第45話 アルフ、暴風をぶつける
アルフは激怒した。必ず、この者の傲慢さを除かねばならぬと決意した。
つい先ほどアルフたちは隠し通路の縦穴を上りきり、だだっ広い部屋に到着した。
すると待ち構えていた自信たっぷり顔の男が言ったのだ。
「よく来たなクソガキ。僕のモンスターと戦って無傷だなんてやるじゃないか」
と。それはそれは偉そうに、まるで自分がどんな存在よりも上の立場にあるといった態度で。
「はぁ?」
見えないほど遥か格下のド底辺ダンジョンの新米主。
さらには使えない
激怒である。額にはぶっとい青筋が浮かび上がっている。
二度と舐めた口が叩けないようボコボコにしてやると怒りに燃えていた。
本当は新米主にアドバイスしつつ、ドロテナとスピネルを冒険者に見立てて反応をみながら、共に素晴らしいダンジョンを作るという秘密の目的は一瞬で霧散したらしい。
結果的に面倒臭い作業を免れたドロテナは、その恩人のことを馬鹿だなと思いながらそっと二人から距離をとった。
「僕の名前は聖夜、天野聖夜。お前がただの雑魚じゃないのはよく分かった。でも諦めろ。この僕には女神からもらったチート能力があるんだからな!」
ビシッと指を差してこれ以上ないドヤをかましてくる後輩にアルフは爆発寸前だった。さらになってない口のきき方にも激しく苛ついている。
「お前? 雑魚?」
「なんだその目は。まあでもいいさ。どうせすぐに命乞いをするんだからな」
実力の伴わない生意気な後輩にはとことん厳しいアルフ先輩。額の青筋がもう一つ増えた。それでもなんとか堪えているのは娘の前だからだろう。
「教えてやるよ。僕のチート能力はクリエイトモンスター。異世界のモンスターを作ることができるのさ! ふふ、驚いて声も出ないか。なら僕の最強モンスターの前になす統べなく敗北しろ! 死ね雑魚が!」
天井にめり込んでいる卵を動かそうとしていたモンスターが一斉に振り返りアルフに襲いかかっていく。
聖夜の言うとおりどれも見たことのないモンスターだ。
翼を生やし王冠を被った白い鯨。双頭剣を持ったほぼ裸のマッチョ。風格だけは一人前のドラゴンらしきもの。馬に跨がった槍と大剣を持った騎士。
他にも外見だけはSSSランクっぽい中身がスカスカのモンスターが追加でわんさか作られ、アルフに向かってくる。
「二回も雑魚って言いやがった……」
ワナワナ震えるアルフはやや力を込めてミステリーエッグを発動、首をコキッと鳴らして一気に展開していった。するとすべてのモンスターが瞬時に卵となり空中に固定された。
「思った通りだわ」
巻き添えを食らわないよう魔法ではなく潜伏という固有スキルで隠れていたドロテナは、先ほど父から聞かされた話を思い出していた――
偽卵に乗って
といっても気まずさはなく、実家で各々が読書をしたり、寝転がったりといった感じの空気感だ。
「あ……」
突然アルフが声を出した。
「どうしたの?」
「いや、えっと、もしかするとなんだけど、凄く残念なことに気が付いたんだ」
「だからそれはなによ」
もったいぶる父にドロテナがイラッとする。
それはちょうどさっきまで子供の頃アドイードにカッコいい人形をおねだりしたときのことを思い出していたからだった。
そのときもやたらもったいぶった後でアドイードから手渡されたのが可愛い生き人形。
その絶望たるや……ドロテナは当時の八つ当たりを今やってのけたのだ。
「たぶん新米君は魔物とモンスターを混同してる」
ドロテナの放つやや不穏な空気には一切触れず、アルフは告げた。
実はこの二人、のんびりした感じで過ごしていたが、ずっと敵に襲われていた。
ドロテナが気付く前に、アルフがそれらすべてを音も立てずに
そしてアルフは鑑定しているうちに気が付いた。どいつもこいつもモンスターじゃないかと。
途端にヤル気を失くし、生き人形たちに送り込んだモンスターで遊ばず全部
「モンスター? なにそれ?」
クランバイア中央魔法騎士団団長という立場にも関わらず、ドロテナがモンスターを知らないのは当然のこと。
モンスターという言葉は一般的ではない。ダンジョンコアやダンジョンマスターのみが魔物と区別するために使う、いわゆる業界用語なのだ。
アルフはドロテナを近くまで来させると、内緒話をするように小声で話し始めた。
「あのな――」
