに襲いかかった。
「い、芋虫……ううぅ、アドイード芋虫
芋虫を見て怯んだアドイードだったが、ワタワタしながらもオーバーキル甚だしい植物魔法で大嫌いな芋虫を始末しつつ、同時に発動した時空魔法で砕けた空間を修復、芋虫の増加を食い止めていく。
次いでぬぬぬぬっとエデスタッツ樹海に干渉し、樹海自体を己の武器としてグルフナに反撃し始めた。
「あ~あ~、こんなにめちゃくちゃにして。二人とも怒られたって知らないからな」
アルフはそれだけ言うと、飛んでくる異常芋虫の体液や過剰強化された植物の破片を卵にして防ぎながら、岬の先端から飛び降りた。
「あれか」
落下しつつ見つけた水面ギリギリにある洞穴。
ルデアリネ湖の水も卵に変え、空中に固定して足場を確保。そして同じものを洞穴まで等間隔に配置したアルフはピョンピョンとジャンプしながら移動していく。
波しぶきや飛んでくるその他のものも都度卵にしながら。
地獄絵図の湖を背にぽっかり空いた洞穴の前に立ち「減点」と呟いて中に入る。そこは昼間のように明るかった。
また「減点だな」と呟いてアルフは進み始めた。
「へぇ、いっちょまえにガーゴイルなんか設置してるのか」
洞穴を進んですぐに設置された石像を見て、アルフが早くも先輩風を吹かせ始めた。
「それにしても変な形だな。こんなの見たことないぞ」
好意的に解釈すればどうにか、女神っぽいの、鬼神っぽいの、魔神っぽいの、に見える。わざわざ正三角形を形作るように配置され、互いに光の粒を交換させ続けているのには何か意味があるんだろうか。
「不器用なのか想像力が乏しいのか……ドロテナに聞いてみるか」
避難させていた二人を
「急になんだったのよ。ビックリするじゃない」
「アドイードがいない、アドイードはどこだ?」
文句を言うドロテナとアドイードを探してキョロキョロするスピネル。
「アドイードとグルフナが喧嘩を始めたから避難させたんだよ。で、先にここまで来たんだ」
「やだ最悪じゃない。守ってくれてありがとう父さん」
「俺はアドイードの所へ行く」
スピネルは洞穴から出て行ってしまった。
「コルキ――スピネルは本当にアドイードに執着してるよな。何がそこまで……」
スピネルの姿が見えなくなるまで黙っていたアルフがそう言うと、見た目が凄くタイプらしいわよとドロテナが返した。
「へぇ……ま、いいや。それでドロテナに聞きたいんだけど、このガーゴイルのモチーフが何か知ってるか?」
コルキスと呼ばなかったぞと言いたげなアルフの質問にドロテナは首を横に振る。
「そうか。見たところ三角形の配置から動かさなきゃ襲ってこないみたいだし、今は放置しとくか」
「そうね」
ドロテナは以前提出した調査報告を変更しなくては、と思った。調査ではぶつかると動き出すという結論だったのだ。
(ふふ、父さんに来てもらってよかった。あそこの扉も何なのか分かるといいんだけど)
「いや、やっぱり気になるな。弱そうだけどもらっておこう」
ばれないよう喜んでいたドロテナを横目に、アルフは三体のガーゴイルを台座ごと
しかし鑑定してもやっぱりモチーフがなんなのかはよく分からなかった。
その腹いせなのか、
さらにわざとらしい声で、弱かっただのもっとこうすればいいのになどとのたまい始める。
腫れたアルフの手を見つつしばらく呆れていたドロテナに急かされ、アルフは奥へと進んでいく。
一本道を行くと四つの別れ道に出た。
どれも人が三人並んで歩けるくらいの大きさだ。アルフは迷うことなく左から二つ目の道を選んだ。
「待って。どうしてこの道にしたの?」
この先は行き止まりだったはず。ドロテナは調査を思い出しながらメモの準備をする。
「え? ああ、洞穴型のダンジョンの決まりだからだよ。入ってすぐの別れ道は左から二つ目の道に必ず秘密を隠さなきゃいけないんだ」
なんてこと。調査報告に付け加えることがもう二つになった、と思ったドロテナはこれから知らされる秘密とやらを記すため追加の紙を取り出した。
「ふんふん。なるほど」
行き止まりまで来てなにか納得したようなアルフ。その真剣な顔はドロテナに幼い頃一度だけ会ったことのある、学者の叔父さんを思い出させた。
「秘密がわかったの?」
「よし、戻ろう」
「え? ちょっと……んもう!」
肩透かしをくらったドロテナが引き返して行くアルフを追う。するとすぐにアルフが止まり、また壁を調べ始めた。
「ねぇどうしたの?」
「分かりにくいけどここに鍵穴がある」
アルフが指差した場所には本当に小さな穴があった。ドロテナは感心しながら鍵穴の位置と形をメモする。
「こんなの言われなきゃ分かんないわ。父さんよく見つけたわね。で、鍵はどこ?」
「さぁ。ていうかコル――ドロテナたちは見つけられなかったのか? 行き止まりの壁に鍵穴の位置と、それに合う深紅の鍵を探せって書いてあったのに?」
「嘘!? そんなのどこ書いてあったの!?」
「いや、だから――」
アルフの下手くそな説明にドロテナは顔をしかめ、結局また行き止まりまで戻る。
「深紅の鍵ってのは別の所にあるんだろう。とりあえず先に進もう」
いつまでも深紅の鍵を探すドロテナを止めて別れ道まで戻るアルフ。今度は一番右の道を選んだ。
「待って。この先は宝箱があるだけよ。先に進むなら一番左よ」
もう隠すのを止めたのだろう。調査で知りえたことを話し始めたドロテナだったが、アルフに鼻で笑われてしまった。
「おいおい、中央魔法騎士団団長ともあろう者がなに言ってるんだよ。洞穴型の最初の別れ道は一番右が正解に決まってるじゃないか」
わざとらしく大振りな仕草をした父を見てドロテナは心の中で舌打ちをした。
たまに自分の知識をひけらかしてはマウントを取りにくる父のこの癖。これだけはどうにもイラッとくるのだ。
「知らないわよ。そんなの父さんとアドイードのお勉強には無かったもの」
「だとしてもクランバイア王宮図書館の司書が毎月出してる、私の知ってるダンジョン雑学通信〖第一二万六〇九号〗にちょろっと書かれてるぞ。まさかあの爆笑記事を読んでないのか?」
信じられないといったアルフの大袈裟な表情に感情を逆撫でされたドロテナだったが、グッと堪えて微笑んでみせた。
ここで怒りを露にしては父の思うツボなのだ。
「へ、へぇ。イステさんがそんなの出してるなんて知らなかった。帰ったら読んでみることにするわ」
「……チッ。大人になったな」
ドロテナを拗ねさせられず悔しがったアルフは、早足で一番右の道を進んで行った。
一方、小さな勝利を噛み締めるドロテナはご機嫌になってアルフの後を追うのだった。
◇
「僕の闘神ガーゴイルが弱いだって? それに悪口ばっかり言いやがって……なんだよあのガキ」
暗い部屋で壁に写し出されたアルフを見て爪を噛みながら男が言う。
「それなら次は本気で相手してやるよ。僕は女神からもらったチート能力で最強なんだぞ。絶対生きて帰さないからな」
男はクックックと笑うとモンスターに命令を出し始めた。
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