魔物もモンスターも基本的に材料は同じ。魔核というダンジョンにのみ自然発生るする特別な種に魔力を注いで作り上げる。
違うのは生物として存在可能かどうかという点。
モンスターは生物の概念を無視して強引に形作ったものである。大雑把でも成り立つし思いっきりテキトーでもいい。
故に存在維持を含めた何もかもを魔力のみに頼っており、めちゃくちゃ効率が悪く極端に弱い。
それでも強くしたいなら魔核と魔力以外の材料もふんだんに使い、とても緻密に作らなければならない。が、結局どれほど上手に作ったところで、一定の強さを越えることはないし、成長もせず魔法やスキルでの強化もほぼ不可能という欠点まみれ。
但し存在維持に必要な魔力が底をつくか、作り手の考える『死』と同じ状態にならない限りいつまでも魔物のように振る舞っていられる。
なんといっても最大の利点は魔核を再利用できることだ。
だからモンスターはもっぱら愛玩用、もしくは一時しのぎ用や試作用という位置付けにある。
対して魔物は生物として隅々まで無理がない状態で作られたものを指す。
すると魔核はそのうち魂となり、ダンジョン産の魔物を生物たらしめるのだ。
生物ゆえに存在の維持が魔力に依存しない。それどころか自ら魔力を産み出せるようになり、成長もするし個体差によって様々な可能性を秘める。
その代わり育つにはある程度の時間が必要で寿命も存在するのだ。と、アルフは言う。
アルフとアドイードが魔物作りを苦手とする理由がここにあった。
アルフは生物学などさっぱりだしアドイードにいたっては、なにもかも植物を基本に考えている。
かつて数多の正体不明モンスターと微動だにしない役立たずの魔物を作り出したアルフとアドイードは、自分たちで植物系以外の魔物を一から作ることを早々に諦めた。
ほぼすべてのダンジョンで行われる、魔物作りの試行錯誤を、向いてない、面倒臭い、という理由で完全に放棄。
二人は他のダンジョンや自然界から魔物の卵をかっぱらったり、魔物自体を
ちなみに、なぜ様々なダンジョンに魔物の卵があるのかというと、魔物は作り出したあとで一旦卵に戻してから育てると、より強くなる性質を持っているからだ。
そしてそういう魔物はたいてい、作り手の自信作だったりする。
そんなものを盗めば当然、怒った先輩たちから出禁を喰らう。
しかし、出禁で施される対アルフ用結界は魔力を要するためにミステリーエッグでちょちょいのちょい。
物理的な対策をとろうとも偽卵でポンッなのだ。
厚かましいアルフは堂々と盗みを働き続け、ダンジョンの外に出られない先輩たちなど何も怖くないと高笑いである。
あの”わたわた第一〇万回記念号”で特集された、悪名高いへたれ卵泥棒とはアルフのこと。
その代わり数少ない後輩からは盗まないようにしている。むしろ分け与えて応援してきたくらいだ。まあある程度の規模になったら遠回しのおねだりは始まるのだが……。
しかしその応援は後輩からしてみれば困った応援に違いない。盗んだ卵を受け取れば、アルフ以外の先輩たちから目を付けられてしまうのだから。
かといって受け取らないのも気が引けるのが後輩というもの。なんとも迷惑な話である。
「ふ~ん。それも”わたわた”にかいてあるのかしら」
「……モンスターのことは第一四号に載ってる」
説明しながら自分が特集された第一〇万回記念号ことを思い出したアルフは、密かにその抹消を決意した。
「じゃあゴーレムはどっちになるの? あれって強いし基本的に死なないじゃない?」
「あれは限りなく魔物に近いモンスターかな。できるだけ無理を無くすために生物を模してるし、体は鉄とかミスリルっていう魔力以外の材料を使ってる」
「後半は知ってるわ」
その発言はアルフをちょっぴり刺激した。
結果、娘の知らないことを言いたくなったアルフはさらに続ける。それが全ダンジョンの秘密にしたい知識にも関わらず。
「おまけに魔核を
そのわりに
ドロテナはそれを聞くと目の色を変えてメモを走らせた。
そんな娘を見てアルフはご満悦だ。この先、ゴーレムを奪われまくるダンジョンが続出するだろうことなど考えもせず……。
「あ、ならガーゴイルはどうなの? 私の中ではあれってゴーレム寄りなんだけど」
ひたすらメモを取っているドロテナは顔を上げず、気になったことを聞いていく。
「ガーゴイルは両方。普通は生命維持魔法と解除の条件付けをした石化魔法とかを魔物にかけてるんだ」
「へぇ! そうだったの!」
驚く娘に気をよくしたアルフはまた余計なことを話し始めた。
「見栄っ張りなやつは手間ひまかけて作ったゴーレムを、よくダンジョンの入口近くに設置してるんだぞ。自分はゴーレムを使い捨てにしても気にしないんだ~って意味で」
ドロテナは最後の部分に何重もの丸をつけた。
つまり入口付近に設置されたゴーレムは、奪っても気にされないかもしれないということなのだ。
これまでのようにダンジョンで魔核を探し周り、莫大なコストを支払ってゴーレムを作らなくてもよくなる可能性がある。
続けてアルフはここの入口にあったガーゴイルはどちらでもなく、ただの石でできたモンスターだったとため息混じりに言った。
魔法がかけられていなかったから、新米のくせに手間がかかるゴーレムを設置してるのか、と生意気に思いつつ期待もしていたのに、鑑定するとただのモンスターでがっかりしたらしい。
「ねぇ、私気付いちゃったんだけど……」
ドロテナが顔を上げた。
「もしモンスターしか出ないんだったら、父さん立ってるだけで勝てない?」
「たぶんそうなるな。まあでもダンジョンの主自体がべらぼうに強いってことも考えられるかも……お、そろそろ次の場所に着きそうだぞ」
先に飛ばした卵が何かにぶつかったとアルフは話を切り上げた。
◇
「ば、馬鹿な……」
聖夜の声にドロテナの意識が目の前に戻った。
自慢のモンスターが姿を消して驚愕する聖夜がいる。だがそれ以上に驚いているのがアルフだった。
魔核は種であるためミステリーエッグでは卵にできない。
だからアルフは怒りながらも卵の下に散らばるだろう魔核を偽卵にして奪ってやろうと思っていた。なのに予想に反して魔核は一つも現れなかったのだ。
「魔核を使わず魔力だけでモンスターを作るなんて……やっぱりお前イカれてるな」
魔力だけでモンスターを作るなど非効率極まりない地獄の愚行。
魔核を持たないモンスターには、莫大な魔力を常に注ぎ続けなければならない。なのにほとんど役に立たないのだ。
聖夜のあまりの馬鹿さ加減に呆れ、逆に冷静さを取り戻したアルフは、出来の悪すぎる後輩をどうすれば一人前にしてやれるか考え始めた。
「僕の最強モンスターが……チート能力のはずなのに……」
一方、呆然と呟く聖夜は少ししてからハッと息を飲んだ。
「そうか、分かったぞ! お前も異世界召喚されたチート持ちだな!」
聖夜はアルフを睨み叫ぶ。
「言え! お前のチート能力を教えろ! くっそぉ、あの女神め。召喚されたのは僕だけだって言ってたクセに……おい! 聞いてるのかよクソ――」
「うるせぇ!!!」
再びお前と言われたアルフは聖夜の顔面に卵で叩き付けた。
さらに、顔の半分が吹き飛んだせいで
それは気味の悪い小さな手の柄をしていた。
「うっ……うおぇぇ」
いくらダンジョンの主といえど、魔力がゼロになればただでは済まない。強烈な目眩とどうしよもない気持ち悪さに襲われ、全身に激痛が走る。
聖夜は自分が吐き出した吐瀉物の上に倒れ込み痙攣し始めた。
「こいつの残り魔力は五万ちょいだった。モンスター分を含めると最大魔力は七〇万くらいにはなるか……少な過ぎるな。他にも無駄な魔力を使ってるのか?」
ミステリーエッグは自分の魔力と他の魔力を同じ量混ぜ合わせて卵を作る。
そのため鑑定しなくても、自分の魔力の減少具合で相手の魔力量を推測できてしまう。
「父さん、あの聖夜とかいうの消えちゃったけどいいの?」
一人でぶつぶつ言いながら考えていたアルフにドロテナが声をかけた。
「ん、ああ……力を振り絞って自分の部屋に帰ったんだろ。あっちだ」
アルフはダンジョンの壁を卵で崩すという反則技で聖夜の部屋を目指し始めた。
そんな父の非常識を見たドロテナは、もうなにも考えないことにした。
◇
一方その頃――
ある事実に気付いたアドイードによって意識を刈り取られたグルフナとスピネルは、ルデアリネ湖
スピネルはともかく、グルフナはまさかただの喧嘩でアドイードが本気を出すと思っていなかったため、対処が遅れたのだ。
そしてアドイードは、あたふたした様子で必死に言い訳をしている。
そう、樹海を荒らした大罪をすべて、グルフナとスピネルに擦り付けるために……。
